八木西口駅

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八木西口駅*
駅舎
駅舎
やぎにしぐち - YAGI-NISHIGUCHI
**大和八木 (-km)
(2.3km) 畝傍御陵前
所在地 奈良県橿原市八木町一丁目8-32
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
所属路線 橿原線
キロ程 20.5km(大和西大寺起点)
電報略号 ヤキニ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1923年大正12年)3月21日
備考 * 1929年に八木駅から改称
** 同一駅扱い

八木西口駅
配線図

大和八木駅
大阪線連絡線

2 1


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畝傍御陵前駅

ホームから北望。右2線が橿原線、左へカーブするのは大阪線への渡り線
駅南側踏切からホームを見る

八木西口駅(やぎにしぐちえき)は、奈良県橿原市八木町一丁目にある、近畿日本鉄道(近鉄)橿原線。旅客営業上は大和八木駅と同一駅(構内)扱いであり、営業キロは設定されていない(大和八木駅からの実距離は約400m)。

目次

駅構造 [編集]

2面2線の相対式ホームを持つ地上駅で、駅舎は地下式。ホーム有効長は6両分。改札口は1か所のみ。

この駅の北側で橿原線から左に分岐して大阪線につながる単線の連絡線がある。これは旧八木線時代の名残で、用地は複線分あり、当初の大阪線だった線路を単線化して連絡線としたものである。現在はこの連絡線経由での定期営業列車はなく、回送列車や団体貸切列車がときおり通過するほか、南大阪線系統の車両が定期検査などで五位堂検修車庫へ回送する際のルートにもなっている[1][2]。この連絡線内は運転速度がATSで30キロに制限されている。また、ホームのやや橿原神宮前寄りに上下渡り線がある。

自動改札機は、オムロン製が設置されている。

のりば [編集]

1 橿原線(下り) 橿原神宮前吉野大阪阿部野橋駅方面
2 橿原線(上り) 大和八木天理大和西大寺奈良京都
大阪上本町大阪難波尼崎三宮方面

利用状況 [編集]

近鉄が実施する乗降人員調査では、当駅の乗降人員は大和八木駅に含めて集計されているため、当駅単独の乗降人員は公式には公表されていない。

駅周辺 [編集]

橿原市役所

大和八木駅と当駅の間は徒歩で約5分程度の距離であり、駅勢圏はおおむね重複している。

営業上の扱い [編集]

当駅は大和八木駅の構内扱いであることから、通常の駅とは異なる取り扱いがなされている。

  • 大和八木駅を発着または経由する乗車券、当駅にも乗降できる(例えば、大阪線の大和高田 - 桜井間の定期券があれば、大和八木駅 - 当駅間を乗車し乗降も可能)。
  • 大和八木駅の構内扱いであり営業キロや両駅間の運賃は設定されていないが、両駅間の列車に乗車する場合は入場券ではなく初乗り運賃の乗車券(150円)を購入する。なお、以前は当駅で乗車券(入場券を含む)を購入しても発駅(入場駅)の印字は大和八木駅であったが、後に当駅名が印字されるようになった。
  • スルッとKANSAIカード利用における印字は、乗車時は「近鉄八木西」、降車時は「KT八西」である。
  • 当駅は急行停車駅であるが、以前は各駅設置の運賃表や発車案内表示装置および時刻表などにおいて、駅自体が記載されていなかった。

歴史 [編集]

  • 1923年大正12年)3月21日 - 大阪電気軌道畝傍線(現在の橿原線)平端 - 橿原神宮前(初代)間延伸時に八木駅として開業。
  • 1925年(大正14年)3月21日 - 大阪電気軌道八木線(後に桜井線→大阪線)が、この駅より分岐して高田まで開業。
  • 1928年(昭和3年)8月 - 大軌八木駅に改称[3]
  • 1929年昭和4年)1月5日 - 大阪電気軌道桜井線としての大軌八木 - 桜井間開通に伴い、大軌八木駅自体は新線上(現在の大和八木駅)に移転するが、旧大軌八木駅も八木西口駅に改称して存続(扱い上は大軌八木駅の別ホーム)。
    • 当駅が大和八木駅にほど近く、構内扱いとされているのは、このような歴史的経緯による。
    • 大和八木駅の南にあるのに「西口」と改称されたのは、この駅の東側一帯が旧高市郡八木町(1956年に市制施行)であり、その西の端にあるためである。移転先の大和八木駅は橿原市内膳町(旧磯城郡耳成村)にある。
    • 旧駅が橿原線(当時は畝傍線)の駅として存続した背景には、1929年当時は国家神道体制にあって橿原神宮への参拝が奨励されており、大阪電気軌道も現在の連絡線である旧本線を用いて上本町 - (旧)橿原神宮前・久米寺(のちに橿原神宮駅→(現)橿原神宮前へ統合。扱いとしては久米寺駅の改称とされる)間に急行電車を走らせており、八木地域で乗降できるようにするためであったとされる。
  • 1939年(昭和14年)7月28日 - 当駅から橿原神宮前駅(初代)までが廃止され、当駅から橿原神宮駅駅(久米寺駅から改称、現・橿原神宮前駅(2代目))までの新線に切り替え。同時に西大寺(現・大和西大寺) - 橿原神宮駅間が橿原線とされる。
  • 1941年(昭和16年)3月15日 - 参宮急行電鉄との会社合併により、関西急行鉄道の駅となる。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 会社合併により近畿日本鉄道の駅となる。
  • 2007年平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。

その他 [編集]

同一路線上にあって構造上は別の駅であり名称も異なる2つの駅であるにも関わらず旅客営業上は同一駅として扱われている例は、現在の日本国内では大和八木駅と当駅の関係が唯一の例である。

なお、過去には函館本線函館駅と函館桟橋仮乗降場(1930年に両駅統合)、宗谷本線稚内駅と稚内桟橋駅(1945年に後者廃止)、予讃線高松駅と高松桟橋駅(1959年に両駅統合)、小松島線小松島駅小松島港仮乗降場(1985年に路線廃止)、野上電気鉄道日方駅と連絡口駅(1994年に路線廃止)が同様の関係にあった。

隣の駅 [編集]

近畿日本鉄道
橿原線
急行・普通
大和八木駅 - 八木西口駅 - 畝傍御陵前駅

脚注 [編集]

  1. ^ 1967年新ノ口短絡線が完成するまでは京伊特急が使用していた。手順はまず大和八木駅の橿原線ホームに入線し、その後八木西口まで走ってから折り返し、連絡線を通って大阪線に入って再度折り返し、大和八木駅の大阪線ホームに停車してから伊勢方面へ向かう形をとっていたため、大和八木駅に2回停車していたことになる。そのほか、同時期まで当駅発着の準急列車が少数設定されていた。
  2. ^ 南大阪線系統の車両を五位堂検修車庫へ回送する際、橿原神宮前駅東側の台車振替場で標準軌用の仮台車に交換し、電動貨車モト90形(モト97・98)に牽引されて五位堂検修車庫に輸送される。
  3. ^ 『近畿日本鉄道100年のあゆみ』近畿日本鉄道、2010年、p.86

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]