駅弁
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
駅弁(えきべん)とは主として鉄道駅で販売されている弁当のことをいう。特に、販売される駅や鉄道路線、地域に限定の弁当を指す。「駅弁」の語は、「駅弁当」または「駅売り弁当」の略である。また、年配者の中には「汽車弁当」を略した「汽車弁」と呼ぶ人もいる。
駅構内で軽食を販売することは日本に限った現象ではないが、折詰などに一食分をまとめた「弁当」という様式は欧米ではあまり例がない。時代によって「駅弁」の言葉が持つイメージには変遷がある。「駅弁」という言葉の意味するところについては駅弁の定義についてを参照のこと。
目次 |
[編集] 始まり
長い距離の移動はすなわち長い時間列車の中に拘束されることであり、乗車時間帯によっては食事を要する場合がある。そのため、駅で弁当を売ることが考えられた。
日本最古の駅弁がどこの駅で発売されたのかについては諸説あり、確定されていない。1885年7月16日、旅館「白木屋」がこの日開業した日本鉄道宇都宮駅で握り飯2個とたくあんを竹の皮に包んだものを発売したのが最初とする説が広く流通しているが(→駅弁記念日)[1]、その後の調査研究によってもっと早く駅弁を売っていた駅があるという複数の指摘が提出されており宇都宮駅起源説は現在では事実上否定されている。たとえば高崎弁当は1884年に高崎駅でおにぎり弁当を発売したと述べているし[2]、他に1877年頃の梅田駅(現大阪駅)説[3]、同年神戸駅説[4]、1882年の敦賀駅説[5]、1883年の上野駅説[6]などがある。
現在のような折詰に入った駅弁は、1890年に姫路駅でまねき食品が発売したものが最初とされている[7]また農文協(社団法人 農山漁村文化協会)刊行の「日本の食生活全集 28 聞き書 兵庫の食事(1991)」にも「元祖・駅弁--姫路の『まねき』」と題する記述があり、そこでは1889年に姫路駅で発売された物を駅弁の元祖とし以下のように述べている。
…日本初の駅弁は、明治十八年に日本鉄道会社宇都宮駅で売り出されたものというが、
これはにぎり飯二個を竹の皮で包んだだけであった。折り箱に入った幕の内風で、
その後の駅弁の形をつくり出したのは、この姫路の駅弁が元祖といえる。
ちなみに発売当時のその駅弁の中身は「たいの塩焼き、伊達巻き、焼きかまぼこ、だし巻き卵、大豆こんぶ煮付け、栗きんとん、ごぼう煮つけ、少し甘みをつけて炊いたゆり根、薄味で煮つけたふき、香の物は奈良漬と梅干し、黒ごまをふった白飯」(同書)で、二段重ねの松材の折り箱風の入れ物に入って売られていた。同書p135には、それを再現した写真も載っている。
同様に列車内で食事する手段としては食堂車があるが日本においては山陽鉄道で1899年に導入されたものが初めてであり、駅弁の発祥よりも後のことであった。
[編集] 駅弁記念日と駅弁の日
宇都宮説による駅弁発売日である7月16日は「駅弁記念日」となっており、数多くの文献・Webが駅弁記念日を紹介する際に宇都宮説に言及している。しかしながら前述の通り、この日を「最初の駅弁の日」として認定する根拠は70年以上が経過してから編纂された文書であり現実的には都市伝説に近いものとなってしまっている。
1993年には新たに4月10日が「駅弁の日」と定められ、「駅弁記念日」にとって代わった。4月10日は、「4」と「十」を上下に合わせると「弁」という文字に似て見えるという理由によって選ばれたもの。
[編集] 販売形態
最も一般的な販売形態は改札外やホーム上にある駅弁調製業者の売店で、店頭に置いて販売している形である。調製業者が経営する駅構内の立ち食いそば・うどん店、キヨスク等調製業者以外が経営する売店などが扱っている場合もある。
ほか、駅構内では駅弁の多く売れる食事時間帯前後に臨時にホーム上にキャスターつきのカートまたは台を置いてその上に駅弁や茶を陳列して売り子が販売する形態、売り子が帯のついた長方形の盆状か高さの低い箱状の容器に駅弁や茶を入れ容器を前方に出す形で首から下げホーム上を歩いて掛け声を出しながら販売する立ち売りがある。しかしいずれも減少傾向にある。
駅構内のほか、古くから列車(主に優等列車)内の車内販売でも沿線の駅の駅弁が取り扱われている。
後述のように、駅弁とされながら業者が駅構内の販売を取りやめて駅近くの自社店舗等で販売している例もある。
業者によっては電話等で予約し、予約時に乗車する列車と車両を通知すれば当該列車・車両の乗降口まで駅弁を届けて販売するサービスも行なっている。また、そのような予約による販売のみで完全予約制の会席料理と同様の惣菜を重箱に詰めた高価な駅弁も金沢駅などにある。
近年では、インターネット等による駅弁の通信販売を取り扱っている業者もある(低温で配送できるクール宅配便の登場による)。
[編集] 現状
[編集] 概要
かつては停車中に立売りの売り子を窓近くへ呼んで窓越しに購入する方法が主流であったが、現在は窓が開閉できない鉄道車両が増えたために窓越しの受け渡しができなくなったことに加え列車の高速化による停車時間の短縮、目的地への移動時間の短縮、コンビニエンスストアならびにキヨスク(キオスク)の廉価な弁当との競合、駅構内での飲食店の充実(いわゆる「駅ナカ」)、優等列車での車内販売の縮小・廃止などによって駅構内や車内販売での駅弁の売上は減少する傾向にあり、業者の撤退も珍しくない。
なお2005年6月現在、一つの駅で最も多くの種類の駅弁を販売している駅は仙台駅である。
[編集] 地方の名物とする試み、イベント商品としての拡販
駅構内で販売される実用的な食事という枠を飛び越え地域の特産品などを盛り込んだ郷土色溢れる弁当としての発展を目指すという方向性が駅弁のひとつの流れとなっている。それらはドライブインやサービスエリア、デパート、インターネット等による通信販売などでの販売などに販路を広げている。また、駅弁業者が駅弁と同一の商品を近隣の空港で空弁(そらべん)として販売する例もある。
この流れで、駅での販売よりも、駅以外の場所での販売が主力になった駅弁もあり、代表例として、ドライブイン・サービスエリアでの販売に重点を移したJR東日本信越本線横川駅の「峠の釜めし」、デパートなどでの販売に重点を移したものとしてJR北海道函館本線森駅の「いかめし」の例が挙げられる。
デパート・スーパーマーケットなどで全国の有名駅弁を集めて販売するイベント、いわゆる「駅弁大会」は人気が高く入荷してから短時間に売り切れることが多い。 鉄道会社がイベントの客寄せに使う例もある。博多駅のように周辺地域(博多駅の場合は九州内全域)の人気駅弁を取り寄せて販売する売店があり、周囲の駅のイベントの際はその場所まで出張販売する例もある。
[編集] 新機軸の導入
特殊な装置のある弁当の例としては、1988年に神戸市の「淡路屋」が生石灰と水の反応熱を使用した加熱装置を組み込み食べる前に紐を引いて加熱する駅弁を売り出した例がある。この加熱装置付き駅弁は淡路屋だけでも現在6種類が発売されており、淡路屋以外にも追随した業者がある。
[編集] コストダウンの試み - NREの「O-bento」
弁当そのものを製造原価の安い海外で調製し、日本まで冷凍して運び解凍して販売することで、コンビニ弁当などと対抗することを目指した駅弁が開発されたことがある。JR東日本関連会社の日本レストランエンタプライズが販売した「O-bento」がそれで、販売当初は売上げを伸ばしたがBSE問題により牛肉関連弁当の製造、輸入中止に追い込まれてから売上げが激減したため2007年10月までに在庫切れ分で販売を終了している。ただしこの「O-bento」は既存の駅弁とは大きくスタイルの異なる商品であり、一般的な駅弁のイメージに合致するものではなかった。
[編集] 駅弁調製業者の現況
駅弁調製業者は、大きく2分極化している。
一方に、駅弁専業あるいは旅館などの内職として作られ続けてきた駅弁がある。それらの調製元は小規模な業者がほとんどであり、衰退傾向にある。近年に廃止された駅弁・廃業となった業者のほとんどは、こちらのカテゴリーに属する。
もう一方に、駅弁業者を発端として発展しそれぞれの地域で最大級の食品企業となっている調製元がある。たとえば千葉駅の万葉軒・高崎駅の高崎弁当・横浜駅の崎陽軒・静岡駅の東海軒・敦賀駅の塩荘・広島駅の広島駅弁当などである。これらの調製元は出自として駅弁を守ってはいるものの実体としてはすでに駅弁調製業者というのは不適切であり、地域の中核食品企業と呼ぶべきであろう。たとえば塩荘は日産25000食の供給能力を持つとしており、広島駅弁当に至ってはイベントの際に日産48000食を供給したという実績を持っているほどである。これらの業者は駅弁だけではなく、その地域のコンビニ弁当・スーパーマーケットの弁当などにも進出している。
[編集] 駅弁の定義について
駅弁は、広義には「駅構内で販売される弁当」を意味する。しかし最近では駅構内にコンビニエンスストアが出店し「コンビニ弁当」を販売したり、駅弁業者でない企業がいわゆる「駅ナカ」店舗で弁当を発売していることがあり、それらが駅弁にあてはまるかどうかについては議論がある。旧来からの駅弁業者が伝統的な駅弁のほかにコンビニ弁当に類似した比較的安価な弁当を販売している場合もあるため、厳密な定義は困難である(駅弁業者が出自であっても、その後大規模な食品会社に発展したところではその地域のコンビニ弁当やお惣菜商品の調理を一手に引き受けているところも少なからず存在する)。
狭義の意味では、「駅弁」とは社団法人日本鉄道構内営業中央会(以下「中央会」と略す)に加盟している業者が調製し駅構内で販売しておりなおかつ米飯が入っている弁当のみを指すこともある。
日本国有鉄道(国鉄)時代には白飯と焼き魚・肉料理・フライ・卵焼き・蒲鉾などの一般的な惣菜を使用した、いわゆる幕の内弁当の系列のものを普通弁当と称しそれ以外の弁当を特殊弁当と称して制度上の区分がなされていた。ごはんとおかずというセットになっていないもの、たとえば「押し寿司」などは「特殊弁当」に分類される。さらに国鉄が「米飯」がないものは駅弁ではない」としたために、長万部駅の「そば弁当」や大船駅の「サンドウィチ」などは国鉄末期まで駅弁として認められなかった。
この「中央会加盟業者が調整元である」「米を使っている」という条件に該当する弁当は包装紙に共通デザインの「駅弁マーク」と呼ばれる商標を入れ、交通新聞社発行のJR時刻表(大型版のみ)欄外に販売駅弁の記載があるのが特徴である。
この「駅弁マーク」を有する弁当のみが「駅弁」であるという定義づけは当の中央会や一部の人々の間で行われているが、この定義は下記のような事情から現実的とはいえない。
かつての国鉄では、駅改札内での弁当の販売は中央会加盟業者に対してしか認めていなかった。しかし国鉄が分割民営化されJRとなって以降、中央会非加盟の業者にも駅構内での販売を認めるようになったことから「駅構内で販売される弁当」と「中央会」とが必ずしも結びつかなくなった。新規業者の参入のほか既存の業者が中央会を脱退した上で引き続き駅構内での販売を行っている例もあり、「中央会に所属」「駅弁マークがついていること」は条件とはできなくなった。これは駅弁は調製から購入・消費までにタイムラグがあるため、食中毒の防止などを目的として調製方法などにさまざまな厳しい要求があったこととも関係する。その中でも製造から4時間以内で売り切らねばならないという規制は現在も残っている。また、もともと私鉄の駅構内で販売される弁当については中央会は(JR駅でも販売している業者を除いて)関係ない。そして、もっぱら私鉄の駅でのみ販売されている駅弁も存在する。
中央会に加盟している業者でも駅構内での販売を取りやめ駅前の自社店舗での販売のみとしながら引き続き駅弁マーク入りの駅弁を販売する例もある一方、駅前に店舗を構える中央会非加盟の弁当業者が独自の弁当を作り「駅弁」を名乗る例もある。後者の例は観光客誘致の手段として、地方においてよく見られる。
中央会加盟業者がJRの駅構内で販売している場合でも、横浜駅や鳥栖駅で売られている焼売や大船駅で売られているサンドイッチ弁当のように米飯が入っておらず「駅弁マーク」を付けることができなかったが一般には駅弁と見なされている商品もある。大船駅の「サンドウィッチ」は駅弁マークこそついていないが、包装紙には「SINCE 1898/日本デ最初ノ駅弁サンドウィッチ」と明記されている(ただし本当にこれより前にサンドイッチ駅弁が存在しなかったとは断言できない。たとえば、東海軒は1889年にサンドイッチ弁当を販売したと述べている)。
以上のような事情から、駅構内や駅前の弁当業者の店舗で販売される弁当を総合して「駅弁」と呼ぶ場合が多い。デパートで催される駅弁大会に出品されたり旅情報を扱ったテレビ番組で取り上げられたりする「駅弁」もこのような広義の条件に該当する弁当であり、中央会加盟業者が調製する弁当とは限らない。
車内販売の行なわれる列車では駅弁のほか、列車内限定の弁当が販売されていることもある。イベント列車などにおいては、そのイベント限定の弁当が販売されることもある。これらも一般的には「駅弁」に含まれるものと解されている。
[編集] 駅弁と茶
多くの販売店では、駅弁を食べる際の飲み物として煎茶が販売されている。販売店によっては街の持ち帰り弁当店と同様に即席みそ汁やスープも販売しお湯を供するケースもある。
[編集] 汽車土瓶時代
かつては湯呑兼用の蓋が付いた汽車土瓶と呼ばれる陶器の小瓶入りの茶が売られた。1889年に静岡駅で信楽焼の土瓶にお茶を入れて販売したのが嚆矢と言われている。
1922年、鉄道省は衛生上の理由により土瓶を禁止したためガラス製のものが登場した。しかし煎茶が丸見えのため、煎茶が尿のように見えて飲む気にならないなどの理由でわずか数年で製造が中止された。
汽車土瓶は重量があり破損しやすいために後にポリ容器入りにとって代わる事となるが、現在も汽車土瓶入りの煎茶は小淵沢駅など一部で販売されているほか、近年でも復刻の形で駅弁とともに期間限定で販売されることもある。
[編集] ポリ容器時代
昭和30年代から汽車土瓶に代わって半透明の厚いビニールやポリプロピレンなどで出来た容器が一般的となる。基本的には黄緑色のプラスチックのスクリューキャップ(ネジ式の蓋。汽車土瓶の蓋同様湯呑機能も持つ)の付いた小瓶に売るその場でポットなどからお茶を注いで販売されたが、利便性や機能性の面から複数の種類が登場する事となる。前述の容器に既に淹れたお茶を入れるだけの物や、容器に湯を注いで購入者が飲む際に淹れられるようティー・バッグを添えて売られる物、ティーバッグタイプも紐のついたティーバッグを容器の中へ吊るしたものや紐無しの物を直接投入するだけの物、画像にあるような弾力のあるビニールの小瓶にティーバッグ専用のスペースを設けて購買者が瓶の上からティーバッグを揉むことで濃さを調節できるもの、容器に茶漉しを付けて粉茶を直接投入するものなどバラエティに富んでいた。
しかしビニール容器入りの煎茶も1980年代末期以降、販売時にお湯を用意する必要のない缶入りやペットボトルの烏龍茶や緑茶が普及したため少なくなり2000年代現在ではあまり見られなくなった。現在では駅弁とともに売られるお茶は、ビニール容器入りから大手メーカーのペットボトルや缶入りのお茶にほぼ取って代わられたといえる。
[編集] 日本以外の国・地域における駅弁類似の食事セット
台湾では「鐡路飯盒」と呼ばれる各地の鉄道駅や列車の車内販売で販売される弁当があり、スペアリブ(骨付きの豚ばら肉)の料理が白飯の上に載ったもの(排骨飯)に卵料理を添えたものなど飯と肉料理、卵料理による弁当が一般的でありほかには日本の食文化の影響で稲荷寿司や海苔巻といった寿司による弁当も販売されている。このような弁当は駅により多少の違いはあるがどの駅でも大きな差異はなく比較的画一的で、日本の駅弁ほどには多種多様ではない。しかしながら、東部幹線の主要駅を中心に立ち売りも見られることは特徴的と言えよう。
韓国でも駅構内や車内販売で飯にプルコギを主体とする惣菜を合わせた幕の内弁当のような弁当、その他の飯と数種の惣菜による幕の内弁当のような弁当、海苔巻の弁当が販売されているが日本の駅弁ほどの多様性はない。
中国では食堂車の営業する列車の車内販売で飯の上に肉料理など惣菜の載った弁当が食堂車で調製され、熱いままの状態で販売される。
東南アジア・南アジアの鉄道駅構内や車内販売ではタイでは飯の上に肉料理と目玉焼きの載ったもの、混ぜご飯などの弁当が小さなちりれんげを付けて販売され、ベトナムでもちまきなどが販売されインドでもカレーに飯やナンなどのパン類を合わせた食事セットが鉄道駅で販売されるがいずれの国でも日本のようにこれらを「駅弁」として特別視する文化・意識は特にないようである。
ヨーロッパではイタリア北部・中部の各地で、肉料理に野菜、パスタ、パンかサンドウィッチ、小瓶のワインを合わせた食事セットが販売される鉄道駅があるが食事セットはどの駅でも大きな差異はなく、販売される駅も日本の駅弁販売駅ほど多くはない。そもそも、ヨーロッパの路線は乗車時間が長く食事が2回以上必要な場合が多かった。そのため、調理された食料を持ち込んでも2度目の食事には食べられない。その上、大抵の長距離路線では日本よりはメニューが豊かで味がいい料理が出るビュフェが連結されているか軽食を途中駅で買ったり食べたり出来る時間が有るため日本のように駅弁の概念が発達しなかったと言われる。
駅構内等で販売され販売駅等に限定とされる弁当を「駅弁」と定義する文化・意識はほとんど日本固有のものであり、台湾と韓国には多少そのような文化・意識があるとはいえ日本ほどには確立されていない。
[編集] 著名な駅弁
社団法人日本鉄道構内営業中央会の加盟業者以外の弁当も含む。
[編集] 北海道
- かきめし(厚岸駅)有限会社氏家待合所
- たらば寿し(釧路駅)釧祥館
- ニシン・カズノコ弁当(名寄駅)角舘商会 - 2009年6月30日廃業
- いかめし(森駅)いかめし阿部商店
- かにめし(長万部駅)かにめし本舗かなや
- 石狩鮭めし(札幌駅)札幌駅立売商会
- やまべ鮭ずし(札幌駅)札幌駅立売商会
- 北海手綱(小樽駅)小樽駅構内立売商会
- 鰊みがき弁当(函館駅)みかど(株)函館支店
[編集] 東北地方
- 青森味づくし(青森駅)ウェルネス伯養軒
- 八戸小唄寿し(八戸駅)吉田屋
- 鶏めし(大館駅)花善
- いちご弁当(宮古駅)魚元
- ロースカツ弁当(一戸駅)山口松山堂 - 2007年3月31日廃業
- 前沢牛めし(一ノ関駅)斎藤松月堂
- うに弁当(三陸鉄道久慈駅)清雅荘弁当部(リアス亭)
- 網焼き牛たん弁当(仙台駅)こばやし
- 伊達のはらこめし(仙台駅)こばやし
- 鳥海釜めし弁当(酒田駅)酒田弁当販売 - 2005年廃業、現在は入手不可
- 牛肉どまん中(米沢駅)新杵屋
- うにめし(いわき駅)住吉屋→鈴木屋・芝田屋(水戸駅)・海華軒(日立駅)→消滅
[編集] 関東地方
- やきはま弁當(千葉駅)万葉軒
- だるま弁当(高崎駅)高崎弁当
- 峠の釜めし(横川駅)おぎのや
- 極附弁当(東京駅)NRE大増
- チキン弁当(東京駅)NRE大増・ジェイアール東海パッセンジャーズ・(仙台駅)NRE仙台調理センター(各者の内容は若干異なる)
- 深川めし(東京駅)NRE大増・ジェイアール東海パッセンジャーズ(両者の内容は若干異なる)
- シウマイ弁当(横浜駅)崎陽軒
- 横濱チャーハン(横浜駅)崎陽軒
- 鰺の押し寿司(大船駅)大船軒
- 鯛めし(小田原駅)東華軒
- くじら弁当(館山駅)マリン
- ほろほろランチ(大月駅)桂川館
- 高原野菜とカツの弁当(小淵沢駅)丸政
- 元気甲斐(小淵沢駅)丸政
[編集] 中部地方
- 鮭の焼漬弁当(新津駅・新潟駅)三新軒
- とりそぽろ弁当(長岡駅)池田屋
- 鱈めし(直江津駅)ホテルハイマート
- 磯の漁火(直江津駅)ホテルハイマート
- 夫婦釜めし(糸魚川駅)たかせ
- ますのすし、ぶりのすし(富山駅)源
- 越前かにめし(福井駅・武生駅・芦原温泉駅)番匠本店
- 二味笹すし(金沢駅)大友楼
- 元祖たいずし(敦賀駅)塩荘
- 岩魚ずし(塩尻駅)カワカミ
- 栗おこわ弁当、木曽路釜めし(中津川駅)梅信亭弁当部
- 港あじ鮨(沼津駅・三島駅)桃中軒
- 慶喜弁当(けいきべんとう)(静岡駅)東海軒
- 鯛めし(静岡駅)東海軒
- 汽車べんとう(大井川鐵道新金谷駅)大鉄フード
- うなぎめし(浜松駅)自笑亭
- 稲荷寿し(豊橋駅)壷屋弁当部・(伊東駅)祇園
- びっくりみそカツ・だるまのみそ丼(名古屋駅)だるま名古屋支社
[編集] 近畿地方
- 牛肉弁当(松阪駅)あら竹
- 柿の葉寿司(吉野口駅)柳屋
- めはり寿司(新宮駅)丸新
- さんま鮨(新宮駅)丸新
- えびずし(和歌山駅)阪和第一食堂
- 小鯛雀寿司(和歌山駅)和歌山水了軒
- 湖北のおはなし(米原駅)井筒屋
- 八角弁当(大阪駅ほか)水了軒
- 但馬の里和牛弁当(和田山駅)福廼家総合食品
- ひっぱりだこ飯(神戸駅・西明石駅ほか)淡路屋
- 元祖鱒寿し(米原駅)
- 大阪弁VS.博多弁(新大阪駅ほか)
- 瀬戸のしゃこめし(播州赤穂駅・相生駅)エノキ(2007年販売中止)
[編集] 中国地方
- 元祖かに寿し(鳥取駅)アベ鳥取堂
- あご寿し(鳥取駅)アベ鳥取堂
- 吾左衛門寿し(米子駅)米吾
- かに寿司(松江駅)一文字屋
- 松江堀川遊覧お弁当(松江駅)一文字屋
- 大和しじみのもぐり寿し(松江駅)一文字屋
- 桃太郎の祭り寿司(岡山駅)三好野本店
- ままかり寿し(岡山駅・倉敷駅)吾妻寿司
- たこめし(三原駅)浜吉
- 夫婦あなごめし(広島駅)広島駅弁当
- しゃもじかきめし(広島駅)広島駅弁当
- あなごめし(宮島口駅)うえの
- ますずし(新山口駅)
- ふくめし(下関駅)下関駅弁
[編集] 四国地方
[編集] 九州地方
- かしわめし弁当(折尾駅・小倉駅・鳥栖駅ほか)折尾ほか=東筑軒/小倉ほか=北九州駅弁当/鳥栖ほか=中央軒
- おこわ無法松弁当(小倉駅)北九州駅弁当株式会社
- めんたい弁当(博多駅)有限会社寿軒
- あごめし(佐世保駅)株式会社松僖軒
- 高菜弁当(佐世保駅)株式会社松僖軒
- 焼麦弁当(鳥栖駅)株式会社中央軒
- あさりめし(熊本駅)有限会社音羽家
- 鮎屋三代(八代駅)合資会社頼藤商店
- 鮎ずし(人吉駅)有限会社人吉駅弁やまぐち
- 椎茸めし(宮崎駅)宮崎駅弁当株式会社
[編集] 関連項目
- 駅弁の画像
- 空弁(そらべん) - 空港で売られている弁当
- 速弁(はやべん) - 高速道路のサービスエリアで売られている弁当
- ナゴヤドーム - 球場での食事として駅弁を模した「球弁」を発売
- 駅弁大学
- 駅弁ひとり旅 - 全国の駅弁を題材とした漫画作品
- 駅そば - 駅弁販売業者が経営しているケースも多い
[編集] 参考文献
- 林順信、小林しのぶ共著 『駅弁学講座』(集英社[集英社新書] / ISBN 4087200523)
- ありま猛・きり・きりこ作 『道連れ弁当』(リイド社SPコミックス)
- 櫻井寛監修・はやせ淳画 『駅弁ひとり旅』(双葉社アクションコミックス)
[編集] 脚注
- ^ 中央会/会員の家業とその沿革 1958年6月。
- ^ 高崎弁当社史には「高崎駅の開業にあわせ」と記されている。高崎駅の開業日は1884年5月1日。
- ^ ダイヤモンド社/旅窓に学ぶ 1934年7月6日。
- ^ 現在神戸駅を拠点とする駅弁調整業者の淡路屋が主張。ただし淡路屋ではなく先行する別業者。
- ^ 現在の敦賀駅の駅弁調製業者である塩荘が「敦賀駅に先行駅弁業者があった」と述べているが、敦賀駅開業の同年から販売していたかどうかについてはよくわからない。
- ^ 日本鉄道/改正日本鉄道規則及び諸賃金明細独案内 1883年12月。同年中に出された文書によるものであり、1883年内に上野駅で駅弁が販売された実績があるとする確度は高い。
- ^ 姫路駅の駅弁調製業者「まねき食品」の社史が「日本最初の幕の内駅弁を発売」と述べている。