元鍛冶丁公園

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元鍛冶丁公園
Motokajicho Park
Motokaji-chō Kōen Park.JPG
元鍛冶丁通りから見た元鍛冶丁公園(2010年5月)
所在地
分類 都市公園 > 特殊公園
面積 0.1872 ha
前身 東北管区行政監察局
設備・遊具 野外ステージ、駐輪場
駐車場 周辺の民間有料駐車場を利用
バリアフリー バリアフリー公衆トイレ
野外ステージ登壇用スロープ
アクセス Sendai City Subway Logo.png勾当台公園駅から徒歩4分
元鍛冶丁公園駐輪場
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ステージの後ろの反響壁には、仙台藩初代藩主伊達政宗兜の前立三日月[1]がデザインされている(2010年5月)
ステージ脇から見た元鍛冶丁公園(2010年5月)

元鍛冶丁公園(もとかじちょうこうえん)は、仙台市都心部歓楽街国分町」にある都市公園

2009年平成21年)4月1日、「元鍛冶公園」から現称に漢字表記が変更された[2]。旧称の字面から「もとかじまちこうえん」と呼ぶ人もいる。また、「元鍛冶公園」や「国分町公園」と呼ぶ市民も見られる[† 1]

概要[編集]

当園の地には1952年昭和27年)設置の行政管理庁仙台管区監察局(のちに東北管区行政監察局に改称)[† 2]があった。当時は同局と道を挟んで向かい側にカゴメの仙台出張所があるなど、周囲は業務・商業地区であった。

1965年昭和40年)に仙台市東部に卸町ができると、流通業者を中心とした会社事業所が市内各所から卸町に移転した[3]国分町通では移転した会社の跡地に飲食店ビルが建ち始め、1970年代に入るとそれが加速して歓楽街化した[3]

1972年昭和47年)[4]本町勾当台)に建設された仙台第二合同庁舎に東北管区行政監察局が移転すると、跡地に当園が整備された。園内にはブランコなどの遊具が設置され、地面はのままという児童公園に似たつくりであったが、拡大する東北地方最大の歓楽街「国分町」に当園の周囲も呑み込まれていき、飲み屋ディスコが入る飲食店ビルなどに囲まれた公園となってしまった。すると、園内には国分町の飲食店の従業員や来街客の放置自転車が目立つようになり、当園入口脇に駐輪場が設置されても改善されなかった。それでも、当園の西隣に仙台中央警察署・国分町交番が設置されたため、深夜でも園内の治安は守られた。

1997年平成9年)に地元から「国分町まちづくりプラン」が提案され、当園の再整備と駐輪場の建設が要望された[5]2007年平成19年)度より国分町通において水道管ガス管の更新工事、共同溝新設、および、道路改良工事(コミュニティ道路化)がなされ[6]2008年平成20年)からは当園の再整備と駐輪場の新設が行われた。同年12月6日に、先行して「元鍛冶公園地下駐輪場」(収容台数1008台)が当園の西部分に開設され、2010年平成22年)5月29日に当園もリニューアルオープンした[7]。この再整備により、園内の地面は透水性コンクリート舗装となり[8]、野外ステージも設置された。

当園は「元鍛冶通り」に面するが、当園を記載する場合は「丁」ではなく「町」を用いて「元鍛冶公園」と書いていた(詳細は元鍛冶丁を参照)。しかし、2009年平成21年)4月1日から現称に変更され[2]、駐輪場の名称も「元鍛冶公園駐輪場」に変更された。

イベント[編集]

フォーシーズンズ・プロジェクト[編集]

社団法人国分町街づくりプロジェクトによるイベント

その他[編集]

アクセス[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ にすいの「冶」ではなく、さんずいの「治」を使用した「元鍛治丁公園」「元鍛治町公園」「元鍛治公園」などの誤字は多数みられる。
  2. ^ 1952年昭和27年)8月1日行政管理庁仙台管区監察局」設置。1960年昭和35年)5月20日「行政管理庁東北管区行政監察局」に改称。1984年昭和59年)7月1日総務庁東北管区行政監察局」に改組。2000年平成12年)1月6日総務省東北管区行政評価局」に改組。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]