元帥杖

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ドイツ帝国時代の元帥杖、1895年製

元帥杖(げんすいじょう、英語: marshal's batonドイツ語: Marschallstab)は、元帥の階級又は称号、権限等を有する軍人が佩用する、その地位・名誉を表章するバトン。本項ではポーランドのブラヴァや、大日本帝国の元帥刀など、類似の権威表章物も記載する。

概要[編集]

ローマ帝国時代の軍司令官(レガトゥス)は短いバトンを皇帝より授けられ、これを頭の上に掲げて皇帝の意思を表した。その流れから短いバトンが軍司令官の権威を示すようになり、ヨーロッパ各地において用いられた。長さはそれほどでもなく大体50cm前後である。ナチス・ドイツ軍の場合は、元帥杖の他に略式元帥杖が設定されており、普段はこちらを用いていた。こちらの長さは約75cmである(カイテル元帥画像参照)。先端部分には派手な装飾はなされず、その点が王笏とは異なる。

手に持つ階級章ともいえる元帥杖だが、全ての国の元帥が所有しているわけではなく、中には元帥号はあっても元帥杖が存在しなかったり、元帥杖とは違う物が与えられたりすることもある。前者の代表国はアメリカ合衆国で、後者の代表は大日本帝国である。古くから元帥、もしくはそれに相当する称号階級の伝統を持つ国家では今も元帥杖が存続している事が多い。

アメリカの元帥は比較的新しく、第二次大戦中にイギリスとの共同作戦上、元帥が存在しないことが運用上不都合を生じるため創られた、まさに実用性だけの階級のため、極端な権威付けが必要なく元帥杖なども造られなかった。ロシア帝国の元帥は元帥杖を授けられたが、ソビエト連邦の元帥(ソ連邦元帥および各軍、兵科の元帥)は元帥杖ではなく、元帥星章英語版とよばれる特別製の勲章を佩用していた。

ブラヴァ[編集]

ポーランドではバトンではなく、メイスが元帥の象徴として用いられた。これはブラヴァ (メイス)英語版と呼ばれ、現在でも元帥の記章にはブラヴァがデザインされている。これは指揮杖が元となっており、現在のウクライナの大統領旗にも用いられている。

元帥刀[編集]

元帥刀を佩用する元帥陸軍大将閑院宮載仁親王

1919年8月29日制式以降、帝国陸軍海軍では、元帥府に列せられた元帥陸軍大将及び元帥海軍大将には元帥刀(元帥佩刀)が与えられていた(下賜)。拵(外装)は陸海軍大将以下、将校准士官が佩用する日本刀仕込みのサーベル、又は陣太刀をアレンジした一般的な制式軍刀とは全くもって異なり、古の毛抜形太刀そのもので極めて絢爛豪華、刀身のハバキ元や鞘や金具には菊花紋章が惜しげもなく施されている[1]。刀身は古来より天皇に由縁のある小烏丸作り。殺傷能力のある本身仕込みではあるが、一般の軍刀と違い元より実用性は考慮されていない。

元帥刀を作刀した主な刀匠には月山貞一堀井俊秀といった名匠が居り、また元帥刀作刀を拝命される事は刀匠として最高の栄誉とされていた。

西洋各国軍と異なり杖でなく刀なのは、単に日本(東洋)と西洋との風習文化の違い、将校軍刀の存在、元帥が昔からの官職でないこと、また特に古来の武士や将軍が地方征討などの際には、節刀を授けられたことに由来すると思われる。

作刀された元帥刀は陸海軍両元帥総計30名に対し同じく30振、現存する元帥刀としては、靖国神社収蔵[2]の元帥陸軍大将武藤信義佩用刀、陸上自衛隊山口駐屯地収蔵[3]寺内正毅寺内寿一両元帥陸軍大将佩用刀の他、元帥の親族保有や旧軍研究家・軍装品蒐集家等が所蔵しているとされる合計7振りのみの所在が確認されている[4]

元帥刀の形状は、太古の太刀のように、ツカには護拳が無く、全長3尺2寸。鞘の両面に12個の菊花章が粧われる。その他の細部とその装粧はいずれも金色であるが、縁頭(鳩目には銀の菊座を有する)、鍔(銀の小切羽を有する)、目貫、目釘(銀の菊座を有する)、坂板、芝引、帯取(銀の褥座2個を付す)、胴輪および鐺である。刀緒は紫革丸紐で金具は金色、刀帯は黒革で金銀縞織線が縫著され金具は金色。

意匠としての元帥杖[編集]

イギリスや戦前のドイツ軍の軍服では、X字形に交差させた元帥杖の図案が元帥の肩章など階級章に用いられている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 太刀拵えを模したとも、平安の六衛の拵えを模したともいわれている。
  2. ^ 遊就館で展示
  3. ^ 同駐屯地資料館「防長尚武館」で展示。刀身は期間限定展示、拵は常設展示
  4. ^ 読売新聞2008年1月15日