偶然と想像

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偶然と想像
Wheel of Fortune and Fantasy
監督 濱口竜介
脚本 濱口竜介
製作 高田聡
製作総指揮 原田将
徳山勝巳
出演者 古川琴音
中島歩
玄理
渋川清彦
森郁月
甲斐翔真
占部房子
河井青葉
撮影 飯岡幸子
製作会社 NEOPA
fictive
配給 Incline
公開 ドイツの旗 2021年3月BRFF)
日本の旗 2021年12月17日
上映時間 121分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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偶然と想像』(ぐうぜんとそうぞう、英題:Wheel of Fortune and Fantasy)は濱口竜介監督が2021年に公開したオムニバス映画で、3つの短編からなる。第71回ベルリン国際映画祭に出品され、銀熊賞 (審査員グランプリ)を受賞した。

概要[編集]

前作『寝ても覚めても』のあと、監督の濱口はいくつかの作品製作を進めていたが、コロナ禍によるスケジュールの混乱で、本作『偶然と想像』、そして長編『ドライブ・マイ・カー』が並行して撮影されることになった[1]

『偶然と想像』は2021年3月にベルリン国際映画祭で初公開され、以後、世界各国の主要メディアできわめて高い評価を受けた。とりわけフランス映画の巨匠エリック・ロメールを思わせる抑制的な演技と台詞まわしや[2]、人物造形の確かさが注目され[3]、撮影監督の飯岡幸子による映像も繰り返し論評の対象となった[4][5]

濱口は実際にロメールの『木と市長と文化会館/または七つの偶然』や、『パリのランデブー』からの影響を受けて、構成やアイデアの参考にしたことを明かしている[6]

2021年10月30日に第22回東京フィルメックスのオープニング作品として日本で初上映され[7][8]、観客賞を受賞した[9]。同年12月17日の劇場公開から、4か月のロングランで観客数は7万人に達し、翌2022年4月6日からのフランス公開では、3週間で『寝ても覚めても』の10万人(総数)を上回る入場者を記録した[10]

キャスト[編集]

魔法(よりもっと不確か)
扉は開けたままで
もう一度

あらすじ[編集]

魔法(よりもっと不確か)[編集]

ファッションモデルの芽衣子(古川琴音)は、撮影スタッフの一人つぐみ(玄理)と親友だった。都心での撮影が終わって一緒にタクシーに乗ると、つぐみは最近出会った運命の相手との夜を話し始める。

その相手は、若くしてビジネスで成功したハンサムな企業家だという。ふとしたことで出会い、話し始めると趣味や価値観がことごとく一致していることに、二人は驚喜した。どれだけ長く話しても、飽きるということがなかった。会ったその日の夜に、これがずっと探していた運命の相手だとお互いに確信した。その確信はあまりに揺るぎなかったので、肉体的な接触も要らなかった。目を見ているだけで満ち足りた時間を過ごすことができた。

芽衣子はこの話に喜んで耳を傾け、つぐみをうらやんでみせ、幸運を祝福する。しかし幸福に顔を輝かせているつぐみを家の前で降ろすと、芽衣子は運転手に、いま来た道を後戻りするよう伝える。

あるビルの前で降りる芽衣子。オフィスに入ると、青年(中島歩)が一人残って働いている。青年と芽衣子は、旧知の仲らしい。しばらく言葉を交わしたのち、なぜか芽衣子は、いま聞いたばかりのつぐみの体験を語り始める。

扉は開けたままで[編集]

大学生の佐々木(甲斐翔真)は、フランス文学教授の瀬川(渋川清彦)を深く憎んでいた。瀬川の授業で単位が足りず、佐々木は必死になって瀬川の前で土下座までしてみせたのだが、謹厳な瀬川は頑として聞き入れず、佐々木は決まっていた大手企業への就職を棒に振ってしまったのだった。

佐々木は、同じ大学に通っている奈緒(森郁月)という人妻との情事におぼれるようになった。奈緒と抱き合っているとき、あの瀬川が書いた小説で高名な文学賞を受賞したというTVニュースを目にする。社会的地位と名声につつまれて微笑む瀬川の映像に、佐々木が向ける憎悪の視線。佐々木は瀬川を引きずり下ろそうと、奈緒に色仕掛けで瀬川に迫って弱みを握るようけしかける。

瀬川の研究室を訪ねた奈緒は、自分は先生の大ファンなのだと告げ、今回の文学賞の受賞作を朗読させてほしいと申し出る。あくまで冷ややかに応じる瀬川。しかしその小説には過激なセックスシーンが含まれていた。朗読がその場面にさしかかり、ひどく淫猥なことばを奈緒が淡々と読み上げはじめると、瀬川の反応がしだいに変わり始める。

もう一度[編集]

2019年、未知の強力なコンピュータ・ウィルスが大発生した。このウィルスはあらゆる端末から機密情報を拡散させ、世界は大混乱に陥る。インターネットは遮断され、世界は郵便と電話をつかった古いシステムへ逆戻りしていた。

世界的な大事件からしばらく後、女子校の同窓会に参加するため故郷の仙台市にやってきた夏子(占部房子)。20年ぶりに会った顔ぶれとは全く話がかみあわない。若干の落胆を覚えつつ東京へ戻ろうとした夏子は、仙台駅のエスカレーターで同世代の女(河井青葉)とすれちがう。夏子が驚いて駆け寄ると、女も思わぬ再会に驚いている。夏子が同窓会のために仙台に来たのだというと、女は招待状を受け取っていないという。あの社会の大混乱が原因かもしれない。女は、どこかでゆっくり話そうと近くの自宅へ夏子を招く。

自宅に着いて、二人は高校時代の思い出を少しずつ語り始める。しかし細かなところで話は噛み合わず、話を続けるうちにその齟齬は耐えがたいほど大きくなってくる。この違和感は、あの大混乱だけが理由なのだろうか?

評価[編集]

  • イギリス『SIGHT & SOUND』誌:「2021年のベスト映画50本」 ─ 第10位[11]
  • アメリカ『FILM COMMENT』誌:「2021年のベスト映画20本」 ─ 第7位[12]
  • アメリカ『ROLLING STONES』誌:「2021年のベスト映画25本」 ─ 第4位[13]
  • 映画批評サイト『IndieWire』:「2021年のベスト映画50本」 ─ 第17位[14]
部門 対象 結果 出典
2021 第71回ベルリン国際映画祭英語版 銀熊賞 濱口竜介 受賞 [15]
金熊賞 濱口竜介 ノミネート
テディ賞 偶然と想像 ノミネート
第15回アジア・フィルム・アワード英語版 最優秀作品賞 偶然と想像 ノミネート [16]
監督賞 濱口竜介 ノミネート
シカゴ国際映画祭 シルバー・Qヒューゴ賞 濱口竜介 受賞 [17][18]
ハイファ国際映画祭 キャメル賞 濱口竜介 受賞 [19]
シネフェスト・ミシュコルツ国際映画祭英語版 エメリック・プレスバーガー賞(最高賞) 濱口竜介 受賞 [7]
第22回東京フィルメックス 観客賞 濱口竜介 受賞 [9]
ナント三大陸映画祭 グランプリ(金の気球賞) 濱口竜介 受賞 [20]
観客賞 受賞
2022 第56回全米映画批評家協会賞 監督賞(『ドライブ・マイ・カー』と合わせて) 濱口竜介 受賞 [21]
国際シネフィル協会賞英語版 最優秀アンサンブル賞 偶然と想像 受賞 [22]
ラブ・イズ・フォリー国際映画祭 ゴールデン・アフロディーテ賞(ベスト・フィルム) 濱口竜介 受賞 [23]
第31回日本映画批評家大賞 作品賞 偶然と想像 受賞 [24]

脚注[編集]

  1. ^ Potton, Ed. “Wheel of Fortune and Fantasy review — powerful and intimate” (英語). ISSN 0140-0460. https://www.thetimes.co.uk/article/wheel-of-fortune-and-fantasy-review-ryusuke-hamaguchi-v7m82btwz 2022年3月15日閲覧。 
  2. ^ Dalton, Stephen (2021年3月4日). “‘Wheel of Fortune and Fantasy’ (‘Guzen to sozo’): Film Review | Berlin 2021” (英語). The Hollywood Reporter. 2022年3月15日閲覧。
  3. ^ Complex, Valerie (2021年10月9日). “‘Wheel Of Fortune And Fantasy’ Review: Ryûsuke Hamaguchi Film Centers The Lives Of Women” (英語). Deadline. 2022年3月15日閲覧。
  4. ^ Debruge, Peter (2021年3月11日). “‘Wheel of Fortune and Fantasy’ Review: Three Chance-Driven Encounters Make for Two Happy Hours” (英語). Variety. 2022年3月15日閲覧。
  5. ^ Dargis, Manohla (2021年10月14日). “‘Wheel of Fortune and Fantasy’ Review: What We Talk About” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2021/10/14/movies/wheel-of-fortune-and-fantasy.html 2022年3月15日閲覧。 
  6. ^ 濱口竜介(インタビュアー:佐藤久理子)「ベルリン銀熊賞「偶然と想像」は「ロメールからの影響」 濱口竜介監督が恋愛を描く理由」『映画.com』、エイガ・ドット・コム、2021年3月13日https://eiga.com/news/20210313/5/2023年9月17日閲覧 
  7. ^ a b “古川琴音&中島歩ら、人生を大きく揺り動かす3つの偶然に直面…『偶然と想像』予告”. シネマカフェ (イード). (2021年10月6日). https://www.cinemacafe.net/article/2021/10/06/75092.html 2023年9月17日閲覧。 
  8. ^ ブロードキャスト - 10/30『偶然と想像』舞台挨拶”. 第22回 東京フィルメックス (2021年11月12日). 2023年9月17日閲覧。
  9. ^ a b “濱口竜介監督『偶然と想像』、第22回東京フィルメックスで観客賞受賞”. シネマカフェ (イード). (2021年11月8日). https://www.cinemacafe.net/article/2021/11/08/75653.html 2023年9月17日閲覧。 
  10. ^ “濱口竜介監督『偶然と想像』フランスで大ヒット 仏版ポスター解禁”. クランクイン! (ブロードメディア). (2022年5月2日). https://www.crank-in.net/news/107226/1 2023年9月18日閲覧。 
  11. ^ The 50 best films of 2021” (英語). BFI. 2022年3月15日閲覧。
  12. ^ December 16, Film Comment on. “Best Films of 2021” (英語). Film Comment. 2022年3月15日閲覧。
  13. ^ Collins, K. Austin (2021年12月17日). “K. Austin Collins' Top 25 Movies of 2021” (英語). Rolling Stone. 2022年3月15日閲覧。
  14. ^ Lattanzio, Ryan (2022年2月20日). “The 50 Best Movies of 2021, According to 187 Film Critics” (英語). IndieWire. 2022年3月15日閲覧。
  15. ^ 「偶然と想像」濱口竜介、ベルリン銀熊賞に輝き関係者に感謝「この人たちこそが映画」”. 映画ナタリー (2021年6月14日). 2022年3月11日閲覧。
  16. ^ The 15th Asian Film Awards Nominations Announced”. Asian Film Awards Academy. 2021年9月9日閲覧。
  17. ^ “『ドライブ・マイ・カー』『偶然と想像』濱口竜介監督作品がシカゴ国際映画祭でW受賞”. シネマカフェ (イード). (2021年10月25日). https://www.cinemacafe.net/article/2021/10/25/75430.html 2023年9月14日閲覧。 
  18. ^ Cinema/Chicago” (英語). Cinema Chicago. 2022年3月15日閲覧。
  19. ^ Haifa 38th International Film Festival” (英語). Haifa 38th International Film Festival. 2022年3月15日閲覧。
  20. ^ “濱口竜介監督作「偶然と想像」ナント三大陸映画祭で快挙! グランプリ&観客賞を受賞”. 映画.com (エイガ・ドット・コム). (2021年11月29日). https://eiga.com/news/20211129/12/ 2023年9月17日閲覧。 
  21. ^ “西島秀俊、アジア人初の快挙 『ドライブ・マイ・カー』全米批評家協会賞4部門受賞”. ORICON NEWS (oricon ME). (2022年1月9日). https://www.oricon.co.jp/news/2220557/full/ 2023年9月18日閲覧。 
  22. ^ Beth Stevens (2022年2月6日). “2022 ICS Award Winners”. International Cinephile Society. 2023年9月19日閲覧。
  23. ^ Love is Folly International Film Festival, Bulgaria - 2022 Awards”. IMDb (2022年). 2023年9月17日閲覧。
  24. ^ “濱口竜介「偶然と想像」が作品賞に輝く、日本映画批評家大賞の受賞結果発表”. 映画ナタリー. (2022年3月31日). https://natalie.mu/eiga/news/471987 2022年7月12日閲覧。 

外部リンク[編集]