俺たちに明日はない

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
俺たちに明日はない
Bonnie and Clyde
監督 アーサー・ペン
脚本 デヴィッド・ニューマン
ロバート・ベントン
製作 ウォーレン・ベイティ
出演者 フェイ・ダナウェイ
ウォーレン・ベイティ
音楽 チャールズ・ストラウス
撮影 バーネット・ガフィ
編集 デデ・アレン
配給 WB7
公開 アメリカ合衆国の旗 1967年8月13日
日本の旗 1968年2月17日
上映時間 112分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $2,500,000(当時)
興行収入 アメリカ合衆国の旗 $22,500,000
テンプレートを表示

俺たちに明日はない』(おれたちにあすはない、原題:Bonnie and Clyde)は、1967年製作のアメリカ映画大恐慌時代の実在の銀行強盗であるボニーとクライドの、出会いと死に至るまでを描いた犯罪映画アメリカン・ニューシネマの先駆的存在として有名。

あらすじ[編集]

1930年代に各地で強盗を繰り返したクライド・バロウとボニー・パーカーの実話を元に描かれている。

クライド・バロウ(ウォーレン・ベイティ)は刑務所から出所してきたばかりのならず者だ。彼が田舎町のウェイトレスであるボニー・パーカー(フェイ・ダナウェイ)の母親の車の周りをうろつき、それをボニーに見咎められる場面から映画は始まる。普段の生活に退屈していたボニーはクライドに興味を持ち、クライドが彼女の面前で食料品店の強盗を働くことで更に刺激される。二人は車を盗み、町から町へと銀行強盗を繰り返すようになる。

二人で旅をするうちにボニーはクライドにますます惹かれていくが、クライドは自分が恋人になるような男じゃないと言って彼女を拒絶する。ある夜ボニーはクライドの体を求めるが、インポテンツのクライドは女嫌いと言って彼女を避けたため、ボニーは失望する。これはクライドにとっても寂しいことであったが、それでも二人のお互いに対する愛情は変わらなかった。

やがて強盗を続けるボニーとクライドに、頭の鈍いガソリンステーションの店員C・W・モス(マイケル・J・ポラード)が車の整備係として仲間入りする。更にクライドの兄バック(ジーン・ハックマン)と彼の妻ブランチ(エステル・パーソンズ)も一行に加わり、ボニーとクライドの強盗団はバロウズ・ギャングとして新聞で大々的に報道されるようになる。銀行強盗をしても、貧しい銀行の客からはお金を奪わないということもあり、ボニーとクライドは大恐慌時代のロビン・フッドとして民衆のヒーローとなる。

警察が警備を強化しても、ボニーとクライドの強盗団は捜査の網を掻い潜り逃走を続ける。ある日、彼らはテキサス・レンジャーの一人ヘイマーを捕らえ、彼を辱めたのち手錠を掛けて池に漂流させる。逃避行を続ける最中、ボニーは母親が恋しくなり、仲間を連れて故郷で親戚たちとピクニックをする。しかし母親は犯罪に手を染めたボニーと、彼女の恋人のクライドを冷たくあしらうのだった。

一仕事を終えた後に空き家で寛ぐボニーとクライドの強盗団は、テキサス・レンジャーたちに襲撃される。激しい銃撃戦の最中にバックは瀕死になり、ブランチも失明寸前の怪我をする。ボニーとクライドも重傷を負うが、辛くもC・Wと共にその場から逃走する。隠れ家を求めてボニーとクライドは、強盗団の中で唯一身元が判明していないC・Wの父親であるアイヴァン・モスの農場を訪ねる。一行はそこで傷が癒えるまで潜伏することになった。

アイヴァンの農場で束の間の安息を楽しむボニーとクライド。二人はここで初めて情を交わす。一方その頃、警察に拘留中のブランチは、復讐に燃えるヘイマーに言葉巧みに誘導され、C・Wの本名を喋ってしまう。また、ボニーとクライドを匿うアイヴァンも、子供可愛さに警察と司法取引をする。

怪我から回復した後、買い物をするため隠れ家から出てきたボニーとクライドは、警察の罠に嵌ってしまう。郊外で車から降りた所を、彼らを待ち伏せしていた警官からの一斉射撃を浴びて絶命するボニーとクライド。蜂の巣となった彼らの死体に、警官たちが近づいていくショットで映画は幕を閉じる。

登場人物[編集]

ボニー・パーカー
俳優:フェイ・ダナウェイ、日本語吹替:平井道子

テキサスの田舎町でウェイトレスとして働いている女性。出所したクライドとの出会いから犯罪に惹かれ、彼と行動を共にする。

クライド・バロウ
俳優:ウォーレン・ベイティ、日本語吹替:野沢那智

刑務所を出てすぐ、ボニーの家の車を盗もうしたことから彼女と知り合う。ボニーと意気投合し、銀行強盗・殺人を繰り返す。

C・W・モス
俳優:マイケル・J・ポラード、日本語吹替:朝倉宏二

愚鈍だが車に詳しい不良青年。貧しい農家の息子。ボニーとクライドにスカウトされる。

バック・バロウ
俳優:ジーン・ハックマン、日本語吹替:大平透

クライドの兄。途中で家に訪れたクライドと合流し、妻ブランチと共に犯罪に手を染める。

ブランチ・バロウ
俳優:エステル・パーソンズ、日本語吹替:寺島信子

バックの妻。伝道師の娘でボニーとは反りが合わない。最後に負傷して、重要な役割を演ずる。

フランク・ヘイマー
俳優:デンヴァー・パイル、日本語吹替:大木民夫

テキサス・レンジャーの一員。ボニーとクライドに捕まり恥を晒す。それ以降執拗に強盗団を追いかける。

ユージン・グリザード
俳優:ジーン・ワイルダー、日本語吹替:野田圭一

ボニーとクライドに車を盗まれた青年。連中を追いかけたが逆に捕まり、同じ車に乗せられる。職業は葬儀屋。

ヴェルマ・デイヴィス
俳優:エヴァンス・エヴァンス、日本語吹替:恵比寿まさ子

ユージンの恋人。彼と一緒にクライドたちの車で連れ回されることになる。

アイヴァン・モス
俳優:ダブ・テイラー

妻を亡くした農夫。犯罪に手を染めた息子C・Wを救うため警察と取引をする。

日本語吹き替え[編集]

上記の声優陣は、1974年1月6日にNETで放送された日曜洋画劇場版のものである。このバージョンは、2008年に発売された「WARNER PLATINUM COLLECTION」のDVD及びBlu-ray Discでも収録された。

製作[編集]

1960年代に『エスクァイア』で編集者をしていたデイヴィッド・ニューマンロバート・ベントンが、ボニーとクライドを扱った本に感銘を受けたのが映画製作の始まりである[1]。ニューマンとベントンは共同でボニーとクライドを主役にした映画の脚本を執筆、二人が書き上げた脚本を読んで心を動かされた映画俳優のウォーレン・ベイティが脚本の映画化を決意した。映画化にあたり、ベイティは作品のプロデューサーを担当することになった。

映画のプロデューサーになったベイティは、当初ヌーヴェルヴァーグの旗手として知られていたフランソワ・トリュフォーを監督候補に考えていた[2]。トリュフォーもこの企画に対して深く興味を示したが、撮影が始まる際に長年の念願だった『華氏451』の製作が決まり、彼はそちらを監督するためにプロジェクトから離脱した。次に映画製作者たちは新たな監督候補としてジャン=リュック・ゴダールに接近したが、結局これも合意には至らなかった。このあたりの実情ははっきりしないが、ゴダールがハリウッドを信用せず断ったとも、ゴダールがボニーとクライドを日本のティーンエイジャーに置き換えて映画化しようとしたことで製作者側から降ろされたともいう。最終的にアーサー・ペンが監督を担当することで映画の撮影が開始された。また、当初はプロデューサーに専念するはずだったベイティが、主役の一人であるクライド・バロウを演じることになった。

スタッフ[編集]

日本語版スタッフ[編集]

  • 演出:春日正伸
  • 翻訳:進藤光太
  • 効果:赤塚不二夫 PAG
  • 調整:山田太平
  • NETテレビプロデューサー:植木明

史実と映画の相違点[編集]

  • C・W・モスのキャラクターは、2人の実在の強盗団のメンバーを合わせたキャラクターである。
  • 史実のボニー・パーカーは身長が150cmしかなく、映画でボニーを演じたフェイ・ダナウェイより20cmも低かった。

公開[編集]

映画は1967年8月4日にモントリオール映画祭(現在のモントリオール世界映画祭とは別のもの)で先行上映された後、同年8月13日に全米公開された。映画の配給を担当したワーナー・ブラザーズは最初この映画を「B級映画」としか考えておらず、ドライブインシアター用の映画としてか、もしくは少数の映画館で限定上映しようとしていた[2]。しかし公開されるや否やその斬新な内容が批評家たちに絶賛され、また映画に共感した若者たちが次々と上映館に集まりだした。これが良い宣伝になり映画の上映規模は大幅に拡大、最終的に大規模なヒット作になった。ワーナー・ブラザーズはこの映画の成功をほとんど予測してなかったので、ベイティにプロデューサーとしての最低賃金を払う代わりに、映画の利益の40%を支払うという前代未聞の条件を提示していた。結局この映画は5000万ドル以上を売り上げ、ベイティも一財産を築くことになった。

評価[編集]

『俺たちに明日はない』は、アメリカン・ニューシネマの先駆けとして、アメリカ映画史上特別な地位を占める作品である。悲惨な最期を遂げる犯罪者を主役に据えたこと、銃に撃たれた人間が死ぬ姿をカット処理なしで撮影したこと(映画中盤でクライドに撃ち殺された銀行員がその最初の例とされる[1])、オーラルセックスやインポテンツを示唆するシーンを含めたことは、1960年代当時としては衝撃的なものだった。特に映画のラストシーンで87発の銃弾を浴びて絶命するボニーとクライドの姿(通称「死のバレエ」)は、当時の若者の反響や後続の映画製作者に大きな影響を与えた。

映画公開後もその暴力性やセックス描写で、本作は保守的な評論家からの非難に晒された。特に当時『ニューヨーク・タイムズ』の批評家だったボズリー・クラウザーの批判は過激で、映画を酷評するレビューを三回も掲載したという。しかし『ザ・ニューヨーカー』の批評家ポーリン・ケールや、当時駆け出しの映画評論家だったロジャー・エバートが映画を賞賛したことで風向きが変わり、結果1960年代のアメリカ映画を代表する傑作として認知されるようになった。数ヵ月後にクラウザーは『ニューヨーク・タイムズ』の批評家を更迭されたが、一説にはこの時『俺たちに明日はない』を酷評したことが辞任に繋がったとも言われている[3]

『俺たちは明日はない』は1992年アメリカ国立フィルム登録簿に登録された。1998年アメリカ映画協会が選んだ映画ベスト100中第27位、2007年に更新されたリストではベスト100中第42位にランクインした。2005年には同じくアメリカ映画協会によって、クライドが職業を明かす作中の台詞「銀行強盗をやってるんだ」(原文:We rob banks)が名台詞ベスト100中第41位に選出された。

1967年度のアカデミー賞では作品賞を含む10部門にノミネートされた。そのうちエステル・パーソンズ助演女優賞を、バーネット・ガフィ撮影賞をそれぞれ受賞した。映画でボニーを演じたフェイ・ダナウェイは一躍知名度を高め、マイケル・J・ポラードと共に英国アカデミー賞の新人賞を受賞した。また、日本では1968年度のキネマ旬報外国映画ベスト・テン第1位に選出された。

アカデミー賞受賞/ノミネート[編集]

受賞 人物
助演女優賞 エステル・パーソンズ
撮影賞 バーネット・ガフィ
ノミネート
作品賞 ウォーレン・ベイティ
監督賞 アーサー・ペン
主演男優賞 ウォーレン・ベイティ
主演女優賞 フェイ・ダナウェイ
助演男優賞 ジーン・ハックマン
脚本賞 デヴィッド・ニューマン
ロバート・ベントン

その他[編集]

  • ベイティは、当時恋人だったレスリー・キャロンをボニー役に推薦したが、結局はアーサー・ペンがダナウェイに決めた。
  • ワイルダーは本作が映画デビュー作となった。
  • 最期のシーンを演じたダナウェイは、車から落ちないように足をギア・シフトに固定して撮影した[1]
  • この映画でダナウェイが着用するためのベレー帽が、何千と世界中から集められた。公開後、彼女が身に付けていたベレー帽が大流行した[2]
  • ダナウェイはクレジット・タイトルで題名の前に自分の名前を出してもらうために、5万ドルのギャラの内半分を払い戻した。
  • ダナウェイのスタンドインを当時16歳のモーガン・フェアチャイルドが担当していた。
  • ベイティはこの映画では製作者だけに専念しようと考えていた。というのも彼の姉であるシャーリー・マクレーンが強くボニーの役を願っていたからである。しかしベイティがクライド役に決定して、マクレーンは役から降りた。
  • 作中でボニーとクライドが『Gold Diggers of 1933』を映画館で見ているシーンがある。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c Revolution! The Making of Bonnie and Clyde(『俺たちに明日はない』製作当時の状況を紹介するドキュメンタリー、ワーナー・ブラザーズ版DVD収録)
  2. ^ a b c Roger Ebert、“Great Movies – Bonnie and Clyde”、1998年8月3日。(参照:2009年5月15日)
  3. ^ B. J. Leggett、“Convergence and divergence in the movie review: Bonnie and Clyde”、2005年12月22日。(参照:2009年5月15日)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]