修羅の門

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
修羅の門
ジャンル 格闘漫画
漫画:修羅の門
作者 川原正敏
出版社 講談社
掲載誌 月刊少年マガジン
レーベル 講談社コミックス月刊マガジン
講談社漫画文庫
発表号 1987年5月号 - 1996年12月号
巻数 全31巻
全15巻(文庫)
漫画:修羅の門 第弐門
作者 川原正敏
出版社 講談社
掲載誌 月刊少年マガジン
レーベル 講談社コミックス月刊マガジン
発表号 2010年11月号 - 連載中
巻数 12巻(2014年4月現在)
テンプレート - ノート 

修羅の門』(しゅらのもん)は、川原正敏による日本漫画作品。千年に亘り不敗を誇るとされる架空の古武術陸奥圓明流の継承者である陸奥九十九(むつ つくも)を主人公とし、陸奥圓明流が地上最強であることを証明するため、九十九が様々な強敵達と戦う様を描く格闘漫画

月刊少年マガジン』(講談社)において1987年5月号から1996年12月号まで連載の後に長期休載。2010年11月号より『修羅の門 第弐門』として連載を再開している。

1990年、第14回講談社漫画賞少年部門受賞作。

連載経緯[編集]

前作『あした青空』において描かれた格闘シーンが好評を得たことにより、連載終了後に改めて格闘漫画を描くことを編集部から打診され、本作が制作されることとなった[要出典]。日本を舞台に第一部で実戦空手との対戦、第二部で異種格闘技大会を描いた後、第三部では舞台をアメリカに移しボクシングへの挑戦、第四部ではブラジルに場を移して世界規模での総合格闘技大会を描いている。しかし第四部完結後、活人拳に対するアンチテーゼを一つの主題として描いていた本作に対し、それを否定する意見が読者から寄せられて川原は落胆し、無期限での連載休止となる[1]

この休止の間に『海皇紀』が長期連載となったことや、格闘技については第四部までで自分の中の物を出し尽くしてもう描くことはできないと考えたため、川原は『修羅の門』の再開はもうないのではないかとも考えていたが、読者に対する責任感と、『海皇紀』内で格闘を描いた[注 1]ことによって再び人間対人間のぶつかり合いを描けるように感じたことから、『海皇紀』終了後に第四部終了から14年を経て連載を再開することが決定された[2]。連載再開は『修羅の門 第弐門』と改題の上で行われ、また現実で過ぎた14年と作品内の時間がダイレクトに繋がらないことを考慮して第四部の直接の続きとはせず[2]、4部終了時の約3年後から再開している。

評価[編集]

1990年(平成2年)に、川原は本作で第14回講談社漫画賞少年部門を受賞している。

同じく格闘漫画を執筆している板垣恵介は、第四部について「グレイシー柔術を食い散らかさず、骨まで残さない描き方をしていて感激した」とその内容を絶賛している。[要出典]

初出・収録[編集]

初出はいずれも講談社の『月刊少年マガジン』。

第一編となる「修羅の門」は四部で構成されており、1987年5月号から1996年12月号まで連載された。この間に川原は『週刊少年マガジン』(講談社)で「ヒーロー」の連載を本作と並行して行うなど様々な作品を発表しており、1989年以降は本作の外伝「修羅の刻」を、本作との同時掲載や本作を休載しての連載などの形によって同じく『月刊少年マガジン』誌上で並行して断続的に発表している。

第四部終了後、『修羅の門』は再開未定の形で連載を休止し、「修羅の刻 源義経編」の連載を経て13年に及ぶ長期連載となった「海皇紀」の連載が開始される。そして「海皇紀」完結と同年の2010年11月号より、「修羅の門 第弐門」と改題し連載が再開された。「第弐門」開始の翌月からは、川原が原作を担当した本作の異伝サッカー漫画「ふでかげ」が、飛永宏之の作画によって同じく『月刊少年マガジン』誌上で隔月で連載を開始し、本作との同時連載となっている。

単行本は〈講談社コミックス月刊マガジン (KCGM) 〉より『修羅の門』が全31巻、『修羅の門 第弐門』が10巻まで発行されている(2013年8月現在)。また『修羅の門』は講談社漫画文庫より文庫版が全15巻刊行されている。(各巻の書誌情報については#書誌情報を参照。)

部別の掲載時期一覧[編集]

  • 2011年9月現在。
  • 収録巻はKCGM版単行本への収録を示す
    • 壱:『修羅の門』
    • 弐:『修羅の門 第弐門』
  • 同時期に発表された作品のうち『月刊少年マガジン』に掲載された作品については以下の形で掲載方法を略記する。
    • 同時:「修羅の門」と同時掲載
    • 休載:「修羅の門」を休載し該当作品を掲載
タイトルと部 対応話 話数 掲載号 収録巻 同時期に発表された作品・備考
修羅の門 第一部 第一話 - 第十話 10 1987年5月号 - 1988年2月号 壱1 - 3
  • 「エンジェル」『フレッシュマガジン』1988年ニューイヤー増刊号
第二部 第十一話 - 第三十九話 29 1988年3月号 - 1990年7月号 壱3 - 10
  • 「ヒーロー」『週刊少年マガジン』1988年42号 - 1989年1・2号(並行連載)
  • 修羅の刻 宮本武蔵編」1989年7月号、1990年1月号・2月号(同時)
修羅の刻 風雲幕末編(前半) 1990年8月号・9月号 「修羅の門」一時休載
第三部 第四十話 - 第七十四話 35 1990年10月号 - 1993年10月号 壱11 - 21
修羅の刻 寛永御前試合編 1993年11月号 - 1994年3月号 「修羅の門」一時休載
第四部 第七十五話 - 第百五話 31 1994年4月号 - 1996年12月号 壱21 - 31
修羅の刻 源義経編 1997年1月号 - 12月号 「修羅の門」無期限休載
海皇紀 1997年1月号 - 2010年8月号
修羅の門 第弐門 第一話 - 連載中
(話数リセット)
連載中 2010年11月号 - 連載中 弐1 - 続刊中
  • ふでかげ」2010年12月号 - 連載中(隔月同時、作画:飛永宏之)

あらすじ[編集]

修羅の門[編集]

第一部
千年不敗を誇る古武術・陸奥圓明流の使い手である陸奥九十九は、「神武館をぶったおしてこい[3]」という祖父の言葉に従い上京し、実戦空手の総本山である神武館の本部道場へと向かおうとする。しかし道に迷い、たまたま通りすがった神武館館長の孫娘・龍造寺舞子に声をかけ道場へと案内してもらう。九十九が道場へと到着すると、そこでは道場破り毅波秀明が看板を持ち帰ろうとしていた。実力差を痛感しながらも武門の娘として毅波と戦おうとする舞子を下がらせ、九十九は毅波と戦い勝利する。そしてその場に現れた神武館館長龍造寺徹心に手紙を渡して祖父の意を伝え、道場に居候を始める。
九十九を快く思わない、神武館No.5の木村は100人掛かりで九十九と戦うが敗北。この噂を聞きつけた神武館の四強・四鬼竜が全国から本部道場へと集まった。九十九は四鬼竜の3人までを連戦で倒すが、舞子の制止に従い四鬼竜筆頭の海堂晃との戦いを延期する。海堂はこの間に、九十九が陣雷戦で見せた無空波と思われる技を避けるための修練を積み、九十九に挑む。海堂は実戦においても陣雷戦と同じ技をかわすも、それは無空波ではなく虎砲という別の技であり、真の無空波を放った九十九に海堂は敗れる。
第二部
九十九は様々な有名格闘団体に道場破りを仕掛けて日本格闘技界全体に喧嘩を売り、その意をくんだ徹心が全日本異種格闘技選手権を開催する。そして九十九の道場破りによって火を着けられた各種格闘技界の雄達が、選手権へと参加する。
キックボクサー竹海直人シュートボクサー羽山悟プロレスラー飛田高明・神武館と列ぶ実戦空手の一大流派鬼道館のNo.1片山右京といずれも優勝候補とされる人物を軒並み倒し、九十九は決勝へ進む。九十九との決戦の相手を決める準決勝で、陸奥圓明流の分派である不破圓明流の継承者不破北斗に敗れた徹心は、陸奥へと勝利する夢を海堂に託す。
圓明流同士の戦いとなった決勝は北斗が優勢に進み、陸奥にはない不破の奥義・神威によって九十九は一度倒れる。しかし九十九はそこから再起し、歴代の陸奥でさえ誰一人として使えなかった奥義の上に位置する秘技・四門を使い、北斗の息の根を止める。
第三部
全日本異種格闘技選手権での優勝後、人知れず日本から姿を消した九十九は、ハワイヘヴィ級プロボクサーアリオス・キルレインの試合を観戦し、彼と戦うためにアメリカ合衆国本土へと渡る。九十九はニューヨークのジムへと乗り込み対決を申し込むが、アリオスは「ボクサーでない男と戦う気はない[4]」と断る。アリオスと戦うため、九十九はプロボクサーとしてヘヴィ級のリングへ上がることを決意する。
全日本異種格闘技選手権で知り合ったフランク・クラウザーの紹介でテディ・ビンセントをトレーナーとした九十九はボクシングのルール中で陸奥圓明流を用いて戦績を積み、シューレスニンジャボーイと渾名されるようになる。そしてアリオスも参戦するヘヴィ級王座統一トーナメントに参戦する機会を得、決勝でアリオスを倒し日本人初・史上最年少のヘヴィ級チャンピオンとなる。
第四部
ヘヴィ級王座をすぐに返上した九十九は日本を発つ際の祖父の言葉に従い、コンデ・コマの業を受け継ぐ者との決着を着けるため、先祖の恩を返すためにと九十九に付き従うインディアンジルコォー・マッイイツォと共にブラジルへと向かう。九十九はコンデ・コマの業を受け継ぐ者の行方を知る人物としてグラシエーロ柔術の長老ビクトル・グラシエーロを訪ねるが、ビクトルはその質問に答えずにグラシエーロ家主催の格闘大会ヴァーリ・トゥードに参戦することを九十九に求める。
九十九はカポエラ使い・元力士傭兵と様々な相手に勝利を続け、準決勝で神武館南米王者イグナシオ・ダ・シルバを破り決勝へと進む。グラシエーロ家の長男レオンとの死闘に、九十九は両腕が使えない状態となるが、四門の1つ玄武を使い致命傷を与える。玄武を受けてなお勝利を得ようとするレオンに九十九も最後まで死力を尽くし、レオンの息の根を止めて九十九が優勝する。
大会後、ビクトルよりコンデ・コマの業を受け継ぐ者がケンシン・マエダであることを聞いた九十九は、ケンシンのいる中米の戦場を目指してブラジルを発つ。

修羅の門 第弐門[編集]

ヴァーリ・トゥードを制覇し、ケンシン・マエダとの一戦の為に九十九がコロンビアの紛争地帯に向かってから3年近い月日が流れた。あれから九十九は一切の消息を絶ち、周囲も安否すら確かめられないままに月日を過ごしていた。次々と新しい世代の格闘家達や大会が現れ、何時しか九十九の名を知る者も限られる様になっていた。そんな九十九不在の中、日本で開催されていた総合格闘技大会「(つわもの)」に圓明流の技を使う覆面格闘家が登場、九十九の復帰ではないかとの噂が立つ。
同じ頃、街中で九十九と共に消息を絶っていたマッイイツォを見つけた舞子は九十九の行方を尋ね、九十九は既に日本に戻っているが「行方不明となっている」と知らされる。舞子達はが九十九ではないと感じながらも確信を持てず、とプロレスラー宮本翔馬の試合観戦に向かう。宮本の入場コールにに似た覆面の選手が入場してくるが、その正体は宮本ではなく九十九であった。

登場人物[編集]

主要人物[編集]

陸奥 九十九(むつ つくも)
本作の主人公。千年もの間不敗を誇る古武術・陸奥圓明流第40代[要出典]伝承者。年齢は初登場時17歳。陸奥圓明流が地上最強であることを証明し、自らの代で圓明流を終わらせるため、格闘技界にその姿を現す。格闘家としては小柄な体格ながら超人的な基礎体力を誇り、格闘家としての技量においても様々な分野の専門家を凌駕する実力を見せる。
神武館の四鬼竜を倒した後、全日本異種格闘技選手権を制覇、アメリカでプロボクシングヘヴィ級の統一王者となり、ブラジルのヴァーリ・トゥード大会に出場し優勝を果たす。
龍造寺 舞子(りゅうぞうじ まいこ)
本作のヒロインで初登場時は高校生。神武館館長・徹心の孫娘[3]。自身も中学生時には神武館女子部全国大会で優勝しており[5]、神武館本部道場で子供に空手を教えている。
当初は命を省みないような九十九を案じて戦いを止めようとしていたが、アリオス戦をきっかけに九十九を信じ・待つ覚悟を決める。

第一部[編集]

龍造寺 徹心(りゅうぞうじ てっしん)
実戦空手の一大流派である神武館の館長であり、「生ける武神」と呼ばれる実戦空手界の総帥[3]
青年時代に九十九の祖父・真玄と戦って敗れたことをきっかけに寸止め空手と決別し、実戦空手の流派・神武館を立ち上げる[6]。そして打倒圓明流を目標として自らも鍛錬を続けてきた。
海堂 晃(かいどう あきら)
神武館の空手家。全国大会の優勝者であり、神武館の4強・「四鬼竜」の筆頭に数えられている[7]
双龍脚を初めとする数々の華麗なテクニックを誇り、天才という事実にどのような渾名も色あせるため、他の四鬼竜とは異なり特定の渾名を持たない[6]
四鬼竜最後の一人として九十九に戦いを挑み、無空波に敗れる[8][9][10]。この時の負傷から全日本異種格闘技選手権への出場を見送り[11][5]、大会後徹心と共に山に篭って修行に明け暮れる。

第二部[編集]

片山 右京(かたやま うきょう)
神武館と列ぶ一大流派・鬼道館所属の空手家[12]。全日本鬼道杯大会優勝者で、その美貌と華麗なファイトスタイルから「氷の貴公子」と呼ばれている[11]。何事に対しても真剣にならない冷めた性格だったが、九十九に触発され未完成だった必殺技・菩薩掌を完成させ、全日本異種格闘技選手権に出場する[11]
大会で九十九に破れて後、九十九に対する自分の気持ちに整理がつけられないでいたが、海外での九十九の活躍を知り、禅寺での空手の修行を経て、九十九との再戦と海堂晃との対決を決意する。
不破 北斗(ふわ ほくと)
陸奥圓明流の分家、不破圓明流の伝承者。不破圓明流によって格闘界を支配すべく、全日本異種格闘技選手権に参加。準決勝で徹心を倒し、決勝戦で九十九と戦う。最後は四門・朱雀を受け敗北、死亡した。

第三部[編集]

アリオス・キルレイン
「ブラックライトニング」「ザ・マシーン」の異名を持つヘヴィ級の天才プロボクサー。
スラムひったくりで食いつないでいたところを名トレーナーのエザード・ロスに見いだされ、ボクシングの道に足を踏み入れる。エザードが死の直前まで鍛え続けた「エザード・ロスのラスト・サン」であり、自分がチャンピオンオブチャンピオンズになるというエザードの夢をかなえるためにリングに上がり続ける。
フランク・クラウザー
「プロレスの神様」の異名を取る往年の名プロレスラー。全日本異種格闘技選手権に参加した飛田高明の師匠で、飛田の応援のため日本に駆けつけ九十九と知り合う。九十九がアメリカに渡って以降は、九十九をテディ・ビンセントと引き合わせ、セコンドとしてテディと共に九十九のリングサイドにつくなど、様々なバックアップを行った。
テディ・ビンセント
数々の世界王者を育成したボクシングの名トレーナーであったが、教え子が試合で命を落としたのをきっかけに引退していた。しかしクラウザーの連れてきた九十九にかつての情熱を呼び覚まされトレーナーとして復帰し、九十九のアリオス挑戦を手助けする。
「何も教えない、ただ火を点けるだけだ」と評されており、技術を教授するよりも選手の闘志を鼓舞することに長けている。
ジルコォー・マッイイツォ
インディアンの部族、ネズ・パース族の青年。かつて陸奥の一族に祖先を救われた恩に報いるため[注 2]に九十九の前に現れる。当初九十九は部族に帰るよう諭していたが、やがて道中への同行を許し、第四部以降は付き人として常に行動を共にしている。

第四部[編集]

レオン・グラシエーロ
グラシエーロ柔術の本家・グラシエーロ家の長男。
かつて無敗の王者としてヴァーリ・トゥードに君臨していたが、試合中に人を殺してしまい引退。以来ファベェーラ神父として子供達に柔術を教えながら、静かに生活を送っていた。しかし九十九との出会いを機に闘志が再燃、優勝賞金でファベェーラの子供達を救うため、現役復帰と大会出場を決意する。
イグナシオ・ダ・シルバ
神武館ブラジル支部所属の空手家。強くしなやかな巨体にパワーと技術を併せ持つ神武館南米チャンピオン。
一度はユースのブラジル代表となる程のサッカー選手だったが、あからさまなレフェリーの不正判定によって負けて悔しさに沈んでいるところ、神武館ブラジル支部長徳光将に空手の試合はレフェリーでは決まらないと勧誘され、空手家に転向する。

作中に登場する流派[編集]

陸奥圓明流
1000年に亘りあらゆる剣豪や格闘者と相対し戦いを重ねてきたが、未だ一度の負けも知らない一子相伝・門外不出の格闘術。生まれついた瞬間からの訓練によってのみ習得可能であり、圓明流の家に生まれぬ者には業を真に用い奥義を使いこなすことはできない。
本家の陸奥圓明流の他、安土桃山時代に分家した不破圓明流がある。分派して以降は、互いの不敗の歴史が終わるのを恐れ、陸奥九十九と不破北斗が闘うまでの約400年間、両家が激突することはなかった。
神武館
青年時代に陸奥真玄に敗れた龍造寺徹心が、打倒圓明流を誓って興した実戦空手の流派。現在は世界有数の格闘団体に成長しており、龍造寺巌徳光将ら創設時からの高弟が世界中で普及に貢献している。
一般には投げ・関節技の基礎と、それら異種格闘技に対抗するための空手の技しか教えておらず、公式試合においても顔面への攻撃は反則となっている。しかし徹心と一部の高弟は圓明流を研究しており、圓明流の技を一部使うのみならず、対圓明流用の独自の技も用いる。
鬼道館
神武館と双璧をなす、日本空手界における一大流派。鬼頭撻馬が館長を務める。顔面への打撃だけでなく投げ・関節技も認められており、その分神武館よりも実戦的であると喧伝している。美貌の全日本チャンピオン・片山右京を擁し、女性ファンが多い。
ピーカーブースタイル
エザード・ロスが教えていた独自のボクシングスタイル。両拳を常に顎の前で構えさせるため、防御に優れる。使いこなせるボクサーは限られているが、習得した選手は皆、ボクシング史上に残る名王者となっている。人体の各部に番号を振り、エザードの指示により順序よくそれらの箇所を打つナンバーシステムによって特訓を行う。
グラシエーロ柔術
ビクトル・グラシエーロコンデ・コマ前田光世)から受け継いだ柔術を基に編み出し、ブラジルの地で発展した格闘技。実在するグレイシー柔術がモチーフとなっている[13]。関節を極めながらの投げ技など、その名の通り柔道より柔術に近い技術体系を持つ。様々な格闘技との対戦も視野に入れられており、グラシエーロ家はそれら技術の研鑽の場として、異種格闘技大会ヴァーリ・トゥードを主宰している。
コンデ・コマの流れを汲むブラジル格闘技を扱う構想は川原が以前より温めていたものであったが、第三部のボクシング編を終えて開始した連載時期が丁度グレイシー柔術が話題となっていた時期と重なってしまったため、ブームに載って登場させと捉えられることもあった[13]

テレビゲーム[編集]

2度のテレビゲーム化がなされている。

メガドライブ
1992年8月7日発売。発売はセガ、開発元は、当時セガの子会社だったシムス。原作第二部までを題材にした、コマンドバトル式のアドベンチャーゲーム。原作ストーリーを忠実に再現しているため、原作の展開をそのままなぞるだけでクリアできる。
プレイステーション
1998年4月2日発売。発売は講談社、制作はジャパンヴィステック。原作の人気キャラを用いた、3Dポリゴン方式の対戦型格闘ゲーム。使用キャラは、九十九、徹心、海堂、右京、飛田、イグナシオ、ハリス、レオンの8名。また隠しキャラとして、北斗、舞子、破壊王(キング・オブ・デストロイ)、ドルジ・アリウナー(原作者描き下ろしのオリジナルキャラクター)が登場する。
関節技を極められると以降その部位が動かなくなる、マウントポジションに持ち込めば相手を倒すまで一方的に攻撃できるなど、独特のシステムが盛り込まれている。しかし『ファミ通』に掲載されたクロスレビューコーナーにおいては、4人のレビュアーより10点満点でそれぞれ2点、3点、3点、4点と極めて低い異例の評価を受けていた。ゲームとしての完成度も低く、ファミ通のクロスレビューで「超ヤバイ!!本当に完成品か?」[14]、雑誌『ゲーム批評』で「8月29日から作り始めて出来上がった夏休みの宿題よりも酷い出来」[15]と評され、プレイステーションのクソゲーの代名詞的存在となっている。

派生作品[編集]

本作と世界設定を共有する派生作品が2作執筆されており、主に本編と並行する形で同時期に発表されている。詳細は各記事を参照。

陸奥圓明流外伝 修羅の刻
過去の陸奥圓明流の使い手が歴史の影で活躍する様を描いた歴史物。初期には本編との同時掲載もあったが、主に本編を一時休載してその間に一編を短期集中連載する形で発表された。第四部終了後の本編長期休載後も、同様に『海皇紀』を一時休載する形で断続的に発表が続けられた。
修羅の門異伝 ふでかげ
川原の出身地広島県を舞台としたサッカー漫画。陸奥九十九と死闘を演じた空手家として、本編第四部にも登場するイグナシオが登場している[16]。川原の原作を飛永宏之が作画しており、『修羅の門 第弐門』と並行して連載されている。

書誌情報[編集]

いずれも著者は川原正敏講談社からの発行。

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 同作最終盤に描かれた主人公ファン・ガンマ・ビゼンとクラッサ・ライの戦い。
  2. ^ この祖先と陸奥との関係については『修羅の刻』の「アメリカ西部編」で描かれている。

出典[編集]

『修羅の門』は特記のない限り〈KCGM〉版。

  1. ^ 「あとがき」『修羅の門』32巻、230-234頁
  2. ^ a b 「特別企画 川原正敏ロングインタビュー」『月刊少年マガジン』2010年9月号(第37巻第13号)、講談社、2010年9月1日発行(8月6日発売)、111-114頁
  3. ^ a b c 「第一話 阿修羅のごとく」『修羅の門』1巻〈KCGM〉5-54頁
  4. ^ 「隅の老人」『修羅の門』11巻、70頁
  5. ^ a b 「第十四話 熱き宿敵達」『修羅の門』4巻〈KCGM〉56-116頁
  6. ^ a b 「第七話 凄惨なる特訓」『修羅の門』2巻〈KCGM〉95-140頁
  7. ^ 「第二話 我が敵、神武館」『修羅の門』1巻〈KCGM〉55-100頁
  8. ^ 「第八話 二人の修羅」『修羅の門』2巻〈KCGM〉141-190頁
  9. ^ 「第九話 流血の死闘」『修羅の門』3巻〈KCGM〉3-52頁
  10. ^ 「第十話 無空波」『修羅の門』3巻〈KCGM〉53-100頁
  11. ^ a b c 「第十三話 異種格闘技戦」『修羅の門』4巻〈KCGM〉5-55頁
  12. ^ 「第十一話 鬼道館へ…」『修羅の門』3巻〈KCGM〉101-146頁
  13. ^ a b 「あとがき 其の一」『修羅の門』21巻、207-209頁
  14. ^ 『ファミ通』、「新作ゲームクロスレビュー」1998年3月27日発売
  15. ^ 『ゲーム批評』、「要注目! 諸人こぞりて格闘ゲーム小特集」1998年7月1日発行 Vol.21
  16. ^ 『ふでかげ』1巻、〈KCGM〉11頁

月刊少年マガジンWeb[編集]

以下の出典は月刊少年マガジン公式サイト『月刊少年マガジンWeb|講談社コミックプラス』(講談社)内のページ。書誌情報において発売日の出典としている。

  1. ^ 修羅の門 (1)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  2. ^ 修羅の門 (2)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  3. ^ 修羅の門 (3)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  4. ^ 修羅の門 (4)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  5. ^ 修羅の門 (5)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  6. ^ 修羅の門 (6)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  7. ^ 修羅の門 (7)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  8. ^ 修羅の門 (8)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  9. ^ 修羅の門 (9)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  10. ^ 修羅の門 (10)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  11. ^ 修羅の門 (11)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  12. ^ 修羅の門 (12)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  13. ^ 修羅の門 (13)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  14. ^ 修羅の門 (14)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  15. ^ 修羅の門 (15)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  16. ^ 修羅の門 (16)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  17. ^ 修羅の門 (17)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  18. ^ 修羅の門 (18)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  19. ^ 修羅の門 (19)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  20. ^ 修羅の門 (20)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  21. ^ 修羅の門 (21)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  22. ^ 修羅の門 (22)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  23. ^ 修羅の門 (23)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  24. ^ 修羅の門 (24)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  25. ^ 修羅の門 (25)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  26. ^ 修羅の門 (26)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  27. ^ 修羅の門 (27)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  28. ^ 修羅の門 (28)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  29. ^ 修羅の門 (29)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  30. ^ 修羅の門 (30)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  31. ^ 修羅の門 (31)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  32. ^ 修羅の門 第弐門 (1)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  33. ^ 修羅の門 第弐門 (2)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  34. ^ 修羅の門 第弐門 (3)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  35. ^ 修羅の門 第弐門 (4)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  36. ^ 修羅の門 第弐門 (5)|作品紹介” (n.d.). 2012年3月17日閲覧。
  37. ^ 修羅の門 第弐門 (6)|作品紹介” (n.d.). 2012年3月17日閲覧。
  38. ^ 修羅の門 第弐門 (7)|作品紹介” (n.d.). 2013年1月5日閲覧。
  39. ^ 修羅の門 第弐門 (8)|作品紹介” (n.d.). 2013年8月13日閲覧。
  40. ^ 修羅の門 第弐門 (9)|作品紹介” (n.d.). 2013年8月13日閲覧。
  41. ^ 修羅の門 第弐門 (10)|作品紹介” (n.d.). 2013年8月13日閲覧。
  42. ^ 修羅の門 (1)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  43. ^ 修羅の門 (2)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  44. ^ 修羅の門 (3)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  45. ^ 修羅の門 (4)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  46. ^ 修羅の門 (5)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  47. ^ 修羅の門 (6)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  48. ^ 修羅の門 (7)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  49. ^ 修羅の門 (8)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  50. ^ 修羅の門 (9)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  51. ^ 修羅の門 (10)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  52. ^ 修羅の門 (11)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  53. ^ 修羅の門 (12)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  54. ^ 修羅の門 (13)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  55. ^ 修羅の門 (14)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  56. ^ 修羅の門 (15)|作品紹介” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。

講談社BOOK倶楽部[編集]

以下の出典は月刊少年マガジン公式サイト『講談社BOOK倶楽部』(講談社)内のページ。文庫版の発行日の出典としている(この他の発行日は各巻の奥付を参照した)。

  1. ^ 修羅の門 (1) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  2. ^ 修羅の門 (2) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  3. ^ 修羅の門 (3) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  4. ^ 修羅の門 (4) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  5. ^ 修羅の門 (5) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  6. ^ 修羅の門 (6) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  7. ^ 修羅の門 (7) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  8. ^ 修羅の門 (8) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  9. ^ 修羅の門 (9) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  10. ^ 修羅の門 (10) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  11. ^ 修羅の門 (11) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  12. ^ 修羅の門 (12) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  13. ^ 修羅の門 (13) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  14. ^ 修羅の門 (14) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。
  15. ^ 修羅の門 (15) 川原正敏 講談社” (n.d.). 2011年9月19日閲覧。

関連項目[編集]