佐藤晃大

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佐藤 晃大 Football pictogram.svg
名前
愛称 アキ、パンチ
カタカナ サトウ アキヒロ
ラテン文字 SATO Akihiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1986年10月22日(28歳)
出身地 神奈川県座間市入谷
身長 184cm
体重 71Kg
選手情報
在籍チーム ガンバ大阪
ポジション FW (CF, ST)
背番号 20
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-2011 徳島ヴォルティス 79 (18)
2012- ガンバ大阪 54 (14)
1. 国内リーグ戦に限る。2014年12月6日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

佐藤 晃大(さとう あきひろ、1986年10月22日 - )は、神奈川県座間市出身のプロサッカー選手Jリーグガンバ大阪所属。ポジションフォワード

来歴[編集]

小学校低学年時、地元座間市の立野台FC(現FCシリウス)でサッカーをはじめ、栗原中学校座間高校東海大学とサッカー部だった。座間高校時代、インターハイ出場がかかった重要な試合で、ゴールをあげ自分自身にしても座間高校にしても初めての全国大会出場を果たした。大学進学時は明治大学も受験したが、不合格だった。

東海大卒業後の2009年J2徳島ヴォルティスに入団[1]。徳島での大学生の同期入団は安藤寛明大原卓丈。同年4月29日ザスパ草津戦でJ2リーグ戦デビューを果たすと、5月2日横浜FC戦で後半ロスタイムに劇的なJ2初ゴールを決め、チームを勝利に導いた。

2011年6月25日湘南ベルマーレ戦で自身初、クラブとしてもJリーグ参入後初となるハットトリックを達成した[2]。同シーズンはチームトップ、リーグ12位タイの9ゴールを挙げ、クラブにとって最高位となるリーグ4位の成績に貢献した。

2012年、徳島からJ1ガンバ大阪へ完全移籍[3][4]。開幕時は控えであったが、次第に出場機会増やしレギュラーの座を獲得すると、、初のJ1でのプレーながらチーム日本人選手トップの11得点を挙げる活躍を見せ、同年度の日刊スポーツ 提供「黄金の脚賞」を受賞した。しかし、10月20日の第29節川崎戦で右膝前十字靭帯損傷の重傷を負い、全治8カ月と診断された[5]

2013年10月27日、J2第38節古巣の徳島戦で約1年ぶりに公式戦復帰を果たすと、続く第39節熊本戦で復帰後初得点を決めた。

2014年は、開幕当初こそスタメンでの起用が多かったが結果を残すことができず、後半戦はほとんどが控えになりリーグ戦の得点は2点に留まった。それでも、そのうちの1点はリーグ優勝をかけた浦和との天王山を制する決勝ゴールとなった。

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2009 徳島 31 J2 17 4 - 0 0 17 4
2010 26 5 - 1 1 27 6
2011 18 36 9 - 1 0 37 9
2012 G大阪 20 J1 26 11 2 1 1 0 29 12
2013 J2 5 1 - 0 0 5 1
2014 J1 23 2 8 1 5 3 36 6
通算 日本 J1 49 13 10 2 6 3 65 18
日本 J2 84 19 - 2 1 86 20
総通算 133 32 10 2 8 4 151 38
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFC ACL
2012 G大阪 20 5 0
通算 AFC 5 0

経歴[編集]

タイトル[編集]

ガンバ大阪

脚注[編集]

  1. ^ 佐藤 晃大選手(東海大学)来季新加入内定について 徳島ヴォルティスオフィシャルサイト、2008年11月14日
  2. ^ 徳島ヴォルティス クラブ史上初のハットトリック 【佐藤 晃大選手 ハットトリック達成(初)】 徳島ヴォルティスオフィシャルサイト、2011年6月26日
  3. ^ 佐藤 晃大選手 ガンバ大阪へ完全移籍のお知らせ 徳島ヴォルティス オフィシャルサイト、2011年12月27日
  4. ^ FW 佐藤晃大選手 ガンバ大阪へ完全移籍のお知らせ ガンバ大阪オフィシャルサイト、2011年12月27日
  5. ^ FW20 佐藤晃大選手の負傷について ガンバ大阪オフィシャルサイト、2012年10月23日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]