佐々木孝丸

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ささき たかまる
佐々木 孝丸
生年月日 1898年1月30日
没年月日 1986年12月28日(満88歳没)
出生地 日本の旗 日本 東京府
(現:東京都
死没地 日本の旗 日本 東京都世田谷区
民族 日本人
ジャンル 俳優プロレタリア作家演出家
活動期間 1930年代 - 1980年代
活動内容 舞台映画テレビドラマ
家族 娘:佐々木踏絵
娘婿:千秋実
孫:佐々木勝彦
主な作品
蜘蛛巣城
新・平家物語

佐々木 孝丸(ささき たかまる、1898年1月30日 - 1986年12月28日)は、昭和前期から後期(1930年代 - 1980年代前半)の俳優プロレタリア作家演出家東京府(現東京都)出身。

娘は元女優の佐々木踏絵、娘婿は俳優の千秋実。孫の佐々木勝彦も俳優である。

目次

[編集] 来歴・人物

島村抱月松井須磨子らの芸術座に大きな影響を受け、新劇運動に傾倒した。戦前は「前衛劇場」「左翼劇場」「新築地劇団」などに在籍し、落合三郎の筆名でプロレタリア戯曲集も発表している。革命歌インターナショナル』の日本語訳詞者としても知られている。落合三郎名義では『赤と黒』などフランス文学の翻訳家としても活動した。また大正時代から死去するまで、熱心なエスペランティストでもあった。

こうしたキャリアを持つ一方、舞台では左翼演劇の敵役である資本家や官憲などを主に演じ、1960年代から1970年代にかけての任侠映画や大作映画においても、右翼の大物などの黒幕役として重厚な演技を見せた。テレビでも時代劇刑事ドラマで憎々しい大物悪役として強烈な存在感を発揮し、特撮作品では博士や科学者など知性派の役も数多く演じた。

1971年から日本俳優連合(旧・放送芸能家協会)の理事長を務めた[1]が、1982年に高齢を理由に森繁久彌に地位を譲った[2]

1986年12月28日心不全のため東京都世田谷区の自宅で死去した。88歳没。

[編集] 出演作品

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] 著作

  • 慶安太平記後日譚(「落合三郎」名義、塩川書房、1930年)
  • 風雪新劇志-わが半生の記(現代社、1961年)

[編集] 脚注

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