住吉東駅
| 住吉東駅* | |
|---|---|
プラットホーム(2011年5月)
高野山方面1番線(左)・難波方面4番線(右) |
|
| すみよしひがし - SUMIYOSHIHIGASHI | |
|
◄帝塚山 (0.9km)
(0.9km) 沢ノ町►
|
|
| 所在地 | 大阪市住吉区住吉一丁目 |
| 駅番号 | NK52 |
| 所属事業者 | 南海電気鉄道 |
| 所属路線 | ■高野線 |
| キロ程 | 6.6km(汐見橋起点) 難波から5.9km |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 相対式 2面2線(ほか通過線2線) |
| 乗降人員 -統計年度- |
6,583人/日 -2011年- |
| 開業年月日 | 1900年(明治33年)9月3日 |
| 乗換 | 阪堺電気軌道上町線(神ノ木駅) |
| 備考 | *当初は住吉駅を名乗っていた |
住吉東駅(すみよしひがしえき)は、大阪市住吉区住吉一丁目にある、南海電気鉄道高野線の駅。
目次 |
駅構造 [編集]
相対式2面2線のホームの間に通過線2本を持つ、待避設備を備えた地平駅である。なお、駅の前後がカーブしている為、通過列車にも時速70キロの速度制限がある[要出典]。
朝夕ラッシュ時は特急、急行、区間急行、準急の通過待ちに、データイムは和泉中央行きの準急通過待ちに使用している。高野山方には渡り線がある。通過線がある関係で、高野山方面行ホームが1番線、難波方面行ホームが4番線となっている。改札はホームごとに独立しているため、入場後のホーム同士の移動はできない。
駅構内改造 [編集]
かつては4番ホーム裏手に数本の側線と貨物ホームがあったが、年に数日程度しか保線車両が入線しないので、まず2006年3月頃に機回り線部分が撤去された。その後、バリアフリー化の一環として2006年12月にユニバーサルトイレ設置工事が行われ、同時に男女別としたが、この際に機回り線撤去部分が一時的に資材置き場に使われた。のちに、2008年6月頃に4番ホームに面していた部分と道路に隣接していた線路が、2008年8月頃に貨物ホームが撤去された。その結果、側線は難波寄りにある踏切から約60m分とかつてのポイント部を残すのみとなった。撤去工事が終了後、4番ホームの柵設置部分に壁が設置された。上屋部分は一部に作り付けの椅子を設置した。
跡地は4つに区切られ、北から2つ目の区画は存置された倉庫への搬入口に、一番南の区画は約140台が収容できる駐輪場になった。なお、この駐輪場新設に伴ってすぐそばにあった市営の駐輪場は廃止・撤去された(ただし、窓口は残存)。市営駐輪場撤去跡も含めた残りの区画は、2010年8月ごろから住宅の建設が始まった。
| 1 | ■高野線(下り) | 高野山方面 |
|---|---|---|
| 4 | ■高野線(上り) | なんば方面 |
前述の通り、2・3番線はホームのない通過線のため、ホームとしては欠番である。
利用状況 [編集]
2011年度の一日平均乗降人員は6,583人[1]で、南海の駅(100駅)では42位[1]、高野線(難波-極楽橋間の42駅)では22位[1]である。
各年度の1日平均乗降人員数は下表のとおり。
| 年度 | 乗降人員 | 順位 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 2000年(平成12年) | 7,647 | - | [2] |
| 2001年(平成13年) | 7,439 | - | [3] |
| 2002年(平成14年) | 7,360 | - | [4] |
| 2003年(平成15年) | 7,239 | - | [5] |
| 2004年(平成16年) | 7,015 | 42位 | [6] |
| 2005年(平成17年) | 6,990 | - | [7] |
| 2006年(平成18年) | 6,930 | - | [8] |
| 2007年(平成19年) | 6,933 | - | [9] |
| 2008年(平成20年) | 6,869 | - | [10] |
| 2009年(平成21年) | 6,676 | - | [11] |
| 2010年(平成22年) | 6,644 | - | [12] |
| 2011年(平成23年) | 6,583 | 42位 | [1] |
駅周辺 [編集]
住吉大社は駅西方。駅西方には熊野街道が走り、高野線を挟んだ駅東方には市営住吉住宅が立ち並んでいる。また、駅の北には阪堺電気軌道上町線の神ノ木駅がある。
歴史 [編集]
- 1900年(明治33年)
- 1907年(明治40年)11月15日 - 会社合併により高野登山鉄道の駅となる。
- 1915年(大正4年)4月30日 - 社名変更により大阪高野鉄道の駅となる。
- 1922年(大正11年)9月6日 - 会社合併により南海鉄道の駅となる。
- 1944年(昭和19年)6月1日 - 会社合併により近畿日本鉄道の駅となる。
- 1947年(昭和22年)6月1日 - 路線譲渡により南海電気鉄道の駅となる。
- 1968年(昭和43年) - 急行停車駅から、各駅停車のみの停車駅に降格。
- 1970年(昭和45年)11月23日 - 汐見橋線折り返し列車の発着廃止。
現在は各駅停車しか止まらないが、1968年以前は急行が停車していた(現在の急行が「快速急行」と称された時代。現在の快速急行とは全く別の列車)。かつては貨物ヤードがあり、天王寺支線方面から当駅に入線して積み替えた後、木津川駅や汐見橋駅などに輸送されていた。
また、1970年11月22日までは汐見橋線の列車が当駅まで来ており、これは、岸ノ里(現・岸里玉出駅)に高野線難波発着列車用のホームが無かったための措置である。同年11月23日、岸ノ里駅に高野線難波発着列車用ホームが開設されたことに伴い、汐見橋線折り返し列車の発着が岸ノ里駅に変更された。
当駅南側(駅舎付近)に地下道があるのは昔、踏切死亡事故が発生したからという。現在も中百舌鳥付近とともに、人身事故の起こりやすい駅である。[要出典]
隣の駅 [編集]
脚注 [編集]
- ^ a b c d 高野線・乗降人員 - 南海アド
- ^ 大阪府統計年鑑(平成13年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成14年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成15年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成16年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成17年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成18年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成19年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成20年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成21年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成22年) (PDF)
- ^ 大阪府統計年鑑(平成23年) (PDF)
- ^ 「停車場改称」『官報』1900年9月11日(国立国会図書館デジタル化資料)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
|
|||||