住吉会

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住吉会
住吉会.png
組織の概要
設立場所: 東京都港区赤坂
設立者: 阿部重作
本部: 〒107-0052
東京都港区赤坂6-4-21 ニュー赤坂マンション2階[1]
首領: 会長・関 功[2]
活動範囲: 1都1道1府16県[1]
構成員数: 約12,600人(2012年2月現在)[3]
*構成員 約5,900人
*準構成員 約6,700人

住吉会(すみよしかい)は、東京都港区赤坂に本拠を置く博徒指定暴力団米政府より薬物武器の密輸、人身売買等の犯罪に関与する国際犯罪組織と認定されている[4]。 勢力範囲は1都1道1府16県[1]構成員は5,900人[3]であり準構成員を含めると約12,800人。(2012年2月時点)

住吉一家を中心とする、主に東日本に勢力を有する博徒・的屋の連合組織である。歴代の住吉一家総長を重んじる組織である[5]。会内で住吉一家の傘下でない組織は幸平一家のみとなっている[6]

来歴[編集]

明治初期、「住吉町の旦那」と呼ばれた伊藤松五郎が東京芝浦一帯で結成した博徒「住吉一家」を前身としている。一家の名称は伊藤松五郎が東京日本橋住吉町出身であることからつけられた[7][8] その後、横浜沖仲仕であった倉持直吉が1918年(大正7年)頃に東京都内を本拠地として「住吉一家二代目」を結成。これを直接の起源とする。以後、「港会」、「住吉会」、「住吉連合」、「住吉連合会」と順次改称、1991年(平成3年)に再び「住吉会」へと名を変えた。[9]

港会[編集]

1958年(昭和33年)、住吉一家三代目総長・阿部重作が、住吉一家を中心として、関東の博徒・的屋・愚連隊28団体の連合を幸平一家の稲毛十蔵に依頼し、「港会」(みなとかい)を結成。その会長には幸平一家十代目総長・青田富太郎を据えた[10]

住吉会(旧)[編集]

1962年(昭和37年)、阿倍重作が引退。磧上義光が住吉一家四代目を継承し港会会長に就いた。その後、磧上義光は、港会を「住吉会」と改称した。1963年(昭和38年)12月、住吉会は、松葉会錦政会日本国粋会、義人党、東声会、北星会と共に、児玉誉士夫の提唱する関東会に参加。1964年(昭和39年)3月、警察庁が住吉会を広域10大暴力団に指定。他に対象となったのは山口組本多会柳川組、錦政会、松葉会、日本国粋会、東声会、日本義人党、北星会であった。同年6月には、関東会定例総会において、住吉会会長・磧上義光が関東会の二代目理事長に就任。警察の第一次頂上作戦により磧上義光が逮捕されたことから、翌年の解散につながった。広域暴力団に指定された10団体のうち最初のトップの逮捕であった。

1965年(昭和40年)1月、関東会は解散し、同年5月に住吉会は解散した。

住吉連合・住吉連合会[編集]

1967年(昭和42年)、堀政夫が住吉一家五代目を継承すると共に、解散した住吉会を引寄せ「住吉連合」を結成し代表に就任。1972年(昭和47年)には、稲川会、國粹会、東亜会、交和会、義人党、松葉会、二率会、双愛会とともに、博徒系暴力団の親睦団体・関東二十日会を結成。

1982年(昭和57年)、堀政夫が組織を刷新し、組織名を「住吉連合会」に改め会長に就任。この時期には極東会を相手取ったいわゆる“池袋抗争”が発生し、その過程で傘下幸平一家系の組員が警察官を誤射したことから社会的な非難を集める[11]。さらにそこから九州の道仁会との抗争が突発的に発生し、首都圏に置く拠点の大半を同会に急襲されかけるという危機に見舞われるも、まさに間一髪というところで平和的な解決が実現するに至っている(いわゆる“池田会事件”)。

1988年(昭和63年)、堀政夫が住吉連合会日野一家四代目・川口喨史に住吉連合会会長を譲り、自身は総裁に就いた。

住吉会[編集]

1991年(平成3年)2月、 住吉連合会向後二代目・西口茂男が住吉連合会会長に就任した後に住吉一家六代目を継承。同年のうちに西口茂男が住吉連合会の各一家親分との親子血縁盃を行い、組織名を「住吉会」と改称した。

1992年(平成4年)、暴力団対策法が施行され住吉会は山口組や稲川会ともに指定第1号となった。

1998年(平成10年)6月、西口茂男は住吉一家六代目総長のまま、住吉会理事長で住吉一家小林会二代目会長の 福田晴瞭に住吉会会長を継承させた。

2002年(平成14年) 1月、西口茂男が住吉会総裁に就任。

2005年(平成17年)4月、福田晴瞭は西口茂男の指名により住吉一家七代目を継承した。これに際し盃直しは行われなかった。またこれまで傘下のほとんどの団体の名称は「住吉会○○一家」であったが「住吉会住吉一家○○」と改めた(幸平一家などの一部の団体はこれまで通り一家を冠した)。[12]

2014年4月、福田晴瞭が会長職を退き、住吉会会長代行で住吉一家共和六代目・関 功が会長に就いた。また、これまで一部を除いた傘下組織の名称を「住吉一家○○」としてきたが、住吉一家を外し旧来の家名とすることが決定された。[12]

他団体関係[編集]

住吉会は六代目山口組との組織ぐるみの縁を持たない唯一の本州の団体であり[13]、六代目山口組とは数々の抗争事件を引き起こしてきたが、司忍組長が出所した2011年をもって山口組との正式な組織間交際関係を樹立。[14]

親戚団体[編集]

住吉一家歴代継承者[編集]

  • 初代 - 伊藤松五郎
  • 二代目 - 倉持直吉
  • 三代目 - 阿部重作
  • 四代目 - 磧上義光
  • 五代目 - 堀 政夫
  • 六代目 - 西口茂男
  • 七代目 - 福田晴瞭

最高幹部[編集]

(2014年5月現在)[15][12]

法規命令[編集]

  • 2012年9月27日、米財務省は、SUMIYOSHI-KAI,を国外の著しい犯罪組織とその支持者であるとして、国際緊急経済権限法大統領令13581号に基づき、米国司法権の及ぶ範囲の資産凍結、米国民との取引禁止させる制裁対象とした[16]

出典[編集]

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  1. ^ a b c 平成21年の暴力団情勢 図表3-1 指定暴力団の指定の状況 - 警察庁 組織犯罪対策 2010年4月
  2. ^ 東京都公安委員会による暴力団対策法上の指定では「代表する者」は西口茂男とされているが、住吉会では対外的に会長を代表者としている。
  3. ^ a b 第二章一節一項 指定暴力団の指定の状況(平成23年6月1日現在)(PDFファイル) 平成23年 警察白書 警察庁 2012年2月2日閲覧
  4. ^ 米、住吉会を経済制裁対象「ヤクザ」2例目
  5. ^ 住吉会総覧 竹書房(2007/7/2)
  6. ^ 住吉会総覧 竹書房(2007/7/2)
  7. ^ 暴力団ミニ講座
  8. ^ 週刊実話 2014年5月8日・15日合併号
  9. ^ 『平成5年度警察白書 第1節 暴力団の実態』 1993年 警察庁
  10. ^ 出典は、大下英治『首領 昭和闇の支配者 三巻』大和書房<だいわ文庫>、2006年、ISBN 978-4-479-30027-4のP.202
  11. ^ 実話時代 2014年6月号
  12. ^ a b c 実話時代 2014年7月号
  13. ^ 山口組関係者の言;日本全体で見れば道仁会ならびに工藤会が該当。『山口組幕府論:盃外交の意味』 2007年12月17日 猪野健治
  14. ^ 『山口組、住吉会が対立解消で末端組員が落ちて行く』 2011年5月23日 溝口敦
  15. ^ 週刊アサヒ芸能 2014年6月5日号
  16. ^ Treasury Sanctions Members and Associates of Japanese Criminal Organization アメリカ合衆国財務省