佃大橋

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東京都道473号標識
佃大橋(2007年9月)

佃大橋(つくだおおはし)は、隅田川にかかるで、東京都道473号新富晴海線(旧東京都道304号線明石町晴海支線晴海通り)を通す。隅田川右岸においては北が東京都中央区三丁目、南が築地明石町。同左岸では中央区一丁目と中央区月島一丁目を分かつ。地下にて東京地下鉄有楽町線と並行する。

佃大橋は隅田川最後の渡船場として320余年続いていた「佃の渡し」の位置に架けられた橋であり、上流に平行している永代橋、下流の勝鬨橋の交通量の増加、および東京オリンピック開催に備えた関連道路の一部として、戦後初めて隅田川に架橋された橋である。

右岸側では隅田川の手前100mほどの位置から高架が始まり、左岸では月島全幅にわたって高架のまま、朝潮運河に架かる朝潮大橋へと繋がっている。これは桁の下面から水面までの距離を勝鬨橋と合わせたためである。また他の隅田川にかかる橋は川に対してほぼ直角に交わっているが、佃大橋は中心線が岸に対して60度ほど斜めになっている。

当時佃島と月島を隔てていた佃川は、佃大橋の取付道路建設のために埋め立てられ、島であった佃島は地続きに、同時に佃川に架かっていた佃橋は廃橋となった。

目次

[編集] 橋の概要

本橋は個性的なデザインの多い隅田川橋梁群の中で、一見無個性で無粋な橋といわれがちであるが、大ブロック工法など、当時の技術の粋を凝らし、オリンピックに間に合わせるために急ピッチな架橋など、むしろ戦後に急速な復興を遂げた高度成長期の日本を象徴した橋といえる。

  • 構造形式
    • 主桁 3径間連続鋼床鈑箱桁橋
    • 工法 大ブロック一括架設工法
(長さ40m、重量150トンに及ぶブロック別に当時日本最大の海上クレーン船にて一括で組み上げるという、大ブロック工法の先駆けともなる画期的な橋でもあった)
  • 橋長 476.3m
  • 幅員 25.2m
  • 着工 1961年昭和36年)12月
  • 竣工 1964年(昭和39年)8月27日
  • 施工主体 東京都
  • 橋桁製作 石川島播磨重工業(現 IHI)佃島工場

[編集] 関連リンク

[編集] 隣の橋

(上流)―永代橋中央大橋佃大橋勝鬨橋-(下流)

[編集] 関連項目