会津小鉄会

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会津小鉄会
Aizukotetsu-kai.png
代紋“大ひょうたん”[1]
組織の概要
設立年: 1868年
設立者: 上坂仙吉
本部: 〒600-8115
京都府京都市下京区東高瀬川筋上ノ口上る岩滝町176-1[2]
首領: 馬場美次
活動範囲: 1道1府1県[2]
構成員数: 約660人(2009年3月現在)[2]

会津小鉄会(あいづこてつかい[3])は、京都府京都市下京区に本部を置く指定暴力団。構成員は、平成23年(2011年)時点で約410人。[4]

来歴[編集]

初代会津小鉄[編集]

1868年(慶応4年)、会津小鉄(あいづのこてつ)こと上坂仙吉は、博徒上坂音吉から盃をもらい、京都市白川に一家を構えた

二代目会津小鉄[編集]

1886年(明治19年)、上坂仙吉が病気で死亡した。上坂仙吉の実子・上坂卯之松が、会津小鉄二代目を継いだ。

三代目会津小鉄会[編集]

1935年(昭和10年)、上坂卯之松が死亡した。

1975年(昭和50年)3月、中島連合会会長・図越利一が、会津小鉄の名跡を復活させ、中島連合会の代紋を改め、三代目会津小鉄会とした。

四代目会津小鉄会・四代目会津小鉄[編集]

1986年(昭和61年)7月、三代目会津小鉄会総裁代行兼理事長・高山登久太郎が四代目会津小鉄会会長に就任した。後に四代目会津小鉄に改称した。

五代目会津小鉄・五代目会津小鉄会[編集]

1997年(平成9年)2月、高山登久太郎がヤクザから引退した。図越利一の実子・図越利次が五代目を継承した。

1998年(平成10年)12月、図越利次は、五代目会津小鉄を五代目会津小鉄会と改称した。

六代目会津小鉄会[編集]

2008年11月、図越利次が引退し、理事長・馬場美次(四代目中川組組長)が六代目を継承した。

2009年11月、馬場美次会長が、京都市内の金融機関からキャッシュカードを騙し取ったとして、詐欺容疑で逮捕された。

2014年7月、馬場会長が、配下の組員の名義で携帯電話を詐取したとして、詐欺容疑で逮捕された。

歴代会長[編集]

最高幹部[編集]

  • 会長 - 馬場美次
  • 最高顧問 - 伊藤護(伊藤組組長)
  • 若頭 - 金子利典(四代目いろは会会長)
  • 舎弟頭 - 臼井昭夫(臼井組組長)
  • 相談役 - 河崎貞夫(三代目篠原会会長)
  • 相談役 - 大西晴春(三代目小梅組組長)
  • 相談役 - 小川喜久男
  • 相談役 - 岩田末吉
  • 本部長 - 道原利光(三代目寺村組組長)
  • 懲罰委員長 - 原田昇
  • 組織委員長 - 岡山満
  • 若頭補佐 - 中村治夫
  • 若頭補佐 - 山岡敏雄
  • 若頭補佐 - 岡田満
  • 若頭補佐 - 斉藤正勝
  • 若頭補佐 - 横山金太郎
  • 若頭補佐 - 大上一郎(二代目馬場組組長)
  • 舎弟 - 北村富士雄
  • 舎弟 - 丸山清文
  • 舎弟 - 曽我速
  • 会長室室長 - 石本省三(二代目馬場組副長、石本組組長)
  • 会長秘書 - 結城照臣
  • 会長秘書 - 奥村直樹
  • 会長秘書 - 沖田龍治
  • 事務長 - 吉川栄大
  • 直参若中 - 二本柳勝之(柳心連合組長、北海道函館市)

他直参若中29名

出典[編集]

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  1. ^ 『京都と闇社会 古都を支配する隠微な黒幕たち : “京の闇を仕切った会津小鉄会・高山登久太郎” (p.134) 一ノ宮美成+湯浅俊彦+グループ・K21 2012年 宝島社 ISBN 978-4-8002-0238-3 ― 初出は『京に蠢く懲りない面々』(1993年・かもがわ出版
  2. ^ a b c 『平成21年の暴力団情勢:図表3-1 指定暴力団の指定の状況』 2010年4月 警察庁
  3. ^ 『Police of Japan 2011, Criminal Investigation : 2. Fight Against Organized Crime』 2009年 警察庁 (英語) ― p.21 『ロクダイメ・アイズ・コテツカイ』(Rokudaime Aizu Kotetsu-kai)
  4. ^ 『松江八束建設業暴力追放対策協議会』のHPの「指定暴力団」