会いたい (沢田知可子の曲)

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会いたい
沢田知可子シングル
収録アルバム I miss you
B面 Silent Rain
リリース 1990年6月27日
ジャンル J-POP
時間 9分52秒
レーベル ニュートーラス
作詞・作曲 沢ちひろ
財津和夫
ゴールド等認定
チャート最高順位
  • 週間6位(オリコン
  • 1991年度年間11位(オリコン)
沢田知可子 シングル 年表
COME INTO MY LIFE
(1990年)
会いたい
1990年
LIVE ON THE TURF
(1990年)
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会いたい」(あいたい)は、沢田知可子の8枚目のシングル1990年平成2年)6月27日トーラスレコード(現:ユニバーサルミュージック)より発売された。

解説[編集]

表題曲は、4枚目のアルバム『I miss you』に収録された曲だった。最終的にはミリオンヒットを記録し、沢田の最高のヒット曲となった。翌1991年の『第24回全日本有線放送大賞』(読売テレビ)でグランプリを受賞し、その年の『NHK紅白歌合戦』にも出場した。

作曲を財津和夫が担当した。財津所属のチューリップや財津のソロよりも多く売り上げている。

カップリングの「Silent Rain」も同じく『I miss you』に収録されている。

収録曲[編集]

  1. 会いたい (4:53)
    作詞:沢ちひろ 作曲:財津和夫 編曲:芳野藤丸
    • テレビ朝日トゥナイト』エンディングテーマ
    • 没した恋人を想い、在りし日を回想し会いたい気持ちを募らせる歌。速報!歌の大辞テン』、『夢・音楽館』、『THE M[要出典]などの音楽番組に沢田が出演する際に、度々本人から語られるが、この曲の歌詞をもらった時に沢田は運命的なものを感じたのだという。[要出典]学生時代、歌手になろうと決意したことをバスケット部の先輩に告白したところ「俺が最初のファンになってやるよ」と彼は言ってくれた。数日後、彼は交通事故で亡くなってしまう。この出来事がこの曲の内容に重なるところがあったのである。[要出典]
  2. Silent Rain (4:59)
    作詞:渡辺なつみ 作曲:沢田知可子 編曲:岩本正樹

エピソード[編集]

当初、財津サイドに作曲を依頼した際、出来上がってきたデモテープがあまりに簡素かつ、鑑賞に耐えられないようなレベルの代物であったため、本人を含め、沢田サイドは非常に困惑したのだという。[要出典]だが、もう一度楽曲を書き直してもらえるよう依頼できるような状況にもなく、困ったスタッフは、アレンジでなんとか発売できるレベルの楽曲まで作り直してもらうしかないと、その旨を編曲担当の芳野藤丸に伝え、その意向を受けた芳野は、小島良喜のサポートを受け、ほぼ全面的に楽曲を作り直すところから始めて、実際に発表されたバージョンの曲が出来上がったという経緯がある。[要出典]実際、初めてデモテープを聴いた時に「これ、本当に財津さんが作ったの?」と耳を疑ってしまうほど、あまりに酷い鼻歌レベルの代物であったと、藤丸本人も証言している。[要出典]しかし、ほぼこの曲を作った(作り直した)と言っても過言ではない芳野にはアレンジ料として10万円が支払われただけで、財津が作曲者としてクレジットされている以上、当然のことではあるのだが、多額の作曲印税はすべて財津に支払われたのである。[要出典]この事実を、藤丸本人が司会を務めていたインターネット番組に沢田がゲストで登場した際、笑い話として披露し、沢田本人も「藤丸さんがいなければ、この曲はできていませんでした」と話すなど、この曲における藤丸の存在の大きさを証言している。[要出典]

この曲がヒットした直後、偶然、とある場で藤丸と財津が出会う機会があり、一連の経緯が財津本人の耳に入っていたのかどうかは定かではないが、非常に恐縮した様子で、財津に「今回はとてもお世話になりました」と頭を下げられたと、藤丸は同番組内で語っている。[要出典]

主なカバー[編集]

関連項目[編集]