伊藤隆 (キックボクサー)
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 階級 | ウェルター級(キックボクシング) |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1970年9月22日(42歳) |
| 出身地 | 埼玉県入間市 |
| 身長 | 184cm |
| 体重 | 70kg |
| スタイル | キックボクシング |
| プロキックボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 37 |
| 勝ち | 31 |
| KO勝ち | 21 |
| 敗け | 5 |
| 引き分け | 1 |
伊藤 隆(いとう たかし、男性、1970年9月22日 - )は、日本の元キックボクサーで現在はキックボクシングジム「TARGET」の会長である。埼玉県入間市出身。
目次 |
概要 [編集]
山木ジムに所属し、1998年から2000年の間、日本のウェルター級ではナンバーワンの実績を残したキックボクサーである[1]。ミドルキック・ハイキック・首相撲・膝蹴りなど多彩で高度な技術を持ち、特に肘打ちを得意としていてこれで幾多の選手を血の海に沈め、入場時からの動き一つとっても華があり、試合ぶりも含めて世界に通用するスター選手らしさを随所に漂わせていた選手だった[1]。10戦目にして元ルンピニーウェルター級王者マーパロンの足をローキックでスネから粉砕骨折させ勝利。そこからは数々の強豪ジョン・ウェイン・パー、ムラッド・サリ、センティアンノーイ・ソールンロートから勝利を挙げた。当時、ムーブメントをおこしつつあったウェルター級・ミドル級の中量級戦線の中心的選手として期待されていたが、2000年(平成12年)末の事故で脳にダメージを受けドクターストップがかかってしまい、引退となった[1]。同年11月のK-1 J・MAX(後にK-1 WORLD MAXシリーズとなる)後楽園大会で大野崇(正道会館)と対戦し、判定勝ちを収め、これが現役最後の試合となった。
来歴 [編集]
- 5月22日 - チャンピオン・カーニバルのメインイベントでWMAF世界ジュニアミドル級王座決定戦を行い、ルーク・ケントン(オーストラリア/同級2位)と対戦。2-0で判定勝ちを収め王座獲得。
- 12月26日にマーシャルアーツ日本キックボクシング連盟主催の年間表彰式で、最優秀選手賞を受賞。
- 3月20日 - センティアンノーイ・ソールンロート(1位:タイ)と対戦して5R2分28秒にTKO勝ち。WMAF世界スーパーウェルター級王座獲得。
- 11月のK-1 J・MAX後楽園大会で大野崇(正道会館)と対戦し、判定勝ち。現役最後の試合となった。
- 年末にマーシャルアーツ日本キックボクシング連盟主催の年間表彰式で6戦6勝4KOの成績にて、最優秀選手賞を受賞。
獲得タイトル [編集]
- マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟ウェルター級王座
- 初代WMAF世界スーパーウェルター級王座(防衛1度)
受賞歴 [編集]
- 1998年度最優秀選手賞(MA日本) 1998年12月26日
- 2000年度最優秀選手賞(MA日本) 2000年
エピソード [編集]
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- TARGET(伊藤が会長を務めるジム)
- R.I.S.E.(伊藤がプロデューサーを務める大会)
- @ぴあ「21世紀の骨のあるヤツ」第22回 伊藤隆 2000年5月9日
| 前王者 伊達皇輝 |
第12代マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟ウェルター級王者 1997年9月23日 - 不明 |
次王者 後藤龍治 |
| 前王者 1998年創設 |
初代WMAF世界スーパーウェルター級王者 1998年5月22日 - 2001年9月22日 |
次王者 白須康仁 |
