伊藤さおり (お笑い)

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伊藤 さおり
本名: 同じ
生年月日: 1974年4月9日(35歳)
出身地: 埼玉県岩槻市
(現さいたま市岩槻区
血液型: A型
身長: 157cm
方言: 標準語
最終学歴: 埼玉県立久喜北陽高等学校
出身: スクールJCA4期
コンビ名: 北陽
相方: 虻川美穂子
芸風: コント(ツッコミ)
立ち位置:
事務所: プロダクション人力舎
活動時期: 1995年 - 現在
同期: ガレッジセールおぎやはぎ など
配偶者: 未婚
公式サイト: ブログ「いとーちゃんぷるー」

伊藤 さおり(いとう さおり、1974年4月9日 - )は、プロダクション人力舎所属のお笑いコンビ北陽」のツッコミ担当。

埼玉県岩槻市(現さいたま市岩槻区)出身。身長157cm、体重54kg。血液型A。

目次

[編集] 概要

埼玉県立久喜北陽高等学校に進学しソフトボール部に所属、そこで現在の相方の虻川美穂子と出逢う。本人は外野手の補欠、相方の虻川は投手のレギュラーだった。1995年、虻川と組み、北陽を結成。

森田一義アワー 笑っていいとも!』でダイエット企画が組まれたが成功せず、井上和香を模したセクシー水着写真を撮られた。この時の写真をプリントした抱き枕を視聴者プレゼントに使われる。

特技はパン作り(パン教室にも通う)と書道、柔軟体操。

高校時代の体重は70kg。

[編集] エピソード

[編集] 幼少時代

男の兄弟に囲まれて育ったので、幼い頃は着せ替え人形などの女の子っぽい遊びは全然しなかったという。川に行ったり、昆虫を捕まえたり、泥んこになって遊ぶなど、男の子のようにとても快活な少女だったという。

[編集] はねるのトびら

2004年1月、レギュラー出演している「はねるのトびら」(フジテレビ)が全国放送となって11時台に昇格した際、当時裏番組だった 「おすぎとピーコの金持ちA様×貧乏B様」(日本テレビ)と放送時間が重なってしまう、いわゆる「裏かぶり」の状態となり、北陽は3月までの3か月間にわたってはねるのトびらへの出演休止を余儀なくされた。生来マイナス思考の彼女であったが、それを悪化させる事態となった。

これだけでも北陽はつらい思いをしたが、その際、日本テレビのスタッフから「はねトびが全国放送になったから、北陽は捨てられた」などの陰口(ほとんどが事実無根)を聞かされ、さらにつらい立場に。相方の虻川はその後自力で立ち直ったが、彼女はそのショックを引きずり続け、さらに、その後恋の悩みを抱えていたことも重なり、4月に復帰してからもNGを出したり、収録中に上の空になったりしていたという。一時は、虻川に「北陽辞めたい」と漏らしたという。

その後、はねトびがゴールデンに昇格し、「ためしてガッテン」のパロディー企画「ためしてガットン」で、「番組開始当初のイキイキしていた伊藤をよみがえらせる」という趣旨のもと、催眠療法で本来の伊藤を引き出す試みがなされた。すると、急に踊りだしたり、TVカメラの前でおどけたポーズを取ったりと、普段の番組で見せる伊藤とは全くの別人と化していた。極めつきは、おもむろに廊下に出て、ストリッパーのようなエッチな開脚を繰り返した(本人いわく、催眠状態であったので「体が勝手に動く」状態だったとのこと)。

この状態をスタジオで見ていた、ドランクドラゴンを除く男性メンバーは「最低の潜在意識」と揶揄した。この潜在意識を裏付けるものとして、このコーナーでADに扮していた鈴木拓ドランクドラゴン)は、「伊藤さんは、『酔ったときの私はエロいよ』と言ってた」と証言している。

2008年のスペシャルで「ツッコミなのにツッコミをしていない」との理由で「ツッコミからの卒業」を言い渡された。前述のようにツッコミとして機能不全の状態のため、メンバーは同情しながらもやむをえない雰囲気であったが「私も一応(ツッコミとしての)プライドがあるからねー」と涙ぐみ、メンバーは苦笑しながら慰めていた。

[編集] 過去に出演した番組・作品

[編集] 外部リンク