伊東茂右衛門

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伊東茂右衛門
伊東茂右衛門
生誕 1851年(1852年?)
豊後国速見郡立石
死没 不明
出身校 慶應義塾
職業 著述家
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伊東茂右衛門(いとう もえもん、嘉永4年(18511852年) - 没年不明)は、日本の著述家。号は竹山。経済学の著書が多い。

嘉永4年(1851,1852年)、豊後国速見郡立石に生まれる。豊前国中津市の学校で学を修め、明治10年(1877年)に上京して福澤諭吉書生となる。福沢は伊東の将来に期待し、あえて親しくはしなかった。

慶應義塾卒業後、諸芸に通じ、漢籍洋書を読み、数理も得意とし、和歌絵画俳諧などもできたが、経済学に最も長けた。生活では綿の着物を着て倹約し、数万円(当時の金額)の富を築いたという。

福沢諭吉が創刊した新聞『時事新報』の編集長で、広告の主任だった[1][2]

経済学関連の著書以外に、漢文による見聞録、詩集、和歌がある。

著書[編集]

  • 『海産論』(ピーター・ランド・シモントス原著、浜野定四郎と共訳、開拓使・出版、1881年2月)
  • 『中外蚕事要録』(第1版・1886年3月、第2版・1887年1月、第3版・1888年2月)
    • 『明治後期産業発達史資料. 第167巻』(竜渓書舎、1993年1月)に収録
  • 『蚕業経済録』(1888年10月)
  • 『避煩日記』(1897年2月)
  • 『経済事情』(1896年12月)
  • 『間行録』(多田三弥・出版 1904年2月)
  • 『竹石小言』(土井?牙と共著、文永堂、1916年2月)
  • 『蚕糸要録』(出版年不明)
  • 『和文五十物語』(出版年不明)

出典[編集]

  1. ^ "時事新報史 第3回 慶應義塾出版社"都倉武之: 2007年12月22日閲覧.
  2. ^ "時事新報史 第17回 売薬営業毀損事件" 都倉武之: 2007年12月22日閲覧.
  • 八紘社『大日本人物誌』1913年(この記述には、パブリックドメインの本書の翻案を含む。

関連文献[編集]

  • 三田商業研究会編『慶応義塾出身名流列伝』実業之世界社、1909年、7-8頁。