伊奈波神社
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| 伊奈波神社 | |
|---|---|
| 所在地 | 岐阜県岐阜市伊奈波通り1-1 |
| 位置 | 北緯35度25分37秒 東経136度46分14秒 |
| 主祭神 | 五十瓊敷入彦命 |
| 社格等 | 式内社(小)・国幣小社・別表神社 |
| 創建 | 景行天皇14年 |
| 例祭 | 4月5日(岐阜まつり) |
伊奈波神社(いなばじんじゃ)は、岐阜県岐阜市にある神社である。美濃国三宮で、旧社格は国幣小社。式内社「美濃国厚見郡 物部神社」の論社である。
目次 |
[編集] 祭神
垂仁天皇の第一皇子で、この地の開拓神である五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)を主祭神とし、妃の淳熨斗媛命(ぬのしひめのみこと)、母の日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)、外祖父の彦多都彦命(ひこたつひこのみこと)、臣下の物部十千根命(もののべのとちねのみこと)を配祀する。これらの神を伊奈波大神と総称する。
社伝によれば、五十瓊敷入彦命は朝廷の命により奥州を平定したが、五十瓊敷入彦命の成功を妬んだ陸奥守豊益の讒言により、朝敵とされて現在の伊奈波神社の地で討たれたという。
[編集] 歴史
社伝によれば、景行天皇14年、武内宿禰が稲葉山北西の椿原(現在の岐阜公園内の丸山)に五十瓊敷入彦命を祀ったのに始まる。壬申の乱の際に天武天皇が当社に戦勝を祈願したという。
天文8年(1539年)、斎藤道三が稲葉山に稲葉山城を築城するにあたり、現在地に遷座した。この際、その地にあった物部十千根命を祀る物部神社を合祀し、稲葉山城の鎮守とした。以降も、岐阜の総産土神として篤い崇敬を受けた。明治6年に県社に列格し、昭和14年に国幣小社に昇格した。
『延喜式神名帳』では、美濃国厚見郡の神社として「伊奈波神社」の社名は記されていないが小社として「物部神社」の社名があり、これが当社に合祀された物部神社であるとされる。あるいは、当社自体が式内・物部神社であるとする説もある。『美濃国神名帳』には「正一位 伊奈波大神」「従五位下 物部明神」と記載されている。
[編集] 施設
- 鳥居(一の鳥居、二の鳥居)、遥拝所
- 神橋
- 楼門、神門
- 拝殿 幣殿、本殿
- 社務所、参集殿、西館
- 水月亭(茶室)
- 境内社
- 黒龍神社
- 須佐之男神社(津島神社)
- 東照宮
- 和歌三神社
- 松尾神社
- 境外摂社
- 丸山神社(丸山)
[編集] 祭礼
- 2月3日 - 節分祭。9時から20時に節分特別祈祷、18時から節分手筒煙火奉納(約110本の手筒煙火による厄払い)。
- 4月5日[1] - 同市内の金神社(妃神・淳熨斗媛命を祀る)・橿森神社(子神・市隼雄命を祀る)と共同で行われ、岐阜まつりと呼ばれている。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
- 伊奈波神社(公式サイト)