伊号第一五潜水艦

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I-15.jpg
伊15(広島湾黒神島沖1940.9.15)
艦歴
計画 第三次海軍軍備補充計画(マル3計画
起工 1938年1月25日
進水 1939年3月7日
就役 1940年9月30日
その後 1942年12月5日亡失認定
除籍 1942年12月24日
性能諸元
排水量 基準:2,198トン 常備:2,584トン[1]
水中:3,654トン
全長 108.7m
全幅 9.30m
吃水 5.14m
機関 艦本式2号10型ディーゼル2基2軸
水上:12,400馬力
水中:2,000馬力
速力 水上:23.6kt
水中:8.0kt
航続距離 水上:16ktで14,000海里
水中:3ktで96海里
燃料 重油:774トン[2]
乗員 94名[3]
兵装 40口径14cm単装砲1門
25mm機銃連装1基2挺
53cm魚雷発射管 艦首6門
九五式魚雷17本
航空機 零式小型水上偵察機1機
(呉式1号4型射出機1基)
備考 安全潜航深度:100m

伊号第一五潜水艦(イごうだい15せんすいかん)は、日本海軍潜水艦伊一五型の1番艦である。

艦歴[編集]

1938年1月25日、呉海軍工廠で建造が開始され、1940年9月30日に竣工した。第6艦隊第一潜水戦隊に所属し、太平洋戦争を迎える。真珠湾攻撃では出撃してきた敵部隊を攻撃する任にあったが、敵に遭遇しなかった。その後アメリカ西海岸沿岸における通商破壊作戦に参加し、アリューシャン列島ソロモン諸島などの偵察任務に就く。その間戦果を挙げることはなかった。

1942年11月3日以降消息不明となり、12月5日にガダルカナル島周辺で撃沈されたものと認定された。12月24日に除籍。その後、伊一三型潜水艦の三番艦に二代目としてこの名が与えられたが未成に終わったため戦歴はない。詳細は伊一三型潜水艦を参照のこと。

歴代艦長[編集]

艤装員長[編集]

  1. 大山豊次郎 中佐:1939年12月1日 -

艦長[編集]

  1. 大山豊次郎 中佐:1940年9月30日 -
  2. 石川信雄 中佐:1940年12月20日 - 1942年11月10日戦死

脚注[編集]

  1. ^ 常備排水量:2,589トンとする資料もある。
  2. ^ 燃料搭載量は『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』より。752.6トンとする資料もある。
  3. ^ 乗員数は『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』より。

参考文献[編集]