伊号第一七七潜水艦

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艦歴
計画 第四次海軍軍備充実計画(マル4計画
起工 1941年3月10日
進水 1941年12月20日
就役 1942年12月28日
その後 1944年10月3日戦没
除籍 1945年3月1日
性能諸元
排水量 基準:1,630トン 常備:1,833トン
水中:2,602トン
全長 105.50m
全幅 8.25m
吃水 4.60m
機関 艦本式1号乙8型ディーゼル2基2軸
水上:8,000馬力
水中:1,800馬力
速力 水上:23.1kt
水中:8.0kt
航続距離 水上:16ktで8,000海里
水中:5ktで50海里
燃料 重油:354.7t
乗員 86名
兵装 45口径十一年式12cm単装砲1門
25mm機銃連装1基2挺
53cm魚雷発射管 艦首6門
九五式魚雷12本
九三式水中聴音機
(九三式探信儀)[1]
備考 安全潜航深度:80m

伊号第一七七潜水艦(いごうだいひゃくななじゅうななせんすいかん)は、大日本帝国海軍潜水艦伊一七六型潜水艦の2番艦。

艦歴[編集]

  • 1941年3月10日 - 川崎造船所にて起工
    • 12月20日 - 進水
  • 1942年12月28日 - 竣工
  • 1943年3月30日 - 呉出港
    • 4月7日 - トラック着
    • 4月10日 - トラック出港、南太平洋方面へ行動
    • 5月23日 - トラック着
    • 6月14日 - オーストラリア東方海域にて行動
    • 7月24日 - ラバウル着。以後ラエ、シオ物資輸送に従事
  • 1944年1月15日 - ラバウル着、18日トラック着、20日トラック出港、27日佐世保入港
    • 3月22日 - 佐世保出港
    • 4月11日 - 大湊出港、アリューシャン方面行動
    • 6月8日 - 千島列島東方行動
    • 9月19日 - 呉出港、フィリピン東方海域展開
    • 9月24日 - パラオ諸島付近に出撃、以後消息不明となる
    • 10月3日 - パラオ諸島北西で米キャノン級護衛駆逐艦 サミュエル・S・マイルズ英語版 (USS Samuel S. Miles, DE-183)の攻撃により沈没
    • 11月18日 - パラオ方面で沈没と認定
  • 1945年3月1日 - 除籍

歴代艦長[編集]

※『艦長たちの軍艦史』438-439頁による。

艤装員長[編集]

  1. 中川肇 中佐:1942年9月30日 -

艦長[編集]

  1. 中川肇 中佐:1942年12月28日 -
  2. 折田善次 少佐:1943年8月30日 -
  3. 渡辺正樹 大尉:1944年2月23日 - 10月3日戦死

同型艦[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 九三式探信儀は完成時に装備していない可能性が有る。

参考文献[編集]

  • 『日本海軍艦艇写真集19巻』潜水艦伊号、光人社、1997年。
  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』光人社、1990年。ISBN 4-7698-0462-8
  • 外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年。ISBN 4-7698-1246-9
  • 福井静夫『写真日本海軍全艦艇史』ベストセラーズ、1994年。ISBN 4-584-17054-1

関連項目[編集]