伊予宇都宮氏

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伊予宇都宮(いようつのみや)氏は、伊予国大洲城大身

概要[編集]

豊前宇都宮氏6代の宇都宮頼房の三男で伊予守護職に任じられ、大洲を拠点とした宇都宮豊房にはじまる。豊房は、宇都宮氏本家のある下野国宇都宮二荒山神社から大洲に勧請し、その伊予の宇都宮神社に後に下野宇都宮氏宇都宮正綱が奉納しており、また伊予宇都宮氏の菩提寺の城願寺には宇都宮豊房の位牌が残されていることから、下野の宇都宮氏と伊予宇都宮氏の関係の深さが分かる。

豊房には子がおらず、筑後国大木にいた宇都宮泰宗(宇都宮氏第8代当主宇都宮貞綱の弟)の子で伊予国喜多にいた宇都宮貞泰の四男・宇都宮宗泰が豊房の養子となり、伊予宇都宮氏を継ぐ。宇都宮貞泰は、その後、豊前宇都宮氏の本拠地の豊前仲津に移り、嫡子の宇都宮義綱は豊前宇都宮氏に入り、次男の宇都宮貞久と三男の宇都宮貞邦筑後宇都宮氏となる。

伊予宇都宮氏は宗泰以降、大洲を本領として戦国時代を迎える。 宇都宮豊綱の代に毛利氏との抗争によって毛利氏の伊予出兵を招き、敗れて滅亡した。

豊房の菩提寺及び墓所:愛媛県大洲市五郎の城願寺(臨済宗妙心寺派)。戒名:城願寺殿継將萬真大居士。

また、現代の苗字統計で「宇都宮さん」が一番多い都道府県は愛媛県である(2014年9月現在)。

歴代[編集]

系譜[編集]

実線は実子、点線(縦)は養子、点線(横)は婚姻関係。
宇都宮頼房(豊前宇都宮氏
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
冬綱[1] 豊房1
 
 
 
宗泰2[2]
 
 
 
泰輔3
 
 
 
家綱4
 
 
 
安綱5
 
 
 
宣綱6
 
 
 
清綱7
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
豊綱8 正綱 房綱
  1. ^ 下野宇都宮氏宇都宮貞綱の子。
  2. ^ 筑後宇都宮氏宇都宮貞泰子。