人工授精

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人工授精

人工授精(じんこうじゅせい)とは、生殖医療技術の一つで、人為的に精液生殖器に注入することによって妊娠を実現することを目的とした技術のことである。 本項では、類似技術である体外受精顕微授精についても網羅的に説明した。 人間の生殖医療(不妊治療)、家畜の生産や育種(→種付け)、養殖漁業、希少動物の種の保存(日本でもアムールトラオランウータンハンドウイルカシャチなどで研究が行われている)などの目的で行われる。なお、家畜については250年程度の歴史がある。 植物においては、人工授精に相当する行為を人工授粉(じんこうじゅふん)。体外受精に相当する行為を試験管内受粉(しけんかんないじゅふん)などと呼ぶ。 これらは実生性野菜や果実の生産、育種(自家不和合性を回避する)などの目的で行われる。

ヒトにおける適用[編集]

精子の運動性や数に問題があり妊娠に困難がある場合、性交障害(インポテンツ)がある場合、女性生殖器の狭窄などによって精子の通過性に問題がある場合などに行われる。 手法として、精子を注射器のような器具を用いて子宮内に注入することによって行われる。かつては採取した精液をそのまま注入していたが、現在では精液を遠心分離などによって精製し、活性の高い精子を選別するなどして効率向上と副作用(精液中に存在するプロスタグランジンの影響などによる発熱等)の低減を図っている。このとき、卵細胞の活性化や(子宮内膜の状態を調整するため)黄体ホルモンの投与などが行われる。排卵誘発剤の投与も検討されるが、これは後に述べる多胎のリスクを増加させる問題もある。 精子の提供者について配偶者間人工授精(AIH:Artificial Insemination by Husband)・非配偶者間人工授精(AID:Artificial Insemination by Donor)に区別される。 日本では非配偶者間人工授精は、1948年に慶應大学病院で始まり、これまでに数千〜1万人以上生まれたと見られている。海外では精子の仲介をするビジネスが盛んである一方、そういった企業や医療機関を介在しない非配偶者間人工授精も、珍しくない。例えばアメリカでは、家庭で容易に精子の採取が出来るキット(精子の運動性を阻害しないような材質が使用されている)や、家庭で女性一人で人工授精できる専用のキット(Zavos Home Insemination Device)が17ドル程度で販売されている。

体外受精[編集]

ICSI(細胞内精子注入法)による顕微受精

排卵誘発剤や外科的手法などによって所得した卵子を体外で精子と接触させ人為的に受精を行ったのち、培養した受精卵)を子宮内などに戻して妊娠を図る手法である。通例、精巣中に精子が存在しても精液中に精子が存在しない場合・卵管の傷害によって卵子の通過が行えない場合など、人工授精によって妊娠に至れないほどの障害がある場合に適用される。この手法のことを、「試験管内受精」「IVF(in vitro fertilization)」と呼ぶことがある。また、卵子に直接精子(もしくは精核)を注入して受精を行わせ、受精卵を得る方法を特に顕微授精と呼ぶ。非常に精子の活性や数が低い場合に行われる。

「授精」と「受精」[編集]

  • 授精(insemination)とは、精液を人為的な手法によって(哺乳類の場合は)体内にかけて生殖の便宜を図ること。
  • 受精(fertilization)とは、精子と卵子が結合すること(これについては論議があり、核の結合をもって受精とみなすとの考えもある)を指す。

「人工受精」との語は、一般に人工授精や体外受精を示す総称として使われているが、「じんこうじゅせい」の読みが誤認を招きやすいため専門業界ではあまり使用されない。

歴史(人間における適用)[編集]

  • 人工授精
1776年ジョン・ハンターが英国で初めて成功。日本では1949年に初めて成功。現在日本では、1年あたり約1万人の新生児が人工授精または人工受精技術により生まれているとされる。
  • 体外受精
1978年、英国で初めて成功(ルイーズ・ブラウン)。日本では1983年に初めて成功。
  • 顕微授精
1989年、シンガポールで初めて成功。日本では1992年に初めて成功。

問題点[編集]

倫理的側面[編集]

不妊の原因となる遺伝子を除かずに子供を得ることは自然の摂理に反し、問題の先延ばしでしかないという批判がある[誰?]。また、性交渉は子供を得るためのみに認めるとする宗教からは、人工授精などによって子供を得ることは教義の逸脱で認められないという批判もある。
高度生殖補助医療 (ART)は生命の操作であるとの批判もあるが、この治療によっても妊娠・出産に至る患者は一周期あたり約3割で、残りの7割は妊娠・出産に至ることはできない。高度生殖補助医療は確率を上げる治療であって、最終的に妊娠・出産に至るか否かは自然界の摂理に委ねられる。
また、非配偶者間人工授精などは家庭関係を複雑化させ、ひいては社会を不安定化させるといった批判がある。(→代理母出産を参照) その一方で、子供を望むのは人間として当然の権利であるという主張がされ、人工授精は少子化対策に有効であるという主張もある。
体外受精については、子宮内に戻す胚の数は多胎による母子への負担(最悪、母子共に死に至る)を避けるため、一般的に1-3個程度に限定されている。日本産科婦人科学会は2008年2月、「原則1個とし、35歳以上、または2回以上続けて妊娠できなかった女性などは、2個戻すことを許容する」[1]との指針案を示した。
このとき、より多くの受精卵が得られた場合には冷凍保存または破棄することとなるが、受精卵や胚を「一つの生命」とみる立場からは、生命の選別や安易な廃棄は許されないなどという批判がある。
胚性幹細胞(ES細胞)の樹立(作出)にこの余剰の胚を用いることも可能だが、人間の胚を実験に供することには強い批判がある。
こうした問題については、生命倫理学で取り扱われている。

費用的側面[編集]

人工授精の場合、1回につき数万円。体外受精の場合は1回につき数十万円の費用がかかるとされる。
2007年現在、日本では人工授精は健康保険の対象とならない。(但し地方自治体などによる公的補助が一部で行われている。また、体外受精などは「特定不妊治療」として補助が行われているが、国や自治体の一部負担に留まる) なお、EU諸国では北欧地方を中心に公的補助の対象とされている。

脚注[編集]

  1. ^ 産科婦人科学会:多胎妊娠防止で、受精卵取り扱い改定案毎日新聞 2008年2月23日 19時33分

参考文献[編集]

関連項目[編集]