京阪2400系電車
| 京阪2400系電車 | |
|---|---|
| 編成 | 7両編成6本(42両) |
| 起動加速度 | 2.8 km/h/s |
| 営業最高速度 | 105 km/h |
| 設計最高速度 | 110 km/h |
| 減速度 | 4.0 km/h/s(常用最大) 4.5 km/h/s(非常) |
| 編成定員 | 1030人 |
| 車両定員 | 先頭車140人・中間車150人 |
| 全長 | 18700 mm |
| 全幅 | 2720 mm |
| 全高 | 4185 mm |
| 編成質量 | 215.5t |
| 軌間 | 1435 mm |
| 電気方式 | 直流1500V架線給電 |
| モーター出力 | 155kw |
| 編成出力 | 2480kw |
| 歯車比 | 84:15 (5.6) |
| 制御装置 | 界磁添加励磁制御方式 |
| 駆動装置 | 平行カルダン駆動 |
| ブレーキ方式 | 回生ブレーキ併用電磁直通ブレーキ HSC-R |
| 保安装置 | 京阪形ATS |
| 製造メーカー | 川崎重工業 |
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この表について
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京阪2400系電車(けいはん2400けいでんしゃ)は、1969年(昭和44年)に登場した京阪電気鉄道の通勤形電車。製造は川崎重工業兵庫工場。
関西の鉄道事業者では初めて冷房装置を搭載した通勤用車両で、2200系の増備ならびに1000系(2代)の代替として1969年(昭和44年)と1970年(昭和45年)に7両編成3本ずつの42両が製造された。
目次 |
[編集] 新製時の概要
2200系をベースにしているため、性能的にはほぼ同じであるが、8個の分散式小型ユニットクーラーRPU-1509A(東芝製)を屋上に搭載している。制御装置は東洋電機製ACDF-H4155-576B(直列17段、並列13段、弱め界磁10段、発電制動34段)は発電ブレーキ付きの抵抗制御で、エアーブレーキもHSC-D(電磁直通空気ブレーキ)である。ただし、冷房装置の搭載以外にも2200系から変更された箇所がある。
- 本系列は、京阪では初めて運転台つきの電動車がなく、主電動機は中間車のみに装備されている。これにより、編成は中間に運転台を持たない7両の固定編成となった。これは通勤客の増大により収容力を増やす必要があったためと考えられている。[1]
- 冷房用の大容量電動発電機が搭載されたことを生かし、その三相交流電源による容量の大きい暖房装置が取り付けられた。
- 混雑に対処するため、扉付近の立席スペースを2200系よりも広げた。反面、座席定員は減少しており(中間車4 - 6人、先頭車6人分)、定員1人あたりの座席幅も狭くなっている。
- 網棚が従来の繊維製から金属製になった。
- 架線電圧の600Vから1500Vへの昇圧を当初から前提にしており、電装品はそれに対応した複電圧仕様のものを使用していた。
- 1969年度(昭和44年度)に製造された前期型3編成と1970年度(昭和45年度)製造の後期型3編成では、冷房装置のキセ(カバー)形状(後の3編成は角が丸い)やパンタグラフの形状(前期型は菱形のPT-4202C、後期型は下枠交差型のPT-4805A)に違いがある。後期型の下枠交差型パンタグラフは、京阪で初めて採用された。
竣工は1969年9月、営業開始は同年12月であったため、実際に冷房装置を営業運転で使用したのは1970年5月15日が最初となった。
川崎車輛が川崎造船・川崎航空機と合併して川崎重工業となった1969年製の2461・2553・2463号車の車外の製造銘板が「川崎重工」で車内が「川崎車輛」となっている、またその逆に2462号車は車内は「川崎重工業」であるが車外の製造銘板は「川崎車輛・昭和44年製造」のものが取り付けられている。
前期型の編成は竣工当時、正面に成田リコ式の貫通幌を装着していたが、固定編成であり分割併合の必要がないため、早い時期に取り外された。また、営業開始後に列車無線装置および側面の種別表示幕が追加されている。
[編集] 改修工事
1988年(昭和63年)から1991年(平成3年)にかけて行われた改修工事が実施された。それまで実施された2200系のものとは工事内容が大きく変化している。
- 制御装置はACRF-H8155-790Aに交換され、回生ブレーキ付きの界磁添加励磁制御となった。また補助電源装置には京阪線初のSIV(静止形インバータ)を採用した[2]。
- 正面貫通開戸は外開きに改修され、大型ガラスを採用し正面行先表示器を設置した。これにより、京阪線では正面の方向・種別板が使用されなくなった。また尾灯のデザインも変更されている。
- 内装は、壁の化粧板を従来の薄緑色から6000系と同じ茶色のものに張り替えた。
- 戸閉予告ブザー、ドア開時の自動放送装置を設置した。
- 続いて1000系でもこれに準じた改修工事が実施されているが、2400系には車椅子スペースは設置されなかった。
[編集] その後の小改造
- 第1編成 (2451F)は2002年12月3日付けでパンタグラフを、廃車された2600系から取り外した下枠交差形のPT-4805A-M改[3]に交換した。
- 2003年5月から2004年7月にかけて、すべての2400系に「転落防止外ホロ」の取り付けが行われた。
- 2004 - 05年頃に優先座席の背ずりをオレンジ色に交換し、カーテンにも「優先座席」の文字を追加している。
- 2010年2月12日に2453Fが、同月19日に2452Fが、2600系の廃車から再使用されたPT-4805A-M改パンタグラフに取り替えられて、京阪線では菱型のPT-4202Cパンタグラフは消滅した。
運用開始以来40年以上になるが、大規模な改修は一度のみで系列内の形式の変更や編成の組み直しも行われておらず[4]、昇圧以前からの在籍車両ではもっとも変化の少ない系列である。
なお、2008年度より京阪の新CIロゴの貼付が行われている他、2012年度までに車体塗装の変更が実施される予定。第一陣として2452Fが2008年12月24日付けで新塗装編成となり、2011年11月末現在2451F・2452F・2454Fの3編成が新塗装化された[5]。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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