京急1500形電車

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京急1500形電車
京急1500形1625編成
京急1500形1625編成
編成 4・6・8両
営業最高速度 120 km/h
設計最高速度 130 km/h
起動加速度 3.5km/h/s
界磁チョッパ車の6M2T編成は3.3 km/h/s
減速度 4.0 km/h/s(常用最大)
4.5 km/h/s(非常)
車両定員 140人
座席定員 52(先頭車48)人
全長 18,000 mm
全幅 2,798mm
アルミ車2,830 mm
全高 4,030mm
パンタグラフ搭載車は4,050mm
アルミ車のパンタグラフ無は4,040 mm
車両質量 35t
アルミ車 31t
アルミ車の先頭車 31.5t
VVVF車のM1c 32t、M1車31.5t
Tu車 24.5t、Ts車 25.5t
軌間 1,435(標準軌) mm
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式
主電動機 補償巻線付直流複巻電動機
VVVF車はかご形三相誘導電動機
主電動機出力 100kW×4
VVVF車 120kWx4
歯車比 1500・1600番台 82:15 (5.47)
1700番台 83:14 (5.93)
駆動装置 たわみ板式継手
制御装置 界磁チョッパ制御
VVVFインバータ制御
制動方式 回生制動併用電気指令式電磁直通空気制動応荷重装置付)
保安装置 1号型ATSC-ATS
製造メーカー 東急車輛製造
川崎重工業
備考 営業最高速度・保安装置以外は新製時のデータ

京急1500形電車(けいきゅう1500がたでんしゃ)は1985年昭和60年)4月1日[1]に営業運転を開始した京浜急行電鉄通勤形電車1993年(平成5年)までに166両が製造された。

概要[編集]

老朽化した1000形の置き換えを目的に、第2世代の東京都交通局都営地下鉄浅草線京成電鉄・北総開発鉄道(現・北総鉄道)への乗り入れ車両として製造が開始され、乗り入れ協定に基づき、京急で初めてT型ワンハンドルマスコンを採用した。

1985年(昭和60年)・1986年(昭和61年)製の20両は普通鋼製、1988年(昭和63年)製以降の車両はアルミ合金製車体を採用した。1970年代 - 1980年代の輸送形態の変化に頻繁な編成替で対応した1000形と同様、柔軟な運用が出来るよう補機を含めて2両1ユニットで構成されている。1971年製の1000形から採用していた電装品の共通設計は本形式では採用されず、三菱電機製と東洋電機製造製で使用機器が異なるが、両者を混成して編成を組むこと、ユニットを組むことができる。

本形式が登場した1985年には、既にVVVFインバータ制御車が出現していたが、当時はまだインバータ容量が小さいなどの技術的黎明期にあり、本形式は当初技術的に確立していた界磁チョッパ制御を採用、増備途上の1990年平成2年)からVVVFインバータ制御を採用した。

特記のない限り、以下の文中では各種文献に倣い、京急本線上で南側を「浦賀寄り」または「浦賀方」、北側を「品川寄り」または「品川方」、東側を「海側」、西側を「山側」と呼ぶ。編成番号は浦賀方先頭車の車両番号で代表する。本文中の編成表は左を浦賀方として表記する。「1000形」は1959年(昭和34年)登場の1000形(初代)、「新1000形」は2002年(平成14年)登場の1000形(2代)、「800形」は1978年(昭和53年)登場の800形(2代)、「600形」は1994年(平成6年)登場の600形(3代)を指すものとする。

外観[編集]

1500形登場記念の貸し切り列車

車体外板塗色は赤、窓下に幅150mmの白帯を引いた京急標準色。正面には京急で初めてスイング式プラグドアを採用、800形以降採用されていた正面窓周りを一段くぼませるデザインに加え、窓周囲を黒く塗装することで3枚の窓、各幕窓を一体的に見える様処理されている。前照灯尾灯2000形同様一体のケースに収められ、この時期各社で採用が始まったLED式の尾灯を採用した。ほぼ同時期製造の南海10000系とこのケース形状が酷似していることが登場時に話題となった。

ほぼ車両全幅にわたるアンチクライマーを設けたこと、製造当時の京急車標準の車体断面を採用したことから、従来車と大きく異なるデザインながら京急らしさを漂わせる。京急初の両開き3扉車となり、車端部とドア間で幅の異なる2連式のバランサ付1枚下降窓を採用、2000形で廃止された戸袋窓が設けられたが、アルミ車体を採用した車両からは廃止された。800形以降の各形式では側面の白帯が運転台扉で切れているが、本形式では運転台扉を超えたところまで白帯がある。中間車妻部に後退角があることが外観上の特徴のひとつで、これはアルミ車体の車両も同様である。

内装[編集]

壁面は格子模様の薄ベージュ色の化粧板構成とし、床面はグレーのロンリウム材を使用した。車内座席はオールロングシート構成とし、1人分の座席掛け幅は450mmを確保した。座席表地は紺色で、優先席は薄黄緑色とし、座席袖仕切化粧板は薄ベージュ色だが、アルミ車1525編成・1613編成以降は木目調柄入りに変更した。座席は脚台(蹴込み)で支える方式である。 車内定員は初期車では全車が140人だが、1701編成以降は普通鉄道規則の標準値とし、先頭車124人・中間車136人に変更した[2]

天井レイアウトは2000形同様車体全長にわたるアルミ押し出し材の冷気吹き出し口を採用、空気攪拌用に補助送風機(ラインデリア)を6台設けたが、照明カバーがないこと、吹き出し口が2000形のゴールド調に対しアルミ地色の違いがある。窓枠は800形・2000形と同様にFRP一体成型品を採用し、ロールアップカーテンを設けたが、留め金具が最下部にしかなく、カーテンは途中で止めることが出来なかった。

主要機器[編集]

主電動機[編集]

  • 界磁チョッパ車(複巻電動機): KHM-1500形(東洋製TDK-8700Aおよび三菱製MB-3291ACの総称、出力100kW、端子電圧375V、電流300A、分巻界磁電流28A、定格回転数1,460rpm、定格速度41.2km/h)
  • VVVFインバータ制御車(誘導電動機): KHM-1700(東洋製TDK-6160Aおよび三菱製MB-5043Aの総称、出力120kW、端子電圧1,100V、電流84A、周波数50Hz、定格回転数1,455rpm[3][4]
  • VVVF改造車: 東洋TDK6162-A(出力155kW、端子電圧1,100V、電流108A、周波数55Hz、定格回転数1,620rpm)[5]または三菱MB-5121-A(出力155kW、端子電圧1,100V、電流110A、周波数55Hz、定格回転数1,620rpm)

駆動装置・歯車比[編集]

  • KHG-800(東洋製TD282-C-M、たわみ板式継手)、1500・1600番台:82:15 (5.47)、1700番台:83:14 (5.93)

主制御器[編集]

  • 界磁チョッパ・鋼製車: 東洋製ACRF-H8100-786Aまたは三菱製FCM-108-15MRH、抵抗制御段数は直列12段、並列8段。
  • 界磁チョッパ・アルミ車: 東洋製ACRF-H8100-786B、Cまたは三菱製FCM-108-15MRHA。抵抗制御段数は直列12段、並列9段。
  • VVVFインバータ制御車: 東洋製ATR-H8120-RG-627A、B(周波数-7〜173Hz、容量1,500kVA、耐圧4,500V、電流3,000A、質量1,074kg)または三菱製MAP-128-15V31(周波数0〜173Hz、容量1,919kVA、耐圧4500V、3000A、質量1,040kg) 、GTOサイリスタ素子によるVVVFインバータ制御。
  • VVVF改造車: 東洋製RG694-A-Mまたは三菱製MAP-138-15V174、IGBTによるVVVFインバータ制御

台車[編集]

  • TH-1500M・T(空気ばね車体直結乾式ゴム入り円筒案内支持方式)

集電装置[編集]

  • 東洋製PT-43形菱形パンタグラフ

補助電源装置[編集]

偶数号車の山側に搭載。

  • 鋼製車: 三菱GTO-SIV(NC-DAT-75B)、75kVA
  • アルミ車: 東洋ブースター式SIV(SVH-85-461A-M)または三菱チョッパインバータ式SIV(NC-FAT-75A)、75kVA

空気圧縮機[編集]

  • C-1500LまたはC-1500AL レシプロ式 M2系車、Tu車の海側に搭載。

空調装置(製造時)[編集]

  • 屋上集中式(三菱CU-71DNまたは東芝RPU-11006)能力36,000kcal/h (41.9kW)

製造時のバリエーション[編集]

鋼製車体・界磁チョッパ車[編集]

京急1500形鋼製車体・界磁チョッパ車登場時の状態(1985年3月)

このグループ20両は車体の材質が普通鋼製であり、前面が丸みを帯びている。補助電源用静止形インバータ (SIV) と回生ブレーキ使用時のパンタグラフ離線対策として浦賀寄りから3号車にはパンタグラフ2基を搭載していたが、デハ1507で1986年はじめから、デハ1515で新製直後から浦賀寄り1基を降下して長期試験を実施、問題がないことが確認された後、1989年(昭和64年/平成元年)ごろ各編成浦賀寄りのパンタグラフを撤去した。撤去されたパンタグラフの配管はそのまま残され、更新工事後もそのままとなっている。戸袋窓があることが外観上の特徴だった。当時4両編成で運用されていた1000形初期車の置き換え用として製造されたため、8両編成が登場するまでは専ら普通列車に運用されていたが、1986年(昭和61年)秋の休日に4連2本を併結して快速特急(現在の「快特」)に運用されたほか、同じころ平日朝の急行に2本併結して運用されるなど優等列車に運用されることもあった。2011年9月現在の運用は、増圧ブレーキを装備しないことから大師線での運用が中心となっている。

1985年3月製造車[編集]

太字は東急車輛製造製、細字は川崎重工業製。「電装品」は主電動機、主制御器、SIVの製造者を示す。括弧でくくられた車号は別の製造時に製造された車両を表す。以下各製造時で同じ。

M1c M2 M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1501 1502 1503 1504 東洋 三菱 1985年3月
1505 1506 1507 1508 東洋 三菱 1985年3月
1509 1510 1511 1512 三菱 三菱 1985年3月

1500形として最初に製造されたグループ。川崎重工製1509編成が最初に入線、営業運転を開始した。

1986年7月製造車[編集]

M1c M2 M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1513 1514 1515 1516 三菱 三菱 1986年7月
1517 1518 1519 1520 東洋 三菱 1986年7月

前回製造車とほぼ同仕様だが、中央扉を締切る戸閉半減回路が追加された。1986年(昭和61年)度に製造された800形21両中15両を東急車輛製としたため、このグループ全8両が川崎重工製である。

アルミ車体・界磁チョッパ車[編集]

1987年(昭和62年)度製の車両からは車体の材質がアルミ合金製となり、車体幅が若干広くなったが、壁厚が増加したため車内幅は若干狭くなっている。戸袋窓が廃止され、窓幅が若干広くなったほか、雨樋が型材で押し出された側板と一体構造となったこと、車側灯がLEDとなったことが外観上の特徴である。前面窓ガラス上部の青色ぼかし幅が広くなり、貫通扉窓にも設けられた。

1988年1月製造車[編集]

落成時の1601編成。(南太田駅、1988年8月)
M1c M2 M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1521 1522 1523 1524 東洋 東芝 1988年1月
M1c M2 M1' M2' M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1601 1602 1603 1604 1605 1606 東洋 三菱 1988年1月
1607 1608 1609 1610 1611 1612 三菱 三菱 1988年1月

京急で初めてアルミ車体を採用したグループ。全車電動車の4両編成1本と6両編成2本が製造され、4両編成は普通鋼車体の続番、6両編成は1600番台に区分された。6両編成のM1'車にはパンタグラフ2個が装備できるよう配管が設置されていたが、浦賀寄りのパンタグラフは搭載されていなかった。1521編成のうち、デハ1522は三菱電機製、デハ1524は東洋電機製の補助電源用静止形インバータ (SIV) を搭載した。1601編成のSIVは三菱電機製。デハ1523・デハ1524には冬季出庫時の暖房効果を高めるため、セラミックヒータが試験的に座席下に設置された。

1988年6月・7月製造車[編集]

M1c M2 M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1525 1526 1527 1528 東洋 東芝 1988年6月
1529 1530 1531 1532 東洋 東芝 1988年6月
M1c M2 M1' M2' M1' M2' M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1613 1614 1621 1622 1615 1616 1617 1618 三菱 三菱 1988年7月

4両編成2本と8両編成1本が製造された。8両編成は6両編成の続番とされたが、浦賀寄りから3両目と4両目は次回製造の1619編成の中間車となる予定で付番されている。このときから屋根の防水処理が塗り屋根に変更された。8両編成はM1'車が2両とも2個パンタグラフとされ、編成中6個のパンタグラフをもつ編成となった。今回製造の4両編成2本はシートの色が赤色だったが、10年程度で他車と同じ青色に交換されている。

1989年3月製造車[編集]

1625編成(1994年4月)
サハ1900形のディスクブレーキ(京急ファインテック久里浜事業所にて撮影:一般公開日)
M1c M2 M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1533 1534 1535 1536 東洋 東芝 1989年3月
M1c M2 Tu Ts M1' M2' M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
(1613) (1614) 1901 1902 (1615) (1616) (1617) (1618) 三菱 三菱 1989年3月
1619 1620 1903 1904 (1621) (1622) 1623 1624 三菱 三菱 1989年3月
1625 1626 1905 1906 1627 1628 1629 1630 東洋 三菱 1989年3月

前回製造の1613編成と組み合わせて6M2Tの8両編成2本とするための8両と4両編成、8両編成各1本が製造された。1625編成のSIVは三菱電機製。今回初めてサハ1900形が製造され、浦賀寄りから3両目・4両目に組み込まれた。M1'車の浦賀寄パンタグラフはサハ1900形の補機への給電用とされた。今回編成単位で製造された車両からデハ1523・デハ1524で使用されたセラミックヒータが設けられた。その他の車両についても蹴込み板に取付用穴があけられ、ステンレス製の板でふさがれた。

1989年6月・7月製造車[編集]

M1c M2 Tu Ts M1' M2' M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
(1601) (1602) 1907 1908 (1603) (1604) (1605) (1606) 三菱 三菱 1989年7月
(1607) (1608) 1909 1910 (1609) (1610) (1611) (1612) 三菱 三菱 1989年7月
1631 1632 1911 1912 1633 1634 1635 1636 東洋 東芝 1989年6月
1637 1638 1913 1914 1639 1640 1641 1642 三菱 三菱 1989年7月

8両編成2本と、1988年1月製造の1601・1607編成に組み込まれるサハ1900形2両が製造された。1601・1607編成のM1'車はサハ1900形組み込み時に浦賀寄りにパンタグラフを搭載した。今回製造車で8両編成が7本となり、1989年(平成元年)7月5日のダイヤ改正から都営線・京成線への乗り入れに充当された[6]

1990年2月・3月製造車[編集]

M1c M2 M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1537 1538 1539 1540 東洋 三菱 1990年3月
1541 1542 1543 1544 東洋 混載 1990年2月
1545 1546 1547 1548 三菱 三菱 1990年3月

4両編成3本が製造された。客室内の非常通報装置に通話機能が追加された。1537編成のSIVは三菱電機製。1541編成の冷房機はデハ1544のみ三菱電機製、それ以外は東芝製。

1991年2月製造車[編集]

M1c M2 M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1549 1550 1551 1552 三菱 東芝 1991年2月
M1c M2 Tu Ts M1' M2' M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1643 1644 1915 1916 1645 1646 1647 1648 東洋 三菱 1991年2月
1649 1650 1917 1918 1651 1652 1653 1654 三菱 三菱 1991年2月

界磁チョッパ車の最終増備車。4両編成1本と8両編成2本が製造された。前年にVVVFインバータ制御車(1701編成)が登場していたが、今回製造分は界磁チョッパ車とされた。1701編成に合わせ、車内スピーカーの増設が行われた。

アルミ車体・VVVFインバータ制御車[編集]

1719編成(1995年7月)

京急初のVVVFインバータ制御車となったグループ。電動車は1700番台となったが、付随車はサハ1900形の続番とされた。台車形式、補助電源装置などに変更はない。前面に排障器(スカート)を装着したことが外観上の特徴。制動方式が「新遅れ込め方式 (MBS-A)」と呼ばれるものに変更され、回生ブレーキが効いている間すべてのブレーキ力を回生ブレーキが負担する。接客設備では空調制御が全自動化されたほか、車内スピーカーが増設された。誘導電動機化されたことで主電動機整流子の点検は不要となり、室内床面の主電動機点検蓋が廃止された。駆動装置の点検蓋については存置されたものの、開閉頻度が少ないため、騒音防止の観点から蓋はボルトで固定された。これは600形2100形も同様で、新1000形で点検蓋は廃止された。また、このグループより乗務員室内に非常用のハシゴが設置された。

番号から一部で「1700形」と紹介される事もあったり、呼称する人もいたりしている。

1990年8月製造車[編集]

M1c M2 Tu Ts M1' M2' M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1701 1702 1919 1920 1703 1704 1705 1706 東洋 東芝 1990年8月

量産に先行して製造されたグループ。サハ1900形は1989年製造車から4両分飛ばして付番されていた。登場後しばらく営業運転に使用されず、営業投入後もしばらくは限定運用、他社線乗り入れには使用されなかった。

1992年2月製造車[編集]

M1c M2 Tu Ts M1' M2' M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1707 1708 1921 1922 1709 1710 1711 1712 東洋 東芝 1992年2月
1713 1714 1923 1924 1715 1716 1717 1718 三菱 三菱 1992年2月

VVVFインバータ制御の量産車。座席がバケットシートとなった。1713編成の制御装置は1715-1716が三菱製、それ以外が東洋電機製。

1993年1月・2月製造車[編集]

M1c M2 Tu Ts M1' M2' M1 M2c 電装品 冷房機 製造年月
1719 1720 (1907) (1908) 1721 1722 1723 1724 東洋 東芝 1993年2月
1725 1726 (1909) (1910) 1727 1728 1729 1730 東洋 東芝 1993年2月
1731 1732 (1913) (1914) 1733 1734 1735 1736 三菱 三菱 1993年1月

1500形の最終増備車。6両編成3本が製造され、既存の界磁チョッパ車6M2T編成から抜き取ったサハ1900形各2両を浦賀寄りから3両目・4両目に組み込んで8両編成で出場した。サハ1900形には電動車に合わせるため、座席・非常通報装置の変更、制動方式の改造が施された。1719編成には1601編成、1725編成には1607編成、1731編成には1637編成から抜き取ったサハ1900形2両が組み込まれた。同様に界磁チョッパ車6M2T編成すべてのサハ1900形を1700番台新造車に組み込む予定だったが、その後の増備が600形に移行したため、今回限りとなった。1719・1725編成の電動車の電装品は東洋電機製(冷房機は東芝製)だが、既存編成から転用されたサハ1900形のSIVおよび冷房機は三菱電機製となっている。1731編成では初めて編成全車が三菱電機製VVVF車となった。

改造工事[編集]

登場後各種の改造工事が施されている。

界磁チョッパ車全車電動車化[編集]

1993年(平成5年)から界磁チョッパ車6M2T編成のサハ1900形2両を新造された1700番台編成に組み込む工事が行われたが、その後の増備が600形に移行したため、1回限りとなった。サハ1900形を抜き取られた1601編成の浦賀寄りから3両目・4両目に1607編成の中間車デハ1609・デハ1610を組み込み8両編成化、1607編成は4両編成化、1637編成はサハ1900形を抜いた6両編成のままとされ、当時1500形唯一の6両編成となった。M1’車のデハ1639は当初浦賀寄りのパンタグラフを降下して運用されていたが、同年10月14日付で撤去された。

ADL設置工事[編集]

1990年代に唯一の6両編成だった1637編成を対象に、ホーム有効長が4両編成分しかない梅屋敷駅に6両編成を停車させる際に浦賀方2両のドアを自動的に締め切る装置 (ADL) を装備した。浦賀方2両のドアには、梅屋敷駅でドアが開かないことを知らせるステッカーを貼付した。その後本工事は6両編成化された各編成にも都度施工されている。2008年(平成20年)8月頃に点字によるドアの位置案内のステッカーが貼り付けられた。2010年(平成22年)5月16日より梅屋敷駅の上りホームが高架に切り替えられ6両編成の停車に対応したため、同駅でドアが開かない案内のステッカーに「下り方面」の文字が追加された。

120km/h対応改造[編集]

1995年平成7年)4月のダイヤ改正から日中の線内快特、品川駅 - 横浜駅間で120km/h運転を実施するため、非常制動時の停止距離を600m以内とする改造工事がアルミ車体・全車電動車の界磁チョッパ車4両・8両編成を対象に行われた。110km/h以上で非常制動が作動した際に20km/hまでの制動圧力を増加させるため、元空気溜圧力を増加させたもので、通称「増圧ブレーキ」と呼ばれる。その後2001年(平成13年)9月15日ダイヤ改正で日中の都営線直通快特も120km/h運転の対象となったため、対象を6M2Tの界磁チョッパ車8両編成にも拡大した。VVVFインバータ制御車には登場時から増圧ブレーキを装備していた。鋼製車は更新工事の際に増圧ブレーキを装備する予定だったが、その資材を6M2Tの界磁チョッパ車の8両編成に転用した。このため、鋼製車は増圧ブレーキを装備せず、日中は本線普通列車大師線を中心に運用されている。

更新工事[編集]

更新後・VVVFインバータ制御改造前の1619編成
京成高砂駅、2006年11月3日)

京急では鋼製車は寿命を30年 - 35年、アルミ車は45年 - 50年と位置付け、内装・機器の更新時期となる経年15年を目安に車両更新を行う方針である[7](廃車までに鋼製車は1回、アルミ車は2回施工することを見込んでいる)。そのため、本形式も更新時期を迎えた車両より順次、車両更新工事を施工した。

2001年(平成13年)度より鋼製車の更新工事(1517編成から)、翌2002年(平成14年)度からはアルミ車の更新工事が京急ファインテックによって施工された。界磁チョッパ車の更新工事は2008年(平成20年)3月出場の1549編成で終了、1500形のスカートなし編成は姿を消した。また、1700番台の更新工事は2009年(平成21年)2月出場の1731編成で終了し、1500形の更新工事は全て完了した。

外観[編集]

  • 界磁チョッパ車にスカート(排障器)を設置した。1700番台と類似のものだが、1700番台は連結器部分の切り欠きの角が丸い点に違いがある。
  • 側面のサボ受けを撤去。
  • 鋼製車は戸袋窓を封鎖。
  • 連結面の妻窓を封鎖し、2100形と同じタイプの転落防止幌を新設。
  • 冷房装置をCU-71E-G1に交換。2002年からは2000形改造車にも搭載されるようになった。
  • 後部標識灯戸閉灯LED式だったが、経年変化による輝度低下が激しいため、電球式に交換した。
  • 種別・行先表示器を交換した。行先表示器は(久里浜川崎蒲田→)『京急○○』や(八景文庫→)『金沢○○』、(新町→)『神奈川新町』など従来省略表記としていた駅名を正式表記とした。
  • 2003年(平成15年)度施行車[8]からは同年新造の新1000形で採用したローマ字表記を併記し、行先表示器の字幕表地を従来の黒から白とした。その後、2001年度および2002年度に更新工事を施した鋼製車および1521・1601・1607編成も定期検査時に黒地幕から白地幕に変更した。
  • 車端部の「KHK」のロゴを「KEIKYU」に変更。

内装[編集]

  • 化粧板を全面的に張り替え、床材を黄色に近いクリーム系統品に張り替え。
  • 座席を2000形や新1000形と同じバケットシートに交換し、1人分の掛け幅を450mmから455mmに拡大した。優先席は青色の座席表地となった。シート間には手すり(立席ポスト)を設置。また、アルミ車は運転室後部を除き座席を片持ち式とした。
    • 初期車両では定員を124人、中間車136人に修正した。さらに先頭車では車椅子スペースの設置で、座席定員は3人減の45人となった[2]
  • 座席端部の仕切り(袖仕切り)を東日本旅客鉄道(JR東日本)のE231系の色違いのタイプに交換した。従来は「つや消し」だったが、2005年(平成17年)度の更新からは「つやあり」のものに変更した。
  • 車椅子スペースを両先頭車に設置。当初は表記がシール式だったが2004年度施行の1613編成からはプレート式に変更した。
  • 天井を張り替え、ラインフローファン方式に変更。これにより冷房吹き出し口の羽根がなくなった。
  • ドア上部にドアチャイム付きLED式の車内案内表示器を設置。筐体はクリーム色であるが、車内(内装)雰囲気が明るいため、2100形よりも少し明るい色調となっている。ドアチャイムは京急では初採用である。当初の音色は東海旅客鉄道(JR東海)313系類似であったが、のちに新1000形と同一のものに変更された。
  • 窓枠を交換した。これにより、カーテンを固定する器具が露出していて1段引き下ろしだったのが枠内に収められ、フックを増設した。 なお、一部鋼製車では、カーテン先端の金属製の取っ手に、小さなプラスチック製の取っ手が付いている。
  • 2005年(平成17年)度施工車からは、火災時の延焼防止、煙拡散防止のため車両間の貫通扉を新1000形の4次車と同様に各号車の浦賀寄りに増設した。 新1000形のように縦長窓や傾斜式のものではない。
  • 放送装置を更新し、簡易自動放送装置の音声を変更。
  • 運転台に緊急スイッチを設置。未設置車では車内に非常脱出用ハシゴを新設した。
  • 不具合が多発していた列車モニタ装置を撤去。

VVVFインバータ制御への改造工事[編集]

京急では2001年度以降、新1000形を8両編成・4両編成として車両増備を実施してきた。一方、6両編成の新造は2011年まで長らく実施していなかったため、旧1000形6両編成の置き換え用として新1000形投入で捻出された本形式の界磁チョッパ車8両編成(6M2T)と4両編成(4M))の組み換えを実施し、6両編成2本(6M・4M2T)へと改造を実施することとなった[9]

ただし、4M2T編成については加速性能に不足が生じることから、車両性能向上と省エネルギー化の促進のためVVVFインバータ制御へと改造することとなった。この改造工事は2006年9月に竣工した1649編成を最初に順次施工を進めている。

編成組み換えにあたっては、パンタグラフを1編成で3台ずつの搭載とするため、6M2Tを組む8両編成の浦賀寄りから6両目と7両目を抜き取り、残った4M2Tの6両編成の電動車をVVVFインバータ制御に改造した。なお、抜き取られた6両目・7両目の中間車は順序を入れ換えて、界磁チョッパ制御の他の4両編成または6両編成に組み込んで6両編成または8両編成化した。

ただし、4M2T編成を組む6編成のVVVFインバータ制御化は2008年度で終了した。2009年度からは6Mの編成から3両目と4両目の電動車を付随車化(デハ1500形→サハ1900形)し、残る電動車をVVVFインバータ制御とした4M2T編成への改造を実施している。

改造内容[編集]

床下では界磁チョッパ制御機器を撤去し、VVVFインバータ制御装置と周辺機器に置き換えた。このVVVFインバータ装置は加減速性能について新1000形と同等の性能が発揮できるように設計されている。なお、このVVVFインバータ装置は当初、本形式の改造車用として設計されたものであるが、途中に新1000形6次車以降に搭載することが決定したために、両車両に搭載可能なよう設計の見直しが実施された経緯がある[9]

VVVFインバータ装置・主電動機は東洋電機製造三菱電機製の2社の機器があり、制御装置はIGBT素子を使用した1C4M2群制御である。主電動機は155kW出力のかご形三相誘導電動機を搭載した。駆動装置については界磁チョッパ制御車のままで、歯車比は変更ない。このほか、ブレーキ装置については従来のMBS-R方式で変更はないが、均一ブレーキ制御から回生ブレーキを有効活用できるT車遅れ込め制御に変更した。

VVVFインバータ制御化改造後の制御装置・主電動機メーカーは界磁チョッパ時代と同一である。施工車には前述の更新工事と同時に施工されたものと、更新工事後に別途施工したものがある。主電動機点検蓋は同様の改造を行った他社車両には廃止した例もあるが、本形式では改造前の状態で残存している。

改造後の編成、改造年月、工事方法を下表に示す。()内は旧番号。

M1c M2 Tu Ts M1' M2c 電装品 改造年月 工事方法
1529 1530 1931
(1617)
1932
(1616)
1531 1532 東洋 2011年8月 VVVF単独
1533 1534 1933
(1635)
1934
(1634)
1535 1536 東洋 2012年10月 VVVF単独
1537 1538 1935
(1629)
1936
(1628)
1539 1540 東洋 2013年8月 VVVF単独
1545 1546 1939
(1653)
1940
(1652)
1547 1548 三菱 2011年2月 VVVF単独
1549 1550 1941
(1623)
1942
(1622)
1551 1552 三菱 2012年2月 VVVF単独
1601 1602 1925
(1605)
1926
(1604)
1603 1606 東洋 2010年3月 VVVF単独
1607
1608 1927
(1611)
1928
(1610)
1609 1612 三菱 2010年8月 VVVF単独
1637 1638 1929
(1639)
1930
(1640)
1641 1642 三菱 2009年9月 VVVF単独
1643 1644 1915 1916 1645 1648 東洋 2007年3月 更新併施
1649 1650 1917 1918 1651 1654 三菱 2006年9月 更新併施
1613 1614 1901 1902 1615 1618 三菱 2007年10月 VVVF単独
1619 1620 1903 1904 1621 1624 三菱 2008年3月 VVVF単独
1625 1626 1905 1906 1627 1630 東洋 2009年2月 VVVF単独
1631 1632 1911 1912 1633 1636 東洋 2008年8月 VVVF単独

1649編成から抜き取られたデハ1652-デハ1653は1545編成に、1643編成から抜き取ったデハ1646-デハ1647は1541編成に組み込んでそれぞれ6両編成化された。1613編成から抜き取られたデハ1616-デハ1617、1619編成から抜き取られたデハ1622-デハ1623、1625編成から抜き取られたデハ1628-デハ1629、1631編成から抜き取られたデハ1634-デハ1635はそれぞれ1601編成、1607編成、1541編成、1545編成に組み込まれて8両編成化されたが、その後、新1000形の増備に伴って界磁チョッパ制御の8両編成は消滅している。

2009年に本工事施工の1637編成からは、従来、界磁チョッパ制御であった6両編成をVVVF制御に改造している。同編成の1929-1930は、1640-1641を電装解除の上、車両の順位を入れ替えて1639-1642の中間に挿入したものである。

優先席の増設[編集]

優先席は奇数号車品川方山側および偶数号車浦賀方海側に設置されていたが、2005年以降に更新された編成には優先席が増設され、既存のものと点対称位置のシートも優先席とされた。現在は全編成増設完了。1541編成は2009年の重要部検査の際に新1000形8次車と同様、優先席付近の握り棒に黄色いカバーが取り付けられ、他の編成にも順次取り付けられている。

改番[編集]

2013年には、1637編成が1585編成に改番された。順次他の1600番台の編成も改番される予定である[10]

その他の改造工事[編集]

  • 1601編成のデハ1601には1000形デハ1125から移設した架線観測装置を搭載していたが、更新工事に伴い600形605編成の605-1に再度移設した。
  • 1997年(平成9年)4月7日に安針塚駅 - 京急田浦駅間で、がけ崩れによる脱線事故に巻き込まれた1533編成のうち、損傷のひどかったデハ1536の車体は載せ替えられ、2代目となっている。
  • 2010年(平成22年)11月と12月に、6両編成の先頭車に設置されていた電気連結器が撤去された。これは、6両編成が他編成との併結を行わず、普通電車主体で運用されるためである。

運用[編集]

4両編成は普通列車と優等列車増結用が主体で、普通列車としては主に大師線で運用される。1998年までの終夜運転では、4両編成が都営浅草線を経由して京成金町線京成金町駅まで乗り入れていた。なおごく稀ではあるが4両編成を2本つないだ8両編成でエアポート急行の運用に入る事がある。

6両編成は1993年から2003年までは1637編成1編成のみで、この間は800形や1000形に交じって普通列車(一部京急線内急行)に運用された。1000形6両編成の廃車進行に伴い、8両編成(1600番台のみ)と4両編成を6両編成に組み替える例が増え、普通列車を中心に、エアポート急行にも使用されている。

8両編成は登場当初は京急線内のみで運用されたが、1989年7月以降は都営浅草線や京成線・北総線への直通運転を中心に運用されている。なお2010年以降の直通運転の運用は1700番台のみに限定されている。

2100形600形新1000形2000形とも連結可能である。

京急社内で使用されている列車の車両組成を表す表には4両編成が「4S」、6両編成が「6S」、8両編成が「8S」[11]と表記される。

特別塗装[編集]

1501編成 大師線赤札号

川崎大師の大開帳奉修に合わせ、2014年5月1日から31日まで「大師線赤札号」として大師線用1501編成の白帯部分をラッピングで消して赤一色に変更して運転された[12]

廃車[編集]

2012年(平成24年)9月24日に追浜駅 - 京急田浦駅間で脱線事故に巻き込まれた1701編成は、事故後休車状態となっていたが、2013年9月6日付で廃車となった。本形式初の廃車である[13]

脚注[編集]

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  1. ^ 『京急ファン』1985年4月号に掲載された記事による。『写真で見る京急100年の歩み』によるとアルミ車の営業運転開始は1988年(昭和63年)1月11日、VVVFインバータ車の運転開始は1990年(平成2年)10月5日
  2. ^ a b JTBキャンブックス「京急の車両 - 現役全形式・徹底ガイド - 」を参照。
  3. ^ 質量はTDK-6160Aが650kg、MB-5043Aが640kgであるほか、最高回転数はTDK-6160Aが4,840rpm、MB-5043Aが5,000rpmと異なる。
  4. ^ 『鉄道ファン』1990年11月号 P.88掲載の表による。
  5. ^ 『東洋電機技報』第115号、2007年3月発行による
  6. ^ 鉄道ピクトリアル』1989年11月号に掲載された記事による
  7. ^ 鉄道ピクトリアル2002年10月臨時増刊号鉄道車両年鑑を参照。
  8. ^ 1601・1607編成を除く
  9. ^ a b 鉄道ピクトリアル2007年10月臨時増刊号参照。
  10. ^ 京急1500形1637編成が改番される”. railf.jp(鉄道ファン・交友社) (2013年9月28日). 2013年9月28日閲覧。
  11. ^ 『京急ダイヤ100年史』p274
  12. ^ 10年に一度の川崎大師大開帳奉修特別記念企画実施! (pdf)”. 京浜急行電鉄 (2014年4月21日). 2014年9月7日閲覧。
  13. ^ 交通新聞社鉄道ダイヤ情報」2014年1月号(通巻380号)に掲載された記事による

参考文献[編集]

  • 「私鉄車両めぐり 136 京浜急行電鉄」『鉄道ピクトリアル』1988年8月臨時増刊号(通巻501号)掲載
  • 「私鉄車両めぐり 160 京浜急行電鉄」『鉄道ピクトリアル』1998年7月臨時増刊号(通巻656号)掲載
  • 「新車ガイド 京急1500形VVVF車登場」『鉄道ファン』1990年11月号(通巻355号)掲載
  • 「京浜急行電鉄株式会社1500形VVVF インバータ制御システム」『東洋電機技報』115号掲載
  • 『VVVF INVERTER CAR KHK 1500』京浜急行電鉄 1990年配布
  • JTBキャンブックス「京急の車両 - 現役全形式・徹底ガイド - 」
  • 鉄道図書刊行会「鉄道ピクトリアル」
    • 2002年10月臨時増刊号鉄道車両年鑑2002年版「京浜急行電鉄1500形(鋼鉄製車体)更新工事」(京浜急行電鉄(株)運転車両部車両課、鬼武朋之 著)
    • 2007年10月臨時増刊号鉄道車両年鑑2007年版「京浜急行電鉄1500形VVVFインバータ制御化改造」(京浜急行電鉄(株)鉄道本部運転車両部車両課、小野俊光 著者)
  • 吉本尚 『京急ダイヤ100年史』 電気車研究会1999年ISBN 4885480930

外部リンク[編集]