京哈線
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| 京哈線 | |
|---|---|
| 路線総延長 | 1,249 km |
| 軌間 | 1,435 mm |
| 電圧 | 25kV 50HZ 架空電車線方式(交流) |
| 最高速度 | 250 km/h |
| 京哈線 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 京哈鐵路 |
| 簡体字: | 京哈铁路 |
| 拼音: | Jīnghā Tiělù |
| 発音: | ジンハー ティエルー |
| 英文: | Jingha Railway |
京哈線(けいはせん)は中華人民共和国の中国国鉄の鉄道路線。北京市と黒竜江省ハルビン市を連絡する全長1,249kmの路線。北京〜秦皇島は京秦線と、瀋陽北〜ハルビンは哈大線との重複区間となっている。中国国鉄の主要幹線である「八縦八横」の一つ。
目次 |
歴史 [編集]
京哈線は1881年(光緒7年)6月に中国人が初めて建設を開始した鉄道路線、唐胥線を東西へそれぞれ延長して完成した。1901年(光緒27年)に北京正陽門まで、1911年(宣統3年)に瀋陽総駅まで開通した。哈大線との重複区間に関しては東清鉄道を参考されたし。
開業後、北京〜瀋陽(奉天)間は京奉線と呼ばれていたが、満州国成立に伴い北京〜山海関間を北寧線、山海関〜瀋陽間を奉山線と改称した。日本敗戦後は再び統一され、名称も京瀋線に改められた。近年になって所要時間短縮の為、天津経由から薊県経由へ変更されている。
年表 [編集]
- 1881年11月 - 唐山開平~胥各庄間(路線距離9.7km、軌間1,435mm(標準軌))が「唐胥鉄道」として開通(清国の北洋通商大臣李鴻章が設立した鉱山開発会社・開平礦務局が開灤炭鉱の石炭輸送を目的に建設した、中国が自主的に建設した最初の鉄道路線。なお、開通当初はラバで貨車を牽引する「馬車鉄道」であった)。
- 1882年 - 蒸気機関車の運用を開始。
- 1888年8月 - 天津まで延長。
- 1893年 - 臨楡(山海関)まで延長、「津楡鉄道」に改称される。
- 1897年 - 北京城外の馬家堡(後の北京南駅)まで延長。
- 1901年 - 正陽門東駅(後の北京駅)まで延長。
- 1907年8月 - 「京奉線」(京奉鉄道)へ改称。
- 1912年 - 奉天城駅(瀋陽北駅)まで延長。
- 1928年 - 南京国民政府の樹立により「北京」は「北平」に改称され、京奉線も「平奉線」に改められた。
- 1929年4月 - 奉天省が遼寧省に、奉天市が瀋陽市に改称。路線名も「北寧線」(北寧鉄道)に改称された。
- 1932年 - 満州国の成立により北寧線は東西に分断。後に山海関以東は満州国鉄「奉山線」となる。
- 1938年 - 華北交通設立。北京~山海関間を「京山線」として運営。
- 1945年 - ソ連軍侵攻と日本敗戦により満州国崩壊。国民政府の下で再び北寧線に統合される。
- 1949年10月 - 中華人民共和国成立。都市名が「北平」から「北京」に戻り、北寧線は「京瀋線」に改称。
- 1994年11月11日 - 軌道直下の炭坑が原因で軌道敷が沈下。新線を建設し唐山駅(現:唐山南駅)経由から唐山北駅(現:唐山東駅)経由へ経路変更。
- 2006年12月31日 - 京滬線経由から京秦線経由に変更し、天津~山海関間は「津山線」と改称。山海関、皇姑屯間を秦瀋旅客専用線に変更、旧線は「瀋山線」と改称。
接続路線 [編集]
- 北京駅:京滬線、京広線
- 北京東駅:双沙線(京包線、京通線)
- 双橋駅:京承線
- 薊県南駅:津薊線
- 狼窩鋪駅:津山線、京秦線
- 北戴河駅:津秦旅客専用線
- 秦皇島駅:大秦線
- 山海関駅:瀋山線
- 皇姑屯駅:瀋山線
- 瀋陽北駅:哈大線、瀋吉線
- 四平駅:四梅線、平斉線
- 長春駅:長白線、長図線
- ハルビン駅:浜洲線、浜綏線、浜北線、拉浜線
主要駅一覧 [編集]
北京 - 北京東 - 双橋 - 薊県南 - 秦皇島 - 山海関 - 葫蘆島北 - 錦州南 - 皇姑屯 - 瀋陽北 - 鉄嶺 - 四平 - 長春 - 徳恵 - 陶頼昭 - ハルビン
関連項目 [編集]
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