交響曲第2番 (リヒャルト・シュトラウス)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

交響曲第2番 ヘ短調 作品12は、リヒャルト・シュトラウス1883年から1884年にかけて作曲した交響曲。全曲を通して演奏するのに約42分を要する。

概要[編集]

《ヘ短調交響曲》初演から数年後のリヒャルト・シュトラウス

1880年の《交響曲 第1番 ニ短調》AV.69が未出版のままで実質的に忘れられていることから、《第2番》が番号なしで単に《交響曲ヘ短調》と呼ばれる場合もある。作品目録ではTrV.126や、Hanstein A.I.2.といった番号が添えられることがある一方、ミュラー・フォン・アゾフが編集した作品一覧では、編集者独自の整理番号は付けられていない。

まだ青年期の作品であるため、強烈な独創性を発揮するには及んでいないが、楽曲の構成や展開、楽想の処理に習作めいた未熟さは微塵もなく、バランスのとれた楽器配置は、来たるべき管弦楽法の巨匠の姿を予告している。また、ベートーヴェンを筆頭とする19世紀ドイツオーストリアの交響曲作家の伝統(メンデルスゾーンシューマンラフブルックナーブラームスドヴォルザーク)を折衷的に統合しながら、自身の進むべき先を見出そうとする気概も感じさせる。

楽器編成[編集]

フルート2、オーボエ2、クラリネット(変ロ管)2、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバ1、ティンパニ弦五部による標準的な2管編成が採られている。

楽曲構成[編集]

通常の4楽章で構成されているが、スケルツォ楽章と緩徐楽章の位置が逆転した、ベートーヴェンの《第9交響曲》と同じ楽章配置が採られており、第1、第4楽章の展開部ではベートーヴェン中期(いわゆる「傑作の森」の時期)からのオマージュが垣間見られる[1]

第1楽章 Allegro・ma・non・troppo、un・poco・maestoso (ヘ短調、2/4拍子)

3つの主題によるソナタ形式の急速楽章である。クラリネットとファゴットの導入によって開始され、第1主題はクラリネットとチェロの伴奏に合わせて、第1ヴァイオリンヴィオラにより提示される。ちなみに第139小節 - 第143小節(半音階的に変化しながら順次進行する下降線)は、《交響曲第7番》の緩徐楽章に、第193小節 - 第199小節(単一の不協和音をトゥッティで繰り返し連打)は、《「英雄」交響曲》第1楽章の展開部にそれぞれ由来している[1]

第2楽章 Scherzo:Presto (変イ長調、3/4拍子)、トリオ(ハ短調

ぼかされた調性感(変位和音や慌ただしい転調)や、金管楽器の活躍、軽快で神秘的なテクスチュアによっていかにもブルックナー風に開始する。一方で重厚でしめやかなトリオ(中間部)は、ブラームスばりに低音域や中音域を強調している。コーダでトリオ主題が変イ長調で回想され、簡潔な締め括りに至る。

第3楽章 Andante・cantabile (ハ長調、3/8拍子)

音による詩的な風景画というべき幻想的な内容を持ち、とりわけドヴォルザークの交響曲の歌謡楽章を連想させる。纏綿たる抒情が繰り広げられる中、第1楽章から取られた金管楽器のモチーフが移行部を割り込んでいく。

第4楽章 Finale:Allegro・assai molto・apassionato (ヘ短調―ヘ長調、アラ・ブレーヴェ)

第1主題は、「トレモロに伴奏されて上昇してゆく、激した低音楽器の旋律であり、非常にブルックナー風に響く」[2]。結末に近付くと、練習番号にしてTとUのほぼ中間地点で、先行3楽章の回想が行われる。ブルックナーの1873年版の《「ワーグナー」交響曲》もまた、終楽章の同様の箇所で先行楽章の主題を回想している[3]。なお第346小節~第349小節(属和音の上の上昇モチーフを繰り返して激しさを増す方法)は、同じヘ短調の《エグモント序曲》に由来している[1]

初演と評価[編集]

初演はセオドア・トマスの指揮により、1884年12月にニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団によって上演された[4]。ヨーロッパ初演は作曲者自身の指揮により、1885年10月に行われ、同夜に自作のカデンツァにより、モーツァルトの《ピアノ協奏曲 第24番》のソロを演奏している[5][6]1887年にはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団を指揮して再演した[7]。同年ミラノで指揮した際は、スケルツォ楽章が好評を呼んで2度繰り返さなければならなかった[8]

ヨハネス・ブラームスの当初の反応は、わずか2語「全く結構(ganz hübsch)」であったという[9]。後にブラームスは、シュトラウス青年に「シューベルトの舞曲にきちんと目を通す」ように、また、「主題のちぐはぐさ」に用心するように奨めつつ、「リズム面で対比された1種類の三和音をたくさん積み上げていくやり方は、何の能もない」ことを、口を酸っぱくして助言した[10]

シュトラウスは自作をいくつか録音したが、本作の録音は遺さなかった。本作を録音した主要な指揮者に、ミヒャエル・ハラースネーメ・ヤルヴィ若杉弘の名が挙げられる。また、2台ピアノ版も録音されている。

出典[編集]

  1. ^ a b c Youmans (2005), p. 236
  2. ^ Youmans (2005), p. 237
  3. ^ Nowak (1975)
  4. ^ Kennedy (1976), p. 6
  5. ^ Kennedy (1999), p. 40
  6. ^ Kennedy (1976), p. 9
  7. ^ Schuh (1982), p. 100
  8. ^ Jefferson (1975), p. 19
  9. ^ Kennedy (1999), p. 41
  10. ^ Kennedy (1976), p. 9

参考文献[編集]

  • Bloomfield, Theodore (1974). "Richard Strauss's Symphony in F minor" March Music and Musicians
  • Del Mar, Norman (1962). London Richard Strauss: A Critical Commentary on his Life and Works Barrie and Rockliff
  • 平野昭 (1993). Denon CO-75860 (日本コロムビア
  • Jefferson, Alan (1975). London Richard Strauss Macmillan London Limited
  • Kennedy, Michael英語版 (1999). Cambridge Richard Strauss: Man, Musician, Enigma Cambridge University Press
  • Schuh, Willi (1982). Cambridge Richard Strauss: a chronicle of the early years 1864—1898 Cambridge University Press. Whittall (translator) Mary
  • Youmans, Charles (2005). Bloomington and Indianopolis Richard Strauss's Orchestral Music and the German Intellectual Tradition: The Philosophical Roots of Musical Modernism Indiana University Press

備考[編集]

外部リンク[編集]