井草八幡宮
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 井草八幡宮 | |
|---|---|
| 所在地 | 東京都杉並区善福寺1-33 |
| 主祭神 | 八幡大神(古代では春日神) 応神天皇 |
| 社格等 | 旧郷社・別表神社 |
| 別名 | 遅野井八幡宮(明治期まで) |
| 例祭 | 例大祭宵宮祭(9月30日) 例大祭当日祭(10月1日) 行事(10月2日)など |
| 主な神事 | 神幸祭(3年に一度) 流鏑馬(5年に一度) 青梅街道渡御(上記以外の年) |
井草八幡宮(いぐさはちまんぐう)は、東京都杉並区の青梅街道沿いにある神社である。祭神は八幡大神(応神天皇)。別表神社。この地域一帯は遅野井とも称され、明治期までは遅野井八幡宮とも呼ばれていた。
目次 |
[編集] 由緒
縄文期から人々が生活していた此の地に神が祀られ、神社としての形態をととのえたのは平安時代末期といわれている。当初は春日神を祀っており、源頼朝が奥州討伐の折、八幡神を合祀して戦勝を祈願して以来八幡宮を合祀し、後年春日社を末社として奉斎するようになった。また、頼朝が起請(文治5年)して霊験を得、松を手植し奉献したと伝えられる老松「天然記念物-井草八幡の松」があったが、老松(高さ約40m)は1973年(昭和48年)に枯れてしまった。現在その樹根の一部が当社回廊に飾られている。
文明9年には太田道灌が石神井城の豊島氏を攻むるに当たり、戦勝祈願をしたと云い伝えられている。
江戸幕府三代将軍の徳川家光は、寺社奉行井上正利をして社殿を造営し、 慶安2年に朱印領六石を寄進している。以降幕末まで歴代将軍から朱印地の寄進があった。その頃、氏子崇敬者により、石燈篭、石鳥居、狛犬、手水盤などが奉献された。
明治以降も氏子崇敬者によって社殿の改修や増築が繰り返され、同時に植林も行われて、都内でも有数の広大な社叢を誇る。 また、文華殿(宝物館)、民俗資料館、幼稚園を設置している。
[編集] 文化財
- 顔面把手付釣手形土器(重要文化財)
[編集] 交通(バス)
- JR中央本線荻窪駅北口バスターミナル0または1番乗り場より荻32武蔵関駅行・荻34北裏行・荻36南善福寺行・荻30青梅街道営業所行 井草八幡宮下車
- JR中央本線西荻窪駅北口バスターミナル2番乗り場より西01青梅街道営業所行・西02上石神井駅行・西03大泉学園駅行 桃井第四小学校下車
- JR中央本線西荻窪駅北口バスターミナル3番乗り場より青梅街道営業所行 井草八幡宮下車(本数少 西荻窪駅行きは井草八幡宮通過なので上段系統に桃井第四小学校より乗車)
- 西武新宿線上石神井駅より西02・西03西荻窪駅行 桃井第四小学校下車
- 西武新宿線武蔵関駅より荻32荻窪駅行 八幡宮裏下車
- 西武新宿線井荻駅より青梅街道営業所行 八幡宮裏下車(本数少 井荻駅行きは八幡宮裏通過の為善福寺から乗車)
- 西武新宿線下井草駅より青梅街道営業所行 八幡宮裏下車(本数少 下井草駅行きは八幡宮裏通過の為善福寺から乗車)