井坂亮平
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 東北楽天ゴールデンイーグルス #13 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 茨城県取手市 |
| 生年月日 | 1984年10月19日(27歳) |
| 身長 体重 |
186cm 75kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2008年 ドラフト3位 |
| 初出場 | 2009年5月5日 |
| 年俸 | 1,650万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
井坂 亮平(いさか りょうへい、1984年10月19日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] プロ入り前
茨城県取手市出身。取手東中学校を経て、藤代高校に入学。2年次の2001年、センバツ甲子園に出場(3回戦敗退)し、初戦の四日市工戦で完封勝利。東都の中央大学では、大学2年時に右肘を故障、3年時に右肘を手術した。4年次の2006年にはエースとして活躍。東都一部リーグで4試合に登板し1勝0敗。2部リーグで17試合に登板し2勝2敗。中澤雅人は大学の同期である。
大学卒業後は住友金属に入社。野球部では1年目から活躍。第78回都市対抗野球出場に貢献したが、この際に肘を故障。2007年8月に右肘の靱帯を手術。
2008年、チームは第79回都市対抗野球への出場は逃したものの、藤澤英雄らと共に富士重工業の補強選手として名前が挙がったが、当時の投手コーチ阿波野秀幸に肘の状況を心配され辞退。社会人野球日本選手権大会に出場し、故障明けながらMAX148km/hを記録。
2008年のドラフト会議で東北楽天ゴールデンイーグルスから3位指名を受け、入団。背番号は13。
[編集] プロ入り後
- 2009年
- 春季キャンプでは一軍入りするも、フォームが固まらず開幕一軍入りはならず。二軍でも防御率8点台の0勝3敗と結果を残していなかったが、チームの先発投手不足もあり5月5日に一軍昇格。同日の埼玉西武ライオンズ戦で初登板・初先発を果たし、6回3失点でプロ初勝利。初登板初先発での勝利投手は球団史上初であった[1]。8月、肺気胸が見つかり戦線離脱。その後一軍復帰はできなかったものの、このシーズンは2勝を挙げ同じくルーキーの藤原紘通と共に即戦力としてチームの好成績に貢献した。
- 2010年 - 2011年
- 先発ローテに完全定着とはならなかったものの、2010年6月24日の西武戦で9回2失点でプロ初完投、2011年10月5日の日本ハム戦ではダルビッシュ有に投げ勝つ[2]など、2年で5勝をマーク。2011年オフには片山博視と共にオーストラリアのウィンターリーグに派遣された[3]。
[編集] プレースタイル
186センチの長身から投げる平均球速約139km/h[4]、最速153km/hのストレートとスライダー、カットボールを中心に、フォーク・カーブを駆使した投球術が持ち味。2011年には星野仙一監督から直々にツーシームを教わり投球の幅が広がった[2]。
[編集] 人物
新人合同自主トレのときにブルペンで投球した際、杉山賢人投手コーチに「球の質は岩隈以上」と絶賛された[5]。
2008年4月、中学の同級生の女性と結婚。楽天入団時点で既に結婚していたため、チームの合宿所には入っていない。2009年9月18日に第1子(長女)が誕生した[6]。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | 楽天 | 15 | 7 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 0 | 1 | .400 | 246 | 54.0 | 67 | 6 | 21 | 1 | 0 | 23 | 1 | 0 | 36 | 34 | 5.67 | 1.63 |
| 2010 | 7 | 7 | 1 | 0 | 0 | 2 | 4 | 0 | 0 | .333 | 164 | 35.1 | 50 | 5 | 12 | 0 | 2 | 17 | 0 | 0 | 24 | 20 | 5.09 | 1.76 | |
| 2011 | 15 | 12 | 0 | 0 | 0 | 3 | 5 | 0 | 0 | .375 | 297 | 66.2 | 80 | 5 | 16 | 0 | 6 | 25 | 0 | 1 | 35 | 32 | 4.32 | 1.44 | |
| 通算:3年 | 37 | 26 | 1 | 0 | 0 | 7 | 12 | 0 | 1 | .368 | 707 | 156.0 | 197 | 16 | 49 | 1 | 8 | 65 | 1 | 1 | 95 | 86 | 4.96 | 1.58 | |
- 2011年シーズン終了時
[編集] 記録
- 初登板・初先発・初勝利:2009年5月5日、対埼玉西武ライオンズ5回戦(西武ドーム)、6回3失点
- 初奪三振:同上、1回裏に中島裕之から
- 初ホールド:2009年5月25日、対横浜ベイスターズ2回戦(横浜スタジアム)、6回裏無死に3番手で救援登板、2回無失点
- 初完投勝利:2010年6月24日、対埼玉西武ライオンズ11回戦(クリネックススタジアム宮城)、9回2失点
[編集] 背番号
- 13 (2009年 - )
[編集] 登場曲
- 「LIFE」 キマグレン(2009年 -)
[編集] 出典
- ^ 「まさかの井坂!初登板1勝にノムさん仰天」 スポーツニッポン(2009年5月6日)、2011年11月26日閲覧。
- ^ a b 「井坂自己最多3勝目 ダルに投げ勝った」 日刊スポーツ(2011年10月6日)、2011年11月26日閲覧。
- ^ 「オーストラリア・ウィンターリーグ参加選手に関して」 東北楽天ゴールデンイーグルス(2011年11月20日)、2011年11月26日閲覧。
- ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、66頁。ISBN 978-4-905411-04-8。
- ^ 「楽天3位ルーキーは掘り出し物? 杉山コーチが井坂を大絶賛」 中日スポーツ(2009年1月24日)、リンク切れ。
- ^ 「井坂亮平選手に第一子(長女)が誕生」 東北楽天ゴールデンイーグルス(2009年9月19日)、2011年11月26日閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
||||||||||||||||||||||||||
|
||||||||