井上真二
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 | |
| 出身地 | 熊本県玉名郡南関町 |
| 生年月日 | 1966年7月12日(43歳) |
| 身長 体重 |
181cm 85kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 外野手 |
| プロ入り | 1984年 ドラフト5位 |
| 初出場 | 1985年10月9日広島戦(広島) |
| 最終出場 | 1997年8月20日阪神戦(東京D) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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井上 真二(いのうえ しんじ、1966年7月12日 - )は、元プロ野球選手。ポジションは外野手。右投右打。
目次 |
[編集] 来歴・人物
熊本工業卒業。1985年ドラフト5位で巨人に入団。プロ2年目の1986年と3年目の1987年に2年連続でイースタンリーグの本塁打王に輝くなど大器の片鱗を見せる。
5年目の1989年5月3日に阪神タイガースの池田親興から代打でプロ入り初本塁打を放つ。それをきっかけにレギュラーに定着し、6月15日時点で打率.403、6月25日までの2か月足らずで11本塁打を放って一時期新人王の最有力候補に挙げられる。同じくこの年に台頭した2年後輩の緒方耕一と共に「熊工コンビ」と呼ばれ人気を集め、同年のオールスターゲームにもファン投票選出で出場した。しかし6月下旬あたりから打撃に陰りが出始め、8月中旬には緒方にライトのレギュラーを奪われ、守備固めや代打での起用が中心となった。久々のスタメンとなった同年8月31日の試合で阪神マット・キーオから左側頭部にデッドボールを受け、9月6日に一軍登録を抹消されるが同月中に復帰を果たす。最終的に打率.298、12本塁打、38打点と自己最高の成績を残すが、新人王のタイトルは自身と同い年でヤクルトスワローズの即戦力ルーキー笘篠賢治に奪われた。
1990年は、それぞれレフトとセンターのレギュラーに元々定着していた原辰徳とクロマティのほか、吉村禎章の復活や左投手対策で獲得した西岡良洋、新外国人マイク・ブラウンの加入や内外野兼任の緒方耕一の存在など、外野手の層がかなり厚くなったことから一軍定着もままならなくなる。それでも、同年8月には、2試合にまたがって3打数連続本塁打を記録するなど、潜在能力は前年の活躍を裏付けるものを持っていたが、突発的な活躍も前年のままで、結局その3本塁打に終わる。
その後は二軍では活躍するものの、一軍では8年間で1本塁打と振るわず、1998年を最後に現役引退。引退後は巨人で球団職員を経た後、2001年から二軍で打撃コーチや外野守備コーチを歴任、2004年と2005年は一軍打撃コーチとなり、2006年に再び二軍打撃コーチとなった。2007年からは巨人のスカウトを務めている。二軍での通算125本塁打は現在でもイースタン・リーグ記録である。
[編集] エピソード
- 1989年の日本シリーズで、途中から入ったライトのポジションで、ウィニングボールをキャッチしている。
- 守備には定評があり、一軍では無失策で現役を終えた。
- 一軍定着時の活躍が鮮烈だったため、一部のファンからは頭部への死球をきっかけに打てなくなったと思われている節がある[1]。しかし、客観的な数字を見る限りそれ以前から打てなくなっていた(89年8月の成績は32打数7安打.219、0本塁打)。
- 2005年に草薙球場で行われた「巨人阪神OB戦」で、主に張本勲の守備固めとして出場していた。しかしその日唯一の打席でホームランを放ち、見事その試合のMVPに輝いた。
[編集] 通算成績
| 年度 | 球団 | 背番 | 試合 | 打数 | 得点 | 安打 | 二打 | 三打 | 本打 | 塁打 | 打点 | 盗塁 | 盗刺 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺 | 打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1985 | 巨人 | 52 | 7 | 11 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | .273 |
| 1986 | 8 | 6 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | .333 | ||
| 1988 | 26 | 15 | 1 | 4 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | .267 | ||
| 1989 | 81 | 205 | 33 | 61 | 10 | 1 | 12 | 109 | 38 | 4 | 0 | 5 | 4 | 23 | 5 | 36 | 8 | .298 | ||
| 1990 | 53 | 85 | 10 | 23 | 5 | 1 | 3 | 39 | 12 | 0 | 1 | 1 | 1 | 4 | 2 | 18 | 2 | .271 | ||
| 1991 | 21 | 23 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 9 | 2 | .043 | ||
| 1992 | 6 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .000 | ||
| 1993 | 10 | 7 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | .429 | ||
| 1994 | 11 | 10 | 2 | 1 | 0 | 0 | 1 | 4 | 1 | 0 | 1 | 1 | 0 | 2 | 0 | 6 | 0 | .100 | ||
| 1995 | 28 | 26 | 1 | 7 | 4 | 0 | 0 | 11 | 5 | 0 | 0 | 2 | 1 | 1 | 1 | 6 | 0 | .269 | ||
| 1996 | 28 | 40 | 1 | 7 | 2 | 0 | 0 | 9 | 4 | 1 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | 12 | 0 | .175 | ||
| 1997 | 10 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .000 | ||
| 通算 | 289 | 443 | 49 | 112 | 22 | 2 | 16 | 186 | 60 | 5 | 2 | 11 | 6 | 37 | 9 | 103 | 14 | .253 | ||
- 初出場 1985年10月9日広島戦(広島) 5回宮本の代打、川端の前に凡退
- 初安打 1985年10月16日広島戦(後楽園) 川端から単打
- 初本塁打・初打点 1989年5月23日阪神戦(東京D) 7回池田から代打2ラン
[編集] 背番号
- 52(1985 - 1998)
- 72(2001 - 2005)
- 71(2006)
[編集] 関連項目
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