二子塚古墳 (太子町)

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二子塚古墳
位置 北緯34度30分39.1秒
東経135度39分5.9秒
所在地 大阪府南河内郡太子町山田
形状 双方墳
規模 長辺60m 短辺25m 
築造年代 7世紀
埋葬施設 横穴式石室
史跡指定 国の史跡(1956年指定)
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二子塚古墳(ふたごづかこふん)は、大阪府南河内郡太子町山田に所在する終末期古墳磯長谷古墳群に属しており、国の史跡に指定されている。

概要[編集]

二子塚古墳は山田高塚古墳(伝推古天皇陵)の東南約200mの丘陵尾根上にある。墳丘がかなり破壊されているので2つの古墳のように見えるが、2基の方墳が連接した双方墳または長方墳ともいうべきものである。墳丘は北東から南西方向に築かれ、長辺60m、短辺25m、高さは北丘で4.8m、南丘は6mの規模をもつ。北丘・南丘それぞれの中心部に南東を入口とする横穴式石室が各一基ずつあり、北丘の石室は露出している。内部には刳抜式の石棺がそれぞれ1基ずつ収められている。これらの石棺は家形石棺から、さらに様式化が進んだとみられる蒲鉾型の蓋(縄掛突起が退化している)をもつ。石室内部には築造当初に漆喰が塗られていたとみられる痕跡が残っている。1956年に国の史跡に指定されている。

参考文献[編集]

石部正志編 『河内飛鳥を訪ねてみよう』 1989年 71頁‐74頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]