乳幼児突然死症候群

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乳幼児突然死症候群
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概要
分類および外部参照情報
ICD-10 R95
ICD-9-CM 798.0
OMIM 272120
DiseasesDB 12633
MedlinePlus 001566
eMedicine emerg/407
Patient UK 乳幼児突然死症候群
MeSH D013398

乳幼児突然死症候群(にゅうようじとつぜんししょうこうぐん、英語: Sudden infant death syndromeSIDSシッズ)は、何の予兆もないままに、主に1歳未満の健康にみえた乳児に、突然死をもたらす疾患である[1]。「予期せぬ乳幼児突然死(英:Sudden Unexpected Infant Death(SUID)、Sudden Unexpected Death in Infancy(SUDI)」の1種である[2]。アメリカなどでは、俗に「cot death」や「crib death」と呼称する。2005年4月18日、厚生労働省が公表したSIDSに関するガイドラインによると「SIDSは疾患とすべきでない」という意見もある。

疫学[編集]

2014年の人口動態統計では、日本において147名の乳幼児(男児91名、女児56名)がSIDSで死亡したと診断され、「先天奇形,変形及び染色体異常」、「周産期に特異的な呼吸障害等」に次いで乳児の死亡原因の第3位となっている。

診断基準上は原則1歳未満とされているが、実際には月齢2か月から6か月程度の乳児における死亡がほとんどである。

症状[編集]

厚生労働省のSIDS診断ガイドラインによる定義は以下の通りである。

それまでの健康状態および既往歴からその死亡が予測できず、しかも死亡状況調査および解剖検査によってもその原因が同定されない、原則として1歳未満の児に突然の死をもたらした症候群 — SIDS診断ガイドライン, [1]

SIDSは症状の申告だけで正確な診断ができるわけではない。例えば、死亡に先立って、その児を損なうような行為があり、静かになったことが眠ったように見えた場合、「眠っていた(と思っていた)のに死んでいた」という申告だけを聞いて病死という診断をしたならば、誤診になる可能性は高くなる可能性がある。

そこで法医学のなかでも正確な診断にこだわる人々は、医学的な結論を出す前に犯罪の可能性と事故の可能性を否定するための調査を慎重にとりおこなう。これを死亡状況調査と言い、最新のSIDS診断基準ではSIDSであることを確認する前提として必須とされる。

原因[編集]

2016年現在、SIDSの原因は不明である。単一の原因で説明可能なのか、様々な原因による突然死の集合であるのかも判明していない。呼吸器の先天的・後天的疾患が関係するのではないか、等、いくつかの仮説があるに留まっている。

厳密なSIDSに限らずそれまで正常だった小児が急変して突然死した症例を「広義のSIDS」とするならば、突然死における先天代謝異常は5%を超える[3]

診断[編集]

1歳未満の乳幼児突然死のうち、病歴、健康状態、死亡時の状況、精密な解剖を行っても死亡の原因を特定できないものである。厚生労働省のガイドラインである「診断に際しての留意事項」によると、以下のようになる。

  • 諸外国で行われている研究も考慮し、乳幼児突然死症候群(SIDS)の診断は原則として新生児期を含めて1歳未満とするが、1歳を超える場合でも年齢以外の定義をみたす場合に限り乳幼児突然死症候群(SIDS)とする。
  • 乳幼児突然死症候群(SIDS)の診断は剖検に基づいて行い、解剖がなされない場合および死亡状況調査が実施されない場合は、死因の分類が不可能であり、したがって、死亡診断書(死体検案書)の分類上は「12.不詳」とする。
  • 乳幼児突然死症候群(SIDS)は除外診断ではなく一つの疾患単位であり、その診断のためには、乳幼児突然死症候群(SIDS)以外の乳幼児に突然の死をもたらす疾患および窒息や虐待などの外因死との鑑別診断が必要である。
  • 外因死の診断には死亡現場の状況および法医学的な証拠を必要とする。外因死の中でも窒息死と診断するためには、体位に関係なく、ベッドの隙間や柵に挟み込まれるなどで頭部が拘束状態となり回避できなくなっている、などの直接死因を説明しうる睡眠時の物理的状況が必要であり、通常使用している寝具で単に伏臥位(うつぶせ)という所見だけでは診断されない。また、虐待や殺人などによる意図的な窒息死は乳幼児突然死症候群(SIDS)との鑑別が困難な場合があり、慎重に診断する必要がある。

外因死の場合は異状死として取り扱い、警察に届け出る必要がある。

予防[編集]

米国小児科学会は、他の睡眠関連死(英:Sleep-Related Infant Deaths)と併せて以下の予防法を推奨している[1]。これらの積極的な実行によって死亡率が有意に減少することが明らかになっている。

仰向けに寝かせる[編集]

1992年、米国小児科学会は乳児を仰臥位とすることでSIDSの発生率が有意に減少させられると発表した。日本小児科学会と厚生労働省でも、健康な乳児は仰向けで寝かせることを推奨している[4]

しかし、その結果として乳幼児が長時間仰向け寝の状態に置かれることになり、乳幼児の頭蓋変形が飛躍的に増加した[5][6]。そこで、乳幼児の頭蓋変形を予防するために、タミータイムをとるなどの予防法が行われている。

母乳で育てる[編集]

原因は不明ではあるが、母乳で育っている乳幼児のほうがSIDSの発生率が低い[7]

厚生労働省も、なるべく人工乳ではなく母乳で育てることも推奨している(人工乳がSIDSを引き起こすということではない)[8]

喫煙しない[編集]

母乳同様に原因は不明であるが、両親が喫煙していない乳幼児のほうがSIDSの発生率が低い[7]

喫煙女性の母乳、あるいは受動喫煙の状況にいる女性の母乳には、ニコチンが含まれる[9]

親と同じ寝室で、別のベッドに寝かせる[編集]

1990年代から2000年代前半にイギリス、ヨーロッパ、ニュージーランドで行われた統計とSIDS発生のデータ相関では、乳幼児と両親が同じベッドで寝ていたり、床にマットを敷くなどして添い寝していた場合のSIDSの発生率が高いという研究報告が出ている[7]。両親が喫煙をしていて、添い寝していた場合は、更に発生率が高まっている[7]

スウェーデン保健福祉庁英語版では、それまでにも親が喫煙する場合は同じ部屋に乳幼児を寝かせない、親が薬物やアルコールを摂取している場合には同じベッドに乳幼児を寝かせないことを推奨していたが、2013年12月に「生後3か月未満の乳児は親と別のベッドで寝ることが(SIDS予防に)重要」と正式にコメントしている[10]

ヨーテボリ大学の小児科教授ヨーラン・ベネグレンスウェーデン語版は、「添い寝が乳幼児突然死症候群(SIDS)の危険因子であることが判明した」と語っている[10]。イギリスの医学誌『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』にはSIDS約1500件のうち2%が親と乳幼児が同じベッドで寝ていた際に発生しており、親が添い寝した場合には乳幼児が1人で寝た場合に比べ、SIDSのリスクが約5倍に跳ね上がるという論文が掲載されている[10]

その他[編集]

米国小児科学会は2016年10月に以下のガイドラインを学会誌に発表している[11]

  1. 乳幼児が1歳になるまでは必ず仰向けに寝かせる。横向きやうつ伏せは危険。
  2. 硬いマットレスなどの上に寝かせる。やわらかい布団やマットレスは窒息のおそれがある。
  3. ソファーや椅子には寝かせない。すき間に顔が挟まり、窒息死する事例が多い。自動車の座席も同様。
  4. 母乳で育てる。
  5. 生後6か月、できれば1歳までは親と同じ部屋で寝る。乳児に異常があっても救助できる可能性が高まる。ただし、親と同じベッドで寝かせず、ベビーベッドに寝かせる。
  6. 乳児が寝る場所に窒息する可能性があるやわらかい物(枕、掛布団、キルト、ぬいぐるみなど)を置かない。
  7. 寝かしつける時はおしゃぶりを与えるとよい(原因は不明だが、おしゃぶりはSIDSの防止に効果があるというデータもある)。ただし、ひも付きのおしゃぶりは、ひもが幼児の首を絞める危険性があるため、寝ついたら取る。
  8. 妊娠中と出産後は禁煙する。
  9. 妊娠中と出産後は禁酒する。飲酒する母親の子はSIDSのリスクが高い。
  10. 室内温度を高くして乳児が汗をかくとSIDSのリスクが高まる。乳児の服は大人より1枚少なくする。また、頭を毛布などで覆わない。死亡例の多くが頭に物をかぶった状態で発見されている。
  11. 妊婦は定期検診をきちんと受ける。定期検診を受けた母親の子はSIDSが少ない。
  12. 推奨されているワクチンはすべて接種する。
  13. 「乳児のSIDSを避ける」と宣伝されているマットレスなどの市販製品を使わない。現時点では、SIDSの原因が明確でないため、SIDSを予防できる科学的な根拠のある市販製品は存在しない。そういった器具に頼るよりも、安全な睡眠習慣をつける方が重要。
  14. (乳児が寝返りをするようになった場合)寝返りをさけるため乳児を毛布などでつつむおくるみは勧められない。おくるみをするとSIDSのリスクが高まるというデータがある。

問題点[編集]

乳児が突然死亡した場合、過失や犯罪による死亡なのか、避けられない疾患による病死だったのかについて、しばしば問題となる。

欧米諸国では厳密に解剖(剖検)によって呼吸器や神経系などの器質的疾患を除外した後にSIDSの診断を行う。日本も同様に解剖なしにSIDSの診断を下してはならないとされてはいるが、死亡診断書の死因欄に解剖なしなのにSIDSを記入した例もあるため、千葉大学千葉県は2012年から2016年に千葉県内で死亡した全ての未成年者、約1280人の死因の全例を再分析している[12]。また、同時に虐待死の疑いがあるのにもかかわらず、そう記述しなかった例の再分析も行っている[12]

また、遺族は単なる悲しみだけではなく、何とか予防できたのではないかという罪の意識に苦しむことがあり、遺族の心のケアも重要である[13]

子供をSIDSで亡くした人物[編集]

  • 千代の富士貢 - 1989年6月に当時生後4ヶ月の末娘をSIDSで亡くしている。
  • 板尾創路 - 2009年8月に当時1歳11か月の長女をSIDSで亡くしている。

脚注[編集]

  1. ^ a b "SIDS and Other Sleep-Related Infant Deaths: Updated 2016 Recommendations for a Safe Infant Sleeping Environment" - AAP Gateway
  2. ^ "Sudden Unexpected Infant Death and Sudden Infant Death Syndrome" - CDC(アメリカ疾病予防管理センター)
  3. ^ 山口清次「乳幼児突然死症候群( S I D S ) と先天代謝異常症」(PDF)『母子保健情報』第53号、社会福祉法人恩賜財団母子愛育会 日本子ども家庭総合研究所、2006年5月、39頁、2015年3月1日閲覧 
  4. ^ 乳幼児突然死症候群(SIDS)について」 - 厚生労働省
  5. ^ Laughlin, J.; Luerssen, T. G.; Dias, M. S.; Committee On Practice Ambulatory Medicine (2011). "Prevention and Management of Positional Skull Deformities in Infants". Pediatrics. 128 (6): 1236–41. doi:10.1542/peds.2011-2220. PMID 22123884.
  6. ^ 読売新聞 夕刊、2012年5月31日付、9面。
  7. ^ a b c d 森田麻里子 (2017年10月15日). “安全第一!赤ちゃんのねんねスペースの作り方”. ハフポスト. 2018年5月31日閲覧。
  8. ^ 乳幼児突然死症候群(SIDS)をなくすために”. 厚生労働省. 2010年10月13日閲覧。
  9. ^ 最新たばこ情報|女性|子供への影響”. 厚生労働省の TOBACCO or HEALTH. 財団法人健康・体力づくり事業財団. 2010年10月13日閲覧。
  10. ^ a b c 「添い寝」に乳幼児突然死のリスク、スウェーデンで注意喚起”. フランス通信社 (2013年12月5日). 2018年5月31日閲覧。
  11. ^ 赤ちゃんの突然死を防ぐには 米学会が推奨する14の注意”. J-CASTニュース (2016年11月17日). 2018年5月31日閲覧。
  12. ^ a b “虐待死見逃すな 1280人死因再分析 千葉大など5年分県内全未成年者”. 東京新聞夕刊. (2017年8月16日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/CK2017081602000250.html 2018年6月14日閲覧。 
  13. ^ “もう自分責めないで 28日、和歌山で遺族の集い”. 毎日新聞地方版. (2016年2月23日). https://mainichi.jp/articles/20160223/ddl/k30/040/439000c 2018年6月14日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 『ゆりかごの死〜乳幼児突然死症候群(SIDS)の光と影』阿部寿美代著(新潮社 1997年)
    医学情報だけでなく、遺族のメンタル・ケアなども含め、医学、法律、心理学、さらに社会問題としてのSIDSを、わかりやすく、多角的にとらえたノンフィクション。第29回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

日本のサイト

海外のサイト