久本祐一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
久本 祐一
広島東洋カープ #120
20130908 Yuichi Hisamoto, pitcher of the Hiroshima Toyo Carp, at Yokohama Stadium.JPG
2013年9月8日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府大東市
生年月日 1979年3月14日(35歳)
身長
体重
177 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 ドラフト4巡目
初出場 2002年4月28日
年俸 2,300万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

久本 祐一(ひさもと ゆういち、1979年3月14日 - )は、大阪府大東市出身の広島東洋カープに所属しているプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

大学時代は2試合登板したのみで登板機会に恵まれなかったが、2001年第72回都市対抗野球大会河合楽器が初優勝を果たした際、若獅子賞を受賞する働きを見せ一躍注目される。同年の野球部休部に伴い、特例措置で同僚の山井大介とともにドラフト4巡目指名で中日に入団。

プロ入り後[編集]

2002年は即戦力の期待を受けながらわずか5試合の登板にとどまった。

2003年に変化球のキレが増して急成長し、51試合に登板して防御率3.22の好成績を残した。リードされた場面での登板が多かったが、イニング数を上回る奪三振を記録した。

2004年、38試合に登板して防御率3点台とまずまずの成績を残したが、シーズン前半は安定感を欠いた。

2005年不調で二軍暮らしが長く、防御率6点台と低迷した。同年オフに入団した吉見一起が背番号19をつけることになり、61に変更となった。

2006年、不調の高橋聡文に代わる左の中継ぎとして活躍し、27試合に投げて防御率1点台の好投を見せた。5月には3年ぶりのセーブも記録した。ルーキイヤーの2002年から2005年まで毎年1勝しか挙げることができなかったが、2006年は2勝(2敗1S)を記録した。

2007年、主に中継ぎとして起用され、36試合に登板。夏場には13試合連続無失点も記録し、チームでは左の中継ぎの一番手としての地位を築いた。日本シリーズでも登板した。シーズン終了後には小林正人吉見一起らと共にドミニカウィンターリーグに派遣され、日本一パレードには参加しなかったが、新球・チェンジアップを習得した。

2008年は左腕痛によりプロ入り後初の一軍登板なしに終わった。いったんは回復したものの、2009年の春季キャンプ中に再び左ひじを痛め、4月13日にじん帯を移植する手術を行う[1]。リハビリのため、一軍、二軍ともに登板はなかった。

2010年から二軍で実戦に復帰。6月4日に一軍に昇格するが[2]6試合登板で終わり、防御率も7点台と不安定な成績だった。

2011年はシーズン終盤からロングリリーフとして活躍、10試合に登板した。

2012年は5試合の登板にとどまり、10月に戦力外通告を受けた。11月9日に広島東洋カープが獲得を発表し、11月12日に契約を行った[3]。広島に入団した理由として嫁が広島出身であること、落合博満(中日ドラゴンズ元監督)氏が「カープは強くなる」と言っていたことを挙げた[4]

2013年、自身初となる開幕カード2戦目での先発登板を経験。4回を無失点に抑えた(勝ち負けは付かず)。その後4月26日の中日ドラゴンズ戦に先発。5回を137球の球数ながら1失点に抑え、2年ぶりの勝利となる移籍後初勝利を古巣から挙げた[5]

2014年3月28日開幕一軍入りを果たすも[6]、4月6日に登録抹消[7]。6月12日に再び一軍昇格したが[8]、6月29日の対横浜DeNAベイスターズ戦で緊急降板。翌日、「左肘尺側手根屈筋起始部損傷」と診断された[9]10月28日に球団から戦力外通告を受けた後、11月13日育成選手として再契約を結んだ[10][11]。11月9日に行われたトークショーでは、2015年度は育成契約としてリハビリに費やすと話している[12]

プレースタイル・人物[編集]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2002 中日 5 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 31 8.0 5 3 2 0 0 4 0 0 4 4 4.50 0.88
2003 51 2 0 0 0 1 1 1 -- .500 277 67.0 58 6 23 5 2 68 4 0 24 24 3.22 1.21
2004 38 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 182 42.1 47 6 17 4 1 32 5 0 18 18 3.83 1.52
2005 18 0 0 0 0 1 0 0 1 1.000 104 22.0 28 3 14 0 1 18 1 0 15 15 6.14 1.91
2006 27 0 0 0 0 2 2 1 3 .500 130 30.2 29 0 12 0 0 19 1 0 7 6 1.76 1.36
2007 36 1 0 0 0 2 1 0 4 .667 193 45.1 37 2 20 2 3 31 2 0 18 17 3.38 1.26
2010 6 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 27 6.0 9 1 1 0 0 4 0 0 5 5 7.50 1.67
2011 10 1 0 0 0 1 0 0 0 1.000 83 21.0 13 0 8 0 3 20 0 0 3 3 1.29 1.00
2012 5 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 38 8.0 8 1 5 1 1 6 0 0 4 4 4.50 1.63
2013 広島 43 8 0 0 0 3 4 1 2 .429 365 84.0 80 2 39 0 2 60 3 0 31 28 3.00 1.42
2014 8 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 43 11.0 7 0 4 0 0 10 0 0 2 1 0.82 1.00
通算:11年 247 12 0 0 0 12 8 3 10 .600 1473 345.1 321 24 144 12 13 272 16 0 131 125 3.26 1.35
  • 2014年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初安打:2007年4月30日、対横浜ベイスターズ6回戦(横浜スタジアム)、5回表に土肥義弘から中前安打

背番号[編集]

  • 19 (2002年 - 2005年)
  • 61 (2006年 - 2012年)
  • 65 (2013年 - 2014年)
  • 120 (2015年 - )

登場曲[編集]

  • 「I Wanna B With You」Fun Factory(2008年 - 2011年)
  • 「PRIDE~君がくれたもの~」ET-KING(2012年)
  • 「MY ALL」浜崎あゆみ(2013年)

脚注[編集]

  1. ^ “久本、左ひじ手術していた 13日に名古屋市内で”. CHUNICHI web (中日スポーツ). (2009年4月17日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/hold/dragons/news/2009/200904/CK2009041702000037.html 2013年5月3日閲覧。 
  2. ^ “高島、久本、山井昇格”. CHUNICHI web (中日スポーツ). (2010年6月4日). http://www.chunichi.co.jp/chuspo/hold/dragons/news/2010/201006/CK2010060402000032.html 2013年5月3日閲覧。 
  3. ^ “【広島】久本契約 落合氏の話聞いて決断”. 日刊スポーツ. (2012年11月12日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20121112-1045943.html 2012年11月17日閲覧。 
  4. ^ 久本祐一選手 入団記者会見!
  5. ^ “広島・久本 古巣斬り2年ぶり1勝!広瀬の言葉に感激”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年4月27日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/04/27/kiji/K20130427005691170.html 2013年4月27日閲覧。 
  6. ^ 出場選手登録・登録抹消公示
  7. ^ 出場選手登録・登録抹消公示
  8. ^ 出場選手登録・登録抹消公示
  9. ^ 広島久本、左肘損傷で長期離脱へ - プロ野球ニュース : nikkansports.com
  10. ^ 来季の選手契約について広島球団公式サイト2014年10月28日配信
  11. ^ 広島久本、育成で再契約「ありがたい」”. 日刊スポーツ (2014年11月13日). 2014年11月14日閲覧。
  12. ^ [1]デイリースポーツ2014年11月9日配信
  13. ^ 広島・久本5回1失点、2季ぶり勝利も反省”. サンケイスポーツ (2013年4月26日). 2013年4月28日閲覧。

関連項目[編集]