中銀カプセルタワービル

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中銀カプセルタワービル
Nakagin Capsule Tower 2008.jpg
情報
用途 集合住宅
設計者 黒川紀章
構造形式 SRC造一部S
建築面積 429.51m²m²
延床面積 3,091.23m²m²
階数 地上11階一部13階、地下1階
竣工 1972年
所在地 東京都中央区銀座8-16-10
位置 北緯35度39分56.62秒
東経139度45分48.402秒
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中銀カプセルタワービルの動画

中銀カプセルタワービル(なかぎんカプセルタワービル)とは、黒川紀章が設計し、世界で初めて実用化されたカプセル型の集合住宅マンション)である。

概要[編集]

黒川の初期の代表作であると共に、メタボリズムの代表的な作品である。

それぞれの部屋の独立性が著しく高く、部屋(カプセル)ごとに交換することも、技術的には可能な設計になっているが、実際には、2013年(平成25年)に至るまで一度も交換されたことはない。

巣箱を積み重ねたような(日本国外からの見学者はドラム式の「洗濯機を積み重ねたような」と表現する)特異な外観は、ユニット製のマンション[1]であることの機能をダイレクトに表現し、そのメタボリズムの設計思想を明確に表現したデザイン性は高く評価されている。 またビジネスマンのセカンドハウス・オフィスとして想定されたその内装はベッド、エアコン、冷蔵庫、テレビ、収納などが作りつけで完備されており洗濯機などの日用品は排されている。

2006年にはDOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築に選ばれている。

室内の眺め
森美術館の展示

建て替え問題[編集]

竣工後30年が経過し、設備の老朽化と建築材料の一部にアスベストが使用されていることが問題となり、建て替えが検討されることになった。それに対して設計者の黒川は当初、メタボリズムの設計思想に基づいて、カプセルの交換によって問題を解決することを居住者側に求めていたが、一部の報道機関は、2006年9月に開催されたマンションの区分所有者の総会によって、建て替えが既に決まったと報道した。実際には過半数の所有者が賛成したに過ぎず、区分所有法で定められている議決権及び区分所有者の80%以上の賛成を得ていないため、建て替えるか否かはまだ決まっていなかったのである。その後、2007年4月15日に管理組合の臨時総会で区分所有法に基づき、マンションの建て替え決議が行われて、法定数以上に達したため建て替えが正式に決定し、地上14階建てのビルに建て替えられる方向で計画されていた。 しかし、建て替えのないまま2年が経過し、決議は無効となっている。現在[いつ?]国内外から、カプセル交換・保存再生を求める多くの声が上がっている[誰によって?]

また、この「建て替え」に際し、週刊新潮2005年9月8日に掲載した内容について、黒川との間で訴訟となった。記事の内容は、アスベストによって建物が汚染されているという問題を軽視して、黒川が中銀カプセルタワービルの保存を求めており、さらにその際、中銀カプセルタワービルは「世界遺産候補である」という虚偽の説明をしたというものである。黒川はアスベストは室内を汚染しておらず、世界遺産候補と説明した事実はないと主張し、謝罪広告の掲載と損害賠償を求めたが、東京地方裁判所は2007年4月20日、主要部分が事実であると認定し請求を棄却した[2]。黒川はその判決を不服として控訴し、審理は高等裁判所に持ち越されることになったが、黒川の死去からわずか11日後の10月23日に、東京高等裁判所は1審判決を支持し控訴を棄却している。

2011年9月17日~2012年1月15日に東京六本木の森美術館で開催された「メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」[3]に中銀カプセルタワービルの一室が展示された。この展示物件はその後埼玉県立近代美術館に寄贈され、2012年1月16日から埼玉県立北浦和公園で公開されている[4]

脚注[編集]

  1. ^ 事務所として利用することも可能である。
  2. ^ 日経BPの記事
  3. ^ メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン”. 森美術館. 2012年1月16日閲覧。
  4. ^ 埼玉の公園にカプセルビル一室 黒川紀章氏の代表作、寄贈”. 共同通信 (2012年1月16日). 2012年1月16日閲覧。

外部リンク[編集]