中銀カプセルタワービル
| 中銀カプセルタワービル | |
|---|---|
| 情報 | |
| 用途 | 集合住宅 |
| 設計者 | 黒川紀章 |
| 構造形式 | SRC造一部S造 |
| 建築面積 | 429.51m² |
| 延床面積 | 3091.23m² |
| 階数 | 地上11階一部13階、地下1階 |
| 竣工 | 1972年 |
| 所在地 | 東京都中央区銀座8-16-10 |
| 位置 | 北緯35度39分56.62秒 東経139度45分48.402秒 |
中銀カプセルタワービル(なかぎんカプセルタワービル)とは、黒川紀章が設計し、世界で初めて実用化されたカプセル型の集合住宅(マンション)である。
目次 |
[編集] 概要
黒川の初期の代表作であると共に、メタボリズムの代表的な作品である。
それぞれの部屋の独立性が著しく高く、部屋(カプセル)ごとに交換することも、技術的には可能な設計になっているが、実際には、2011年(平成23年)に至るまで一度も交換されたことはない。
鳥の巣箱を積み重ねたような(日本国外からの見学者はドラム式の「洗濯機を積み重ねたような」と表現する)特異な外観は、ユニット製のマンション[1]であることの機能をダイレクトに表現し、そのメタボリズムの設計思想を明確に表現したデザイン性が高く評価される一方で、居住性に関しては、洗濯機もおけない、無駄なスペースが多い、雨漏りがする、冷蔵庫が作りつけであるなどの、否定的な声もある。
特徴的な2本の尖塔の内部には、室外機などの設備が収められている。
[編集] 建て替え問題
竣工後30年が経過し、設備の老朽化と建築材料の一部にアスベストが使用されていることが問題となり、建て替えが検討されることになった。それに対して設計者の黒川は当初、メタボリズムの設計思想に基づいて、カプセルの交換によって問題を解決することを居住者側に求めていたが、一部の報道機関は、2006年9月に開催されたマンションの区分所有者の総会によって、建て替えが既に決まったと報道した。実際には過半数の所有者が賛成したに過ぎず、区分所有法で定められている議決権及び区分所有者の80%以上の賛成を得ていないため、建て替えるか否かはまだ決まっていなかったのである。その後、2007年4月15日に管理組合の臨時総会で区分所有法に基づき、マンションの建て替え決議が行われて、法定数以上に達したため建て替えが正式に決定し、地上14階建てのビルに建て替えられる方向で計画されている。
また、この「建て替え」に際し、週刊新潮が2005年9月8日に掲載した内容について、黒川との間で訴訟となった。記事の内容は、アスベストによって建物が汚染されているという問題を軽視して、黒川が中銀カプセルタワービルの保存を求めており、さらにその際、中銀カプセルタワービルは「世界遺産候補である」という虚偽の説明をしたというものである。黒川はアスベストは室内を汚染しておらず、世界遺産候補と説明した事実はないと主張し、謝罪広告の掲載と損害賠償を求めたが、東京地方裁判所は2007年4月20日、主要部分が事実であると認定し請求を棄却した[2]。黒川はその判決を不服として控訴し、審理は高等裁判所に持ち越されることになったが、黒川の死去からわずか11日後の10月23日に、東京高等裁判所は1審判決を支持し控訴を棄却している。
2011年9月17日~2012年1月15日に東京六本木の森美術館で開催された「メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」[3]に中銀カプセルタワービルの一室が展示された。この展示物件はその後埼玉県立近代美術館に寄贈され、2012年1月16日から埼玉県立北浦和公園で公開されている[4]。
[編集] 脚注
- ^ 事務所として利用することも可能である。
- ^ 日経BPの記事
- ^ “メタボリズムの未来都市展:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン”. 森美術館. 2012年1月16日閲覧。
- ^ “埼玉の公園にカプセルビル一室 黒川紀章氏の代表作、寄贈”. 共同通信 (2012年1月16日). 2012年1月16日閲覧。
