中西英敏

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獲得メダル
日本の旗 日本
男子 柔道
世界柔道選手権
1983 モスクワ 71kg級

中西 英敏(なかにし ひでとし、1958年6月3日 - )は福岡県糟屋郡宇美町出身の日本柔道家。階級は71kg級。身長168cm[1]。妻の中西美智子(旧姓:西條)も柔道家で、1981と1985年の全日本女子体重別56kg級で優勝している[2]

人物[編集]

東海大第五高校から東海大学に進学した。さらに東海大学大学院に進学すると、1年先輩の山下泰裕と一緒の家に住んでトレーニングを積んだ。1982年に体重別で優勝を飾ると、翌年は連覇して世界選手権代表に選ばれた。モスクワで開催された世界選手権では、3年前のソ連国際決勝でソ連のタマズ・ナムガラウリ帯取返で敗れた時の写真がポスターに使われていたのを見て余計に闘志が湧いて来たという[3]。3回戦ではそのナムガラウリと対戦して、相手の得意技を封じて小内刈で技ありを取って雪辱すると、決勝ではモスクワオリンピックで優勝したイタリアのエツィオ・ガンバ崩上四方固で破って優勝を果たした[4]。しかし、翌年のロサンゼルスオリンピックでは初戦で韓国の安柄根と対戦した際に、肋軟骨を負傷したのが影響してか注意を取られて敗れるなどして5位に終わった。1985年の講道館杯では、当時世田谷学園高校3年になったばかりの古賀稔彦に敗れて3位だった。現在は東海大学体育学部教授を務めている[5]

主な戦績[編集]

脚注[編集]

書籍[編集]

  • [少年柔道 基本げいこ―道場で習うけいこ・技術のすべてがわかる!] ISBN 978-4278046984

外部リンク[編集]