中村祐人

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中村 祐人 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ナカムラ ユウト
ラテン文字 NAKAMURA Yuto
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1987年1月23日(27歳)
出身地 千葉県浦安市
身長 173cm
体重 73kg
選手情報
在籍チーム 香港の旗 公民
ポジション FW
背番号 14
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009
2009-2010
2010
2011-
TSWペガサス
ポルティモネンセ
TSWペガサス
公民
12 (7)
2 (0)
4 (1)
0 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2010年7月13日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

中村 祐人(なかむら ゆうと、1987年1月23日 - )は、千葉県出身で日本サッカー選手。ポジションはフォワード

父は、三菱重工サッカー部でMFとして活躍し、青山学院大学監督、浦和レッズ強化本部長などを経て、現在は日本サッカー協会女子部部長を務める中村修三

来歴[編集]

父の影響で、5歳でサッカーを始める。

柏レイソルジュニア6年時に全国少年サッカー大会8強。浦和ジュニアユースに進み、3年時に日本クラブユース選手権優勝。西武台高校1、2年時には浦和ユースで日本クラブユース選手権準優勝。

浦和レッズユースでは、スーパーサブとしての起用が多かったため、高校2年生の9月に高校サッカーに移籍を決意。規定により、6ヶ月公式戦への出場が認められなかったが、ラストチャンスで臨んだ第83回全国高等学校サッカー選手権大会に出場を果たす。青学大時代は関東大学2部リーグで17得点を挙げ、得点王とベストイレブンに選出されるなど活躍した。

2009年1月に香港リーグ1部TSWペガサスに入団し、移籍4日後のデビュー戦(アウェイの傑志戦)でいきなりゴールを決めると安定した活躍を見せ、結局チーム2位となる公式戦12ゴールを記録してプロ1年目のシーズンを終えた。

2009年7月に当時ポルトガル2部ポルティモネンセからオファーを受けていることが判明。「欧州は夢だったので本当に嬉しい。2部から1部、そして欧州主要リーグへステップアップしたい」と語り、移籍に前向きだと報じられていたが、同年9月1日、ポルティモネンセと正式契約した事が明らかになった。[1]

2010年7月、ポルティモネンセから契約延長の打診を受けるも、古巣からの熱烈オファーを受け、出場機会を優先して香港リーグ1部のTSWペガサスに復帰するも、2010年11月に退団。 [2]

2011年6月、香港リーグ1部の公民入団が決定。

エピソード[編集]

  • TSWペガサス時代には毎日のように凍檸茶(ドンレンチャ・いわゆるアイスレモンティー)を飲んでいた事から、当時チームメイトだった岡野雅行ブログ内で「ドンレンチャ祐人」などと呼ばれていた。

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
香港 リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2008-09 ペガサス 30 香港1部 12 7 4 4 4 1 20 12
ポルトガル リーグ戦 リーグ杯 ポルトガル杯 期間通算
2009-10 ポルティモネンセ 14 ポルトガル2部 2 0 1 0 3 0
香港 リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2010-11 ペガサス 7 香港1部 4 1
2011-12 公民 14 20 4
通算 香港 1部 16 8 4 4 4 1 24 13
ポルトガル 2部 2 0 1 0 3 0
総通算 18 8 5 4 4 1 27 13

脚注[編集]

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関連項目[編集]


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