中日ドラゴンズの応援団

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中日ドラゴンズの応援団'(ちゅうにちドラゴンズのおうえんだん)とは、プロ野球中日ドラゴンズを応援する応援団の事である。現在球場で活動する団体は、全て一般社団法人全国中日ドラゴンズ私設応援団連合に加盟している。

応援スタイルなど[編集]

1回攻撃前、応援団によるファンファーレ演奏を行う。それに合わせ、ファンが「オーオオー…」と声を上げる。

試合中の通常の応援方法として、スリーコールを数回(スリーコールを途中で変更する場合もあり)→打席選手名を4回コールなどを経て、選手別応援歌へと続く。メインリーダー担当の団員や攻撃の状況によっては、スリーコールの後に選手別応援歌・スリーコールを行わずに直接選手別応援歌へ行く・選手別応援歌を歌わずに、スリーコールを連呼という場合も。ただ、前奏がある選手は、この限りではない。前奏のある選手では、チャンス時でも前奏を行い、前奏に続いてチャンステーマへ続く場合もある。なお、スリーコールの後、「○○(選手名)コール、4回から~」と続いた場合、そのまま選手別応援歌となる。

通常のビジター球場では、長打を期待できる左打ちの選手を中心に、「ライトへぶち込め!」というスリーコールを行う。ライト外野席には相手チームファンが多数いるため、ある意味嫌がらせな感じで言う。なお、札幌ドームKスタ宮城西武ドームの3球場は、日本の球場には珍しく、ライト側(1塁側)がビジター球団の陣取るエリアとなっている為に、このコールは使用されない。この場合、ホーム球場で使用している「ここまで飛ばせ!」というスリーコールに変えられる。逆に右打ちの選手を中心に「レフトへぶち込め!」というスリーコールを行うこともある。

3コールは「レッゴー レッゴー ○○」「ゴーゴーレッゴー ○○」「ホームラン ホームラン ○○」 「かっとばせ かっとばせ ○○」「もってこい もってこい○○」「しっかり送れ ○○」「タイムリー タイムリー ○○」 「絶対勝つぞドラゴンズ」「頑張れ 頑張れ○○」「走れ 走れ ○○」「突撃 突撃 ○○」などがあり団員が手でサインを送り、一般のファンに合図をしている。外野席の特別応援許可を得ているエリアに団員が散らばって、メインリードの一人が決めたサインを遠くに離れた位置にいる団員(サブリードと言う)が受け取って、周辺のファンにスリーコールの種類を知らせている。

応援方法には、上の様な方法が用いられることが多いが、一部の竜心メンバーの中には、スリーコールや選手別応援歌をせず、「フォアボール!フォアボール」の連呼・「気合いを入れろよ○○!」などといった、独特の応援スタイルを行う団員もいる。この応援スタイルは、関東地区の球場でしか活動を行わない団員が行う為、ナゴヤドームでこの団員がメインリードとして登場した際に、ナゴヤドームで活動すること自体が珍しいことも手伝ってか、デジタルカメラカメラ付き携帯電話などで団員の姿を写真撮影するファンの姿もあった。

8回攻撃前、応援歌に入る前に「ドラゴンズマーチ」が演奏される。

シーズンの各球場に於ける最終戦では、9回の攻撃時に数種類のチャンステーマが先頭打者の打席の時点で代わる代わる演奏され続ける。

ドラゴンズの応援スタイルの中には、一部の選手向けに作成された、独特の応援スタイルがある。


  • 小田幸平
    メインリーダーが「それ!オーディーエー!」という合図を送った後、「オーディーエー!ドドン!オーディーエー!」という、太鼓を2度叩き、「オーディーエー!」と言いながら、メガホンをO・D・Aの形にして歌うパターンを繰り返すスタイルが続いている。2008年(平成20年)シーズンからは、選手別応援歌を歌う際には、小田選手の打席時のみ、「ホームラン ホームラン オー・ディー・エー」という、独自の言い回しとなっている。ちなみに、2007年(平成19年)シーズンまで、小田も「ホームラン ホームラン 幸平」という、普通の歌詞だった。2013年に個人応援歌が作成された。


スリーコールで「もってこい」や「ホームラン」が用いられる場合、スリーコールに続けて「もってこ~い」という応援があるが、これは私設応援団ではなく一部のファンが行っているものである。ちなみに、この応援方法は元々広島東洋カープの応援団が前田や栗原などの長打が期待できる選手が打席に入る時に、スリーコールに続けて、メガホンを上に大きく掲げて「もってこ~い!」と応援団先導で叫ぶものが由来。

シーズン中は、広島や関西など地元球場での活動がメインの竜心もいるが、クライマックスシリーズ日本シリーズなどの短期決戦、シーズン開幕戦などの場合に、全団体がナゴヤドームに集結して応援活動を行うこともある。その場合、トランペット担当の数人(3-4人程度)の団員が一斉に活動を行うため、1試合で使用するトランペットの数が20-30本となることもある。

東京ドームでの応援では「かっとばせ!○○!」と選手名を言った後にメガホンを巨人の応援席方面へ向けながら「読売倒せ!オー!」と掛け声が入る(巨人戦限定で全国竜心連合の「打倒読売」の旗が振られる。上に「不死心不滅」と書かれてある)。この応援方法はナゴヤドームでも2004年(平成16年)までは行われていた。巨人の私設応援団の一部が暴力団との関わりを指摘され、2005年(平成17年)より応援団がナゴヤドームでの活動を自粛している(なかには入場禁止になった応援団もいる。読売ジャイアンツの応援団を参照)。この一件がきっかけかは不明であるが、2005年(平成17年)より巨人主催限定の応援になり、現在も続いている他、2008年(平成20年)のクライマックスシリーズのファーストステージの阪神戦(京セラドーム大阪)では「かっとばせ!○○!」の後に「阪神倒せ!オー!」の掛け声が付けられた[1]

2008年(平成20年)に全国での応援活動を担っていた全国竜心連合が不許可(この年に北海道の札幌龍朋会も傘下)となった為、主催試合は許可団体で活動し、中部地方以外で行われる球場では応援団不在でファン有志による活動が行われていた。(本来は禁止行為だが、ほぼ黙認されていた。)翌年には応援団が一人の場合も含め、巨人主催試合(東京ドーム)以外の大半の試合を遠征を行った。東京ドームは連合会長によればNPBを警戒していた為に活動を行わなかったようであるが2010年(平成22年)6月18日から活動を開始した[2]。前述の巨人応援団も2012年(平成24年)4月17日から中日主催試合を再開した。この為に、中日と巨人の双方の応援団は一時期、相手球団主催試合での応援活動を行っていなかった事になる。

全国中日ドラゴンズ私設応援団連合[編集]

一般社団法人全国中日ドラゴンズ私設応援団連合(いっぱんしゃだんほうじん ぜんこくちゅうにちドラゴンズしせつおうえんだんれんごう)は、プロ野球中日ドラゴンズ私設応援団の連合体である。

連合旗・横断幕[編集]

  • 連合旗のデザインは、白地で中央に日本列島と球団ロゴで、全国中日ドラゴンズ私設応援団連合との文字がある。

  • 小田幸平(「みせろ大和魂 小田幸平」の文字があり小田本人の依頼で作成された)
  • 和田一浩 「輝く男 和田一浩」
  • 森野将彦 「時代のヒーロー 森野将彦」
  • 野本圭 「羽ばたけ9魂 野本圭」
  • 浅尾拓也 「今日もたのむぞ★浅尾拓也」


沿革[編集]

  • 1975年(昭和50年)中日ドラゴンズ私設応援団連合会として発足。
  • 1987年(昭和62年)中日ドラゴンズ私設応援団連盟と改称。
  • 1996年(平成8年)全国中日ドラゴンズ私設応援団連合に改称。
  • 2005年(平成17年)中間法人化(無限責任中間法人)
  • 2009年(平成21年)中間法人法の廃止により一般社団法人となる。

加盟団体[編集]

ナゴヤドラゴンズ会[編集]

ナゴヤドラゴンズ会(なごやどらごんずかい)とは名古屋を拠点としている私設応援団である。通称はナドラドラゴンズ会

横断幕[編集]
事件[編集]

1988年(昭和63年)11月27日に名古屋市内で同会主催で中日選手6名とファン350名が参加したパーティーが行われた。そのパーティー中に招かれなかった別の中日応援団の名古屋飛竜会・名古屋闘竜会・名古屋竜魂会・名古屋桃竜会の団員40名が乱入し、同会団員ら4名を負傷させる事件があり、名古屋闘竜会の代表が逮捕される事件があった。

ドラゴンズ愛好会[編集]

ドラゴンズ愛好会(どらごんずあいこうかい)は名古屋を拠点とする私設応援団である。通称は愛好会

横断幕[編集]

名古屋龍会[編集]

名古屋龍会(なごやたつるかい)は名古屋を拠点とする私設応援団である。通称は龍(たつる)会

横断幕[編集]

北陸ドラゴンズ応援団[編集]

北陸ドラゴンズ応援団(ほくりくどらごんずおうえんだん)は北陸地方を拠点とする応援団で石川の金沢に本部、富山に支部がある。

全国竜心連合[編集]

全国竜心連合(ぜんこくりゅうしんれんごう)は、プロ野球中日ドラゴンズ私設応援団の連合体である。通称は竜心会。総代表は石塚享幸。

概要[編集]

中日ドラゴンズの私設応援団の中では比較的まとまって全国規模の活動を行っていた団体。応援時に青地に縦書きで各応援団の名称が書かれた法被を着て、リードをとったり、旗を振ったり、横断幕を掲げたり、トランペットで選手別応援歌等を演奏するなどして活動していた。特別応援許可を得ていた2007年(平成19年)シーズンまでは、入場時から応援活動開始前(詳細には先発バッテリー発表前)迄の約1時間30分の時間帯には、「RYUSHIN・RENGOU」というローマ字のプリントが背中に付いた黒いTシャツを傘下を含む竜心連合の全団体が着用していた。2010年(平成22年)現在は、許可4団体の全員が「応援したいんだ」Tシャツを各団体の法被に代わって統一で入場時に常に着用するスタイルに変更されている。白地・青地に""の旗が印象的である。総帥は山田忠史(2007年/平成19年まで中日私設応援団が加盟する全国中日ドラゴンズ私設応援団連合の会長も兼任していた)。

2007年(平成19年)シーズンオフの申請時に特別応援許可が保留となって迎えた、翌2008年(平成20年)のオープン戦期間中(沖縄を除く主催試合のみ)は、統帥の山田忠史の主導で応援活動が行われた。なお、2008年(平成20年)シーズンオフの申請時に「保留」が「不許可」に変更された。一時期、NPBより「一般会員の人数が多過ぎる」として警告された経緯も有り、これも不許可の一因と見られている。なお、NPBや暴排協から不許可理由は告げられていない。

一般会員というのは、応援団優先エリアへの入場可能な特製チケットが手配可能な会員種別。一般会員が特製チケットを購入する際には、応援団に希望する試合を告げて手配してもらう。鳴り物等を使う会員は青色、一般会員はピンク色のカードを所有。一般会員は最大で600人程が登録されていた。一般会員は年会費3000円で入会可能だったが、現在は応援団サイドが新規募集を行っていないので、入会が出来ない。

2010年(平成22年)シーズンより、特別応援許可が得られている4つの許可団体のサポートと銘打ち、ナゴヤドーム等の主催試合をメインに球場に足を運び、可能な限りの応援を行っている。尚、観客を組織化するという規則に基づく応援団としての活動が出来ない為、一般客として入場している。入場時には応援団優先エリアに入り、許可団体が着用する「応援したいんだTシャツ」も着用している。

シーズン中で全国竜心連合に所属する全竜心会の会員が一斉に集うのは、開幕戦ぐらいである。なお、開幕戦以外でも、名古屋及び総本部以外の竜心がナゴヤドームで活動を行う試合も全く存在しないわけではない。特に、各竜心の会長クラスの会員の中には、全試合で活動を行う会員も少数ながら存在している。

また、今年(2014年)からは、中日ドラゴンズ私設応援団全ての活動が停止となる可能性があり、2008年の最初の時のようなアカペラ応援になる可能性がある。

横断幕[編集]

それぞれ応援団の名称が書かれた横断幕がある。それらは、地方球場や阪神甲子園球場など横断幕を掲げることの出来る球場で見ることができる。なお、総本部の横断幕はない。

優勝が近づくと、「覇権奪回!!突っ走れ夢叶えるその日まで」という横断幕を掲げ始める。

  • 選手別横断幕


  • ===== 応援旗 =====
  • 選手別応援旗
  • 選手別応援旗(元中日選手)


竜心会総本部[編集]

連合のまとめ役として、中部地方を中心に全国で活動。メンバーは各本部幹部経験者で構成されている。旗は黒地に白で、上に「全国竜心連合」、下に「竜心会総本部」。中央に「心」の文字。法被の背中部分は『全国竜心連合』。連合会長を務め、総本部の一員(総帥)であった山田忠史は、平成20年度の連合所属の私設応援団への各種処分などの混乱を招いた責任をとり、役員の総辞職が(竜心連合と名古屋白龍會所属の役員を中心に)行われたが、この件で連合会長は山田から、ドラゴンズ愛好会会長の高吉雅彦に代わった。

札幌竜心会[編集]

2007年(平成19年)シーズンまでは「札幌龍朋会」という団体名で活動。2008年(平成20年)シーズンから当連合に加盟したが不許可の為、札幌竜心会としての活動は一度も無い。

仙台竜心会[編集]

2008年(平成20年)シーズンから新たに活動する予定だった団体。宮城球場など東北地方を中心に活動の予定だった。しかしNPBより不許可。

東京竜心会[編集]

東京ドーム明治神宮野球場横浜スタジアムなど関東地方を中心に全国で活動。旗は青地に白で、上に「列島横断跳梁跋扈」、中央に「心」、下に「東京竜心会」。以前はエンブレムのようなものを中心にした旗、さらに以前には紺地に「ぶっちぎり」の文字が書かれた旗を振っていた。竜心会の中でも全国各地の球場で応援活動を行っている支部でもある。

岐阜竜心会[編集]

長良川球場など、東海・北陸地方を中心に活動。旗は紫地で、上に黒で「岐阜」、中央に「竜心会」、下に白で「全国竜心連合」である。

名古屋竜心会[編集]

ナゴヤドームなど中部地方を中心に全国で活動。旗は白地に黒で、上に「全国竜心連合」、中央に「心」、下に「名古屋竜心会総本部」。また、2007年(平成19年)より青地に日章旗(日の丸)の旗も復活。

関西竜心会[編集]

阪神甲子園球場大阪ドームで活動。旗は青地に白で、上に「全国竜心連合」、中央に「心」、下に「関西竜心会」。以前の旗に「どつかれたらどつきかえせ」、さらにそれ以前は「天下布武」などの旗があった。

広島竜心会[編集]

初代の広島市民球場など中国・四国及び九州地方を中心に活動。旗は白地で、上に黒で「精神一到」、下に「全国竜心連合」、中央に水色で「広島竜心会」である。

名古屋白龍會[編集]

名古屋白龍會(なごやはくりゅうかい)は、プロ野球中日ドラゴンズ私設応援団である。会長は森下利文。発足は2004年(平成16年)で、現在活動している中日の応援団の中では最も新しい団体である。白装束足袋が印象的で、ナゴヤドームの試合では4回・8回のリードと太鼓を担当。なお遠征を行うことはごく稀である。平成20年度はNPBより販売拒否対象団体(排除)となったが、2010年(平成22年)1月28日名古屋地方裁判所より販売拒否は無効であるとの判決が下された。しかし、後の合同審査(許可4団体を含む)にて再び販売拒否処分となった。

主な活動エリアだった場所[編集]

24~25通路(3階席)の最前列の座席一列がメイン。メインリードを担当するイニング時のみ、応援団優先エリアのある2階席の最前列まで下り、先導をしていた。2007年(平成19年)まで、8回裏の攻撃開始前の「ドラゴンズマーチ」を担当していた。自由席が設置されていた2004年(平成16年)までは、全国竜心連合のメンバーもこの周辺で活動をしていた。

法被[編集]

白地に紺色の縦書きで「白龍會」、その上に横書きで「名古屋総本部」(現在支部はない)。他球団の団体と比べても白龍會の法被はかなり長く、法被の下には白龍會の文字の入った白のTシャツ、ズボンは白のニッカ、白足袋を履き、ナゴヤドームのライトスタンド上段最前列で目立つ存在感を放っていた。加盟の応援団で、唯一全員同じ格好をしていた。

応援旗[編集]

白地に黒の横書きで上に「中日ドラゴンズ私設應援團」、中央に大きく「白龍會」、下に「名古屋総本部」。また、2006年(平成18年)から荒木雅博の旗も使用。

横断幕[編集]

応援許可及び裁判に関して[編集]

  • 2008年(平成20年)2月27日、私設応援団連合より、白龍會と全国竜心連合に「2008年度の特別応援許可証の発行が保留状態」と発表。
  • 同年同月28日付けの発表では、入場禁止は解除されたものの、「特別応援許可証」の発行は依然保留中。
  • 同年3月25日付けの発表では、全国竜心連合及び名古屋白龍會の今後について、プロ野球暴力団等排除対策協議会(以下:協議会)より通達があったと表明(「試合観戦契約約款」第3条・販売拒否事由に接触しているとの疑いで調査中)。
  • 同年3月27日付けの発表では、一部報道で流れた「2団体と暴力団との関わり」の件が「誤解」であったと釈明。しかし「そんな処分を下した覚えは全く無い」と見識を述べているNPB及び協議会から2団体への処分を取り消すなどの通達が一切無い。
  • 同年4月2日付けの発表では、協議会及びNPBからの処分理由を、私設応援団連合が独自の調査結果の見解で示す(現在も私設応援団サイドからは「処分理由の通達は無い」ということをファンに発表している)。
  • 同年4月4日のホームゲーム以降、今までの「不当」な処分に対する抗議としてトランペット応援はしないと同応援団は公表した。
  • 同年6月19日 名古屋地方裁判所に12球団及びNPBに対して提訴した。
  • 同年7月29日 第一回口頭弁論陳述が行われた。
  • 同年10月15日 第二回口頭弁論陳述が行われた。
  • 同年12月24日 第三回口頭弁論陳述が行われた。
  • 2010年(平成22年)1月28日 第一審判決 名古屋白龍會への販売拒否指定は無効、特別応援許可の発行基準は主催者の裁量との判決が下された。
  • 同年2月4日 協議会及びNPBによる許可4団体を含む連合加盟の全団体を対象とする合同審査にて、名古屋白龍會は再び「排除」処分が下され、全国竜心連合と名古屋白龍會への応援許可は下りなかった。
  • 2011年(平成23年)2月17日 名古屋高等裁判所にて、第一審の白龍會の入場禁止は違法という部分も退けられ、NPB側が全面勝訴した。[1][2][3]
  • 2013年(平成25年)2月14日 最高裁判所は原告の応援団体側の上告を棄却し、NPB側の勝訴が確定[4]

その他[編集]

  • 2008年(平成20年)から全国竜心連合が活動不許可になった為にビジターでの応援活動は他の許可応援団が担っている。ビジター活動の可否や規模は掲示板で発表される。また、全試合の試合開始前や勝利後の二次会において、ファンに向けて竜心会と白龍會が応援活動が行えないことと、両団体が復帰を果たすまで全力で戦っていくことを告げるようになった。
  • 2009年(平成21年)からは東京ドーム以外のほぼ全ての試合を遠征した(時には応援団が1人だけという場合もあった)。
  • 2009年(平成21年)のシーズン途中から1-9の際に落合博満監督の応援歌の前に立浪和義の応援歌が歌われた(スタメン応援歌→立浪応援歌→落合監督応援歌)。
  • 2009年(平成21年)のシーズン途中から立浪が打席に立った際はガラスの十代(立浪の初代応援歌)→若大将(2代目応援歌)→現行(5代目応援歌)のメドレーで演奏された(ちなみに、3代目の応援歌は福留孝介に流用され後に歌詞を変更、4代目の応援歌は現行の歌詞変更前の応援歌である)。
  • 2010年(平成22年)6月18日から東京ドームの試合にも遠征した。
  • 2010年(平成22年)のオールスターゲームでは当連合加盟応援団(応援活動ができる応援団)の団員は遠征はせず、他球団の応援団が中日の応援歌を演奏した。
  • 2011年(平成23年)のオールスターゲームはナゴヤドーム開催分には参加している。
  • 2014年(平成26年)のシーズン開幕前の合同審査で、ドラゴンズ愛好会・ナゴヤドラゴンズ会・名古屋龍会・北陸ドラゴンズ応援団の4団体が不許可処分になったと、全国竜心連合竜心総本部統帥の山田忠史が自身のFacebookで報告している(1月27日付け)。2月6日には、公式サイト内掲示板にて、NPBより合同審査の結果が届き(連合に加盟する全ての団体に特別応援許可が出ない事)が判明したと応援団関係者が改めて公式にコメント。

その他の応援団[編集]

  • 東京中日会 - 神宮球場の三塁側内野席で応援活動をしていたが、現在は活動を行っていない。

だが、2014年に唯一応援活動を許可された団体であり、本年から活動を再開すると思われている。

  • 関西中日会 - 甲子園球場の三塁側内野席(アルプススタンド)で応援活動をしていたが、現在は活動を行っていない。
  • 名古屋飛竜会
  • 名古屋闘竜会
  • 名古屋竜魂会
  • 名古屋桃竜組

注釈[編集]

  1. ^ 東京新聞中日の私設応援団訴訟、球団勝訴 「鳴り物応援禁止は妥当」社会(TOKYO Web)
  2. ^ 中日の私設応援団訴訟 球団側が全面勝訴 ― スポニチ Sponichi Annex 野球
  3. ^ asahi.com(朝日新聞社):中日、私設応援団を入場禁止 名古屋地裁「無効」判決 - スポーツ
  4. ^ 悪質応援団の排除適法、球団側の全面勝訴確定 読売新聞 2013年2月14日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]