両澤千晶

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両澤 千晶(もろさわ ちあき、1959年3月28日 -) は、日本のアニメーション脚本家埼玉県出身。血液型はO型。

アニメーション監督福田己津央の妻、脚本家の両沢和幸の姉である。

略歴[編集]

サイバーフォーミュラOVA版のストーリーを福田と家で話していたのを切っ掛けに脚本を任されるようになり、それがプロ活動の始まりとなった。学生時代に漫画サークルに所属しており、福田とはそこで知り合った。短大の保育科を卒業している。卒業後も同人誌のサークル活動を継続。結婚前はOLをしており、その後、退職してからは主婦をしていた[1][2]

特徴・逸話[編集]

  • 「子供の頃から本が好きで、転校ばかりしていたこともあり、友達と遊ぶより、本を読んでることのほうがずっと好きだった」「母親が、女の子は料理と縫い物が出来れば十分、という古風な考えの持ち主だったので、大学に行くことを認めてくれなかった」「子供が好きで短大の保育科にいったが就職難で保育士にはなれなかった」と自分の過去の略歴を明かしている。そして「脚本を書く際には、子供の頃から読んできた膨大な本の蓄積が大いに役に立った」「子供が大好きで子供のことばかり考えていたことも、子供向けアニメーション製作には欠かせない要素になった」という[3]
  • 脚本家志望ではなくアニメ監督であった夫の福田の私生活において作品に対してのアドバイザーのようなことをしていた。家でサイバーフォーミュラOVA版のストーリー原稿をワープロで清書する作業を手伝っていたが、その修正を意見するようになり、後にストーリーそのものを書くことを始めた。家計のためにパートの仕事でも始めようかと思っていた矢先に、福田からシナリオを書いてみないかと勧められたという。既に最初のOVA作品である『新世紀GPXサイバーフォーミュラ11』では各所を修正し、続く『新世紀GPXサイバーフォーミュラZERO』では、かなりの部分で手を入れていたという。そして『新世紀GPXサイバーフォーミュラSAGA』『新世紀GPXサイバーフォーミュラSIN』で全話を執筆した[2]
  • こうしたデビュー経緯について両澤は「農家のお嫁さんが農作業にかり出されるうちに自分の農園を持つようになったり、パン屋の奥さんが仕事を手伝う中、クッキーを焼いて売るようになるような、そんな感覚に近い」「流れに逆らわずに流されてきたら今の自分がいた」「本好きだったこと、子供好きだったこと、その二つがとてもうまく融合した」と語っている[3]
  • 両澤の脚本の仕事は記録にあるものでは、夫の福田が監督した作品にほぼ限られている。 そのため、記録上で両澤がガンダムSEEDシリーズを手がける前に書いた脚本数は多くない。96年にデビューしてから2001年に至るまでに執筆が確認される脚本数は『サイバーフォーミュラ』のOVAで合計13話、『GEAR戦士電童』では4話、『星方武侠アウトロースター』で1話。他に、これらの作品のドラマCDでの脚本なども手掛けているが、それらを合わせても、実質6年間程でも30分×2クール(26話)分にも満たない。さらにテレビ作品で確認される脚本執筆数は電童とアウトロースターで総計5話のみである。また夫の福田の仕事のほとんどがサンライズの作品であるため、参加が福田の作品にほぼ限られる両澤もサンライズ作品のみに携わっている形となっている。
  • 「作品には、自分の子供に、これだけは伝えたいと思うことを書く。それはたぶん母親が子供にする“寝物語”と同じだと思う。母親が子供を寝かしつけながら語るような色々な話は、ちゃんとした話じゃなくても、伝えたいことを混ぜて適当につくったりもする。その延長なんだろうと思う」「自分の子供にする寝物語をもっと広く子どもたちにしている感覚に近い。ナンセンスでおもしろい寝物語の中に生きるヒントになることも散りばめたい」と自己の作品に対しての姿勢を語っている[3]
  • OVA版サイバーフォーミュラの脚本は家で書いており、初めてスタジオでの仕事に参加したのは電童からだという。「サイバーフォーミュラのOVAが終わった後は脚本家を続けるつもりはなかった。ましてやテレビはOVA以上に慌しいので電童をやることになったのは想定外だった」「(当初は別のメイン脚本家が予定されていたが)家で福田と電童の話をしていたら、自分がシリーズ構成としてスタジオに呼ばれた。正直、凄く嫌だった」「ガンダムも当初はやるつもりはなかったのだが、福田に説得された」と両澤本人は述懐している。しかし、慣れない作業に四苦八苦したとも振り返っている[2]
  • 仮面ライダークウガ』を見て、『機動戦士ガンダムSEED』を手がける決心がついたという。「クウガは昔の仮面ライダーに思い入れがある人達に、仮面ライダーではないと言われたが、子供は気にしないで観て楽しんでいた。私も面白いと思っていたので(昔からのファンの批判に)カチンとくる事があった。そして、歴史ある仮面ライダーというタイトルで出来たならば、ガンダムでも同じことができるのでは。つまり、クウガがそうだったように、ガンダムでもファーストガンダムファンをそう気にしなくてよいなら、私も書けるのではないか。そういう結論に達した」とインタビューで応えている[2]
  • 「そもそも絶対的正義なんてあるのかと考えた時、そんなものないのが戦争だということを(子供に対して)書いてあげないといけないと思った」「友達と喧嘩する、仲間と思っていた人に裏切られる、そんなちょっとした心の行き違いが戦争に発展することだってある」「遠い国で起こっている戦争に痛みを感じることは容易ではないけれど、身近なところにフィードバックして考えればわかると思う」ガンダムSEEDで戦争を題材にしたことにあたっての想いをこのように語っている[3]
  • 子供のためのアニメにこだわりがあることを強調した発言をしている。「今、アニメは大人も楽しめる立派な文化になった。それは素晴らしいことだが、子どもには理解できない大人のための作品も多く出てきた。だからこそ、私は子どもにこだわり続けたい」「本来、アニメは子どもが理解し楽しめる数少ない媒体の一つだと思う。子どものための作品を書いていきたい」[3]
  • 「プロ脚本家と名乗っていいのか?という感覚が未だに抜けない。ほぼ福田の作品でしか仕事をしてない自分は半人前だ」と口にしている。一方で福田以外の作品で書くべきだと弟の両沢和幸から言われたこともあったとされるが、「家のほうが大変で、もう歳なので、このまま福田以外とやらないスタンスもありかな」と語っている[2]
  • 特にテレビドラマに対して意識しており、尊敬する脚本家として北川悦吏子井上由美子倉本聰をあげている。自分の作品のキャラクターは『月9』のものに近いと思うことがある、とも言っている[2]
  • 「キャラクターが理路整然と自分の思いを語るようなものは好きではない。それで分かりやすく話が楽になるとしても、どうしても書きたくない。画面や芝居を観て、この台詞で分かってほしい、とジタバタしてしまう。こだわっているのは、『そのキャラらしい言動』だ」と持論を述べている[2]
  • 「やはり私はキャラクターを書くのが好き」とのこと。特にサイバーフォーミュラの主人公、風見ハヤトは自分の子供のような感覚がある、とも[2]
  • 今のサンライズのアニメには閉塞感を抱いており、「(会議に出ている女性は自分しかいないので)男性感覚が場を圧倒し、設定やメカの話ばかりが飛び交う。それもいいがこれは何描く話でした?と言いたくなる(笑)」「もっと女性のライターを増やし、新しい血を入れてほしい。私でも出来るんですから、皆できます」といった発言をしている[2]
  • 『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』以降、数年間にわたり両澤の活動はクレジットなどでは一切確認されていなかった(アニメの脚本を書いた事が確認されるのは2013年現在に至るまで、機動戦士ガンダムSEED DESTINYが最後である)。幾つかのブログ、インタビューなどで顔を出しているが、具体的な活動状況は不明であった。[4][5]
  • 月刊ガンダムエース』2012年6月号よりコミカライズ「機動戦士ガンダムSEED Re:」(漫画:石口 十)への協力として両澤がクレジットされている[6]。2013年発売の「機動戦士ガンダムSEED DESTINY HDリマスター Blu-ray BOX」の初回限定版封入特典ドラマCDのシナリオを両澤が担当したことが確認されている。

作品[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「新世紀GPXサイバーフォーミュラOVAシリーズコンプリートファイル」より
  2. ^ a b c d e f g h i アニメージュ2008年4月号より
  3. ^ a b c d e ビッグイシュー120号(2009年)掲載。『99人の小さな転機のつくりかた MY TURNING POINT 』(ビッグイシュー日本版編集部編・大和書房)収録のインタビューより
  4. ^ [1]
  5. ^ [2]
  6. ^ 『GUNDAM A 2012年 06月号』(角川書店刊)

関連項目[編集]