世界囲碁選手権富士通杯

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世界囲碁選手権富士通杯(せかいいごせんしゅけんふじつうはい)は世界各国・地域の代表選手による囲碁の世界一を決める棋戦。1988年にプロ棋士による世界選手権としては最初に開始され、2011年まで毎年1回開催された。

出場選手[編集]

日本中国韓国台湾北米南米欧州などの各国・地域から選抜されて出場、及び前年の優勝、準優勝、3位の選手がシードされる。日・中・韓・台は所属組織毎に選出、北米はプロ・アマチュア混合の予選で代表を選抜、南米、欧州はアマチュアの選手から選抜される。

第1回には、日本棋院5人、関西棋院2人、中国囲棋協会4人、韓国棋院3人、米国囲碁協会1人、欧州囲碁連盟1名の16名が出場した。

また日本棋院のマイケル・レドモンドが北米代表、タラヌ・カタリンが欧州代表として、韓国棋院の江鋳久が北米代表、スヴェトラナ・シクシナが欧州代表として出場したこともある。

ルール[編集]

日本ルールで実施される。持ち時間は3時間。コミは当初は5目半だったが、第16回より6目半。対戦はトーナメント方式で、決勝戦まですべて1番勝負

大会賞金[編集]

  • 賞金総額 3450万円
  • 優勝(富士通杯) 1500万円
  • 準優勝 500万円
  • 第三位 300万円
  • 第四位 150万円
  • 準々決勝戦敗退 80万円
  • 二回戦敗退 48万円
  • 一回戦敗退 20万円

過去の優勝者と決勝戦[編集]

(左が優勝者)

  • 第1回(1988年)武宮正樹(日本) - 林海峰(日本)
  • 第2回(1989年)武宮正樹(日本) - 林海峰(日本)
  • 第3回(1990年)林海峰(日本) - 聶衛平(中国)
  • 第4回(1991年)趙治勲(日本) - 銭宇平(中国)(銭病気による不戦勝)
  • 第5回(1992年)大竹英雄(日本) - 王立誠(日本)
  • 第6回(1993年)劉昌赫(韓国) - 曺薫鉉(韓国)
  • 第7回(1994年)曺薫鉉(韓国) - 劉昌赫(韓国)
  • 第8回(1995年)馬暁春(中国) - 小林光一(日本)
  • 第9回(1996年)李昌鎬(韓国) - 馬暁春(中国)
  • 第10回(1997年)小林光一(日本) - 王立誠(日本)
  • 第11回(1998年)李昌鎬(韓国) - 常昊(中国)
  • 第12回(1999年)劉昌赫(韓国) - 馬暁春(中国)
  • 第13回(2000年)曺薫鉉(韓国) - 常昊(中国)
  • 第14回(2001年)曺薫鉉(韓国) - 崔明勲(韓国)
  • 第15回(2002年)李世乭(韓国) - 劉昌赫(韓国)
  • 第16回(2003年)李世乭(韓国) - 宋泰坤(韓国)
  • 第17回(2004年)朴永訓(韓国) - 依田紀基(日本)
  • 第18回(2005年)李世乭(韓国) - 崔哲瀚(韓国)
  • 第19回(2006年)朴正祥(韓国) - 周鶴洋(中国)
  • 第20回(2007年)朴永訓(韓国) - 李昌鎬(韓国)
  • 第21回(2008年)古力(中国) - 李昌鎬(韓国)
  • 第22回(2009年)姜東潤(韓国) - 李昌鎬(韓国)
  • 第23回(2010年)孔傑(中国) - 李世乭(韓国)
  • 第24回(2011年)朴廷桓(韓国)- 邱峻(中国)

その他[編集]

  • 第1回の準決勝での林海峰と聶衛平の対局は、台湾と中国の棋士による、公式の場での初めての対局となった。
  • 第19回の準々決勝が北京で行われた際、対局翌日のイベントとして「中日囲棋友誼賽」が開かれ、藤沢秀行名誉棋聖、宮本直毅九段、成田勝元富士通宣伝部長の三名に中日囲棋交流功労賞が贈られた。
  • 日本選手の3位入賞:3回(小林光一);4回(王立誠);6回(加藤正夫);7回(林海峰);9回(小林光一);12回(小林覚);14回(林海峯);15回(王銘琬);20回(依田紀基);24回(井山裕太
  • 第24回を以って休止となった。これにより、日本国内で毎年行われる国際棋戦は無くなった。

外部リンク[編集]