世田谷城

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世田谷城
東京都
世田谷城空堀
世田谷城空堀
城郭構造 平山城
天守構造 なし
築城主 吉良氏
築城年 応永年間(1394年-1426年)か
主な城主 吉良氏
廃城年 天正18年(1590年
遺構 空堀、土塁
指定文化財 なし
位置 北緯35度38分55.62秒
東経139度38分50.69秒

世田谷城せたがやじょう)は東京都世田谷区豪徳寺にあった城。

目次

[編集] 概要

世田谷城は、吉良氏によって築かれた平山城。世田谷に本拠を置いた奥州吉良氏が代々居を構えた。

[編集] 歴史・沿革

[編集] 構造

世田谷城は経堂台地から南に突き出た舌状台地上に占地し、城域の三方を取り囲む様に麓を烏山川が流れ天然の堀を成していた。

開発が進み旧態は詳らかでないが、豪徳寺付近に本丸を置き、現在の世田谷城址公園付近まで城域が拡がっていたものと考えられている。

[編集] 考古資料

[編集] 遺構

世田谷城址公園内から北に向けて延びる、空堀及び土塁が現存する。世田谷城址公園内の遺構に関しては公園整備時に手が加えられているが、豪徳寺住宅脇の遺構は良く旧態を留めている。

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

  • 八巻孝夫(やまき たかお) 「世田谷城」村田修三(編著) 『図説中世城郭事典』第一巻、新人物往来社、1987年、285~286ページ。
  • 三田義春・東京都世田谷区教育委員会編 『世田谷の中世城塞』東京都世田谷区教育委員会、1979年。
    • 世田谷区教育委員会の三田義春氏が奥沢城や世田谷城をはじめとする世田谷区内の城郭に関する研究成果をまとめている。
  • 伊禮正雄 「城南の中世城館址 その3」大田区史編纂委員会編『史誌』5号、大田区史編纂室、1976年、71~78ページ。
    • 1915年(大正4年)に作成された世田谷城跡見取り図を掲載。
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