ボイコット
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ボイコット(英:boycott)は、自分達の考えや要求を実現させる目的で以下のような行動をとることをいう。
- 消費者が同盟して商品又はサービスを買わない。不買運動。
- 団結して特定の人物を排斥すること。
- 事業者が同盟して、他の事業者に商品又はサービスを売らない。
- 一致して授業や会議それにテレビ番組・ラジオ番組の出演などを放棄すること。
また、ただの意見の主張を目的として行なわれることもある。
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[編集] 由来
チャールズ・ボイコット大尉(Charles Boycott、1823年 - 1897年)にまつわる以下のようなエピソードが、その語源となっている。
19世紀後半のイギリスでは、折からの農業不況によって小作人との争議が頻発していた。1880年、アイルランドの土地差配人(土地管理者:代官)ボイコット大尉も小作人らと年貢拠出量に関して争議になったが、その際に周囲の村人(雑貨販売者、パブ含む)が総出で大尉との関わりを断ってしまった。それによって大尉は飢餓状態に追い込まれ、最終的に小作人らの要求を受け入れた。
[編集] 抗議行動としてのボイコット
公権力機関(政府、官庁、自治体)や法人など、組織的に強い力を持つ団体を相手に、抗議行動としてボイコットを行なうことがある。
歴史上著名なボイコットにモンゴメリー・バス・ボイコット事件がある。これは、1955年、米国アラバマ州都モンゴメリーで公営バスの運転手の命令に背いて白人に席を譲るのを拒んだアフリカ系アメリカ人・ローザ・パークスが人種分離法違反のかどで逮捕されて州簡易裁判所の罰金刑を宣告されたことに端を発し、公共交通機関における人種差別に抗議して行なわれた。
当時貧しい黒人にとってバスは必須の交通機関で、利用者の75パーセント以上を占めていた黒人たちがバスを利用せず、黒人の車に同乗したり、どこへ行くにも歩いたりしたため、ボイコットはバス路線を運営するモンゴメリー市に大きな経済的打撃を与えた。連邦最高裁は罰金刑を取り消し、バス車内の人種分離は違憲であると認定。判決の翌日にボイコットが終熄している。
ボイコットを指導したマーティン・ルーサー・キングは、勝利を期に全米各地で公民権運動を展開、ワシントン大行進など数多くの抗議行動で、公民権法を成立させた。
日本では、1978年に読売ジャイアンツがドラフト会議をボイコットした(江川事件)のが、有名なボイコットである。また、東北地方などでは1988年、佐治敬三サントリー社長(当時)による東北熊襲発言に抗議し、同社製品に対するボイコットが展開された。
[編集] 企業姿勢に対する消費者の忌避からくる自然発生型ボイコット
企業の社会的不正を受けて、本来、個人的な企業製品サービスの忌避がインターネットを通じた形態をもたないボイコット活動になっている。
対象が特定できないが故に、政治経済活動にあたって情報の発信元である個人をある程度グループ分けして管理しようとする目的で、インターネットにおいてもクローズの型を模索する動きが広告会社や政治パーティで試行されてきている。
なお社会的不祥事を起こした企業・団体に対し反省および消費者に対する誠意が足りないと不買ムード(嫌気)が高まるというケースもある。
近年だと雪印乳業、三菱自動車工業および三菱ふそう、NHK(NHK受信料)、パロマ、不二家等がある。
[編集] 労働争議としてのボイコット
労働争議としてのボイコットとは、労働者が使用者に経済的打撃を与え、自らの団体目的達成を目指するために自社製品の購買を控えるように訴える行為である。不買運動ともいう。原則として合法であるが、使用者の取引先に自社との取引停止ないし不買を働きかける二次的不買運動は違法とされている。
[編集] 事業者等によるボイコット
詳細は独占禁止法を参照
[編集] テレビ番組のボイコット
政治討論番組などで、生放送中に意見に相反する討論が白熱した際に罵倒されたりすると番組中降板などがある。また、番組のスタッフや制作会社やテレビ局や出演者や協賛会社など自身の意図を相反した場合に出演ボイコット・協賛ボイコットなどの騒動が起きることがある。
[編集] 球界再編問題におけるボイコット
2004年のプロ野球再編問題でオーナー側に立った(というか、オーナーそのもの)読売新聞や夕刊フジに対して不買運動が起きた。
[編集] 政治上のボイコット
国会など議会では、多数党の強引な審議や採決持ち込みに対してしばしばボイコットが行われる。その理由は多岐にわたる。日本の国会では、2000年の公職選挙法改正時における民主党の審議拒否、2005年の小泉首相の施政方針演説に端を発する民主党の審議拒否、同年の郵政特別委員会での民主党・社民党の審議拒否など、頻繁にボイコットが行われている。
国際社会でも、さまざまな場面でボイコットが行われている。1980年代のオリンピックの集団ボイコットはとくに有名である。ソビエト連邦のアフガニスタン侵攻に抗議するために西側諸国が1980年のモスクワオリンピックを集団ボイコットし、1984年にはこれに対抗して東側諸国がロサンゼルスオリンピックを集団ボイコットした。

