下板橋駅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 下板橋駅 | |
|---|---|
北口(2004年11月22日撮影)
|
|
| しもいたばし - Shimo-itabashi | |
|
◄北池袋 (0.8km)
(1.0km) 大山►
|
|
| 所在地 | 東京都豊島区池袋本町四丁目43-11 |
| 所属事業者 | 東武鉄道 |
| 所属路線 | 東上本線 |
| キロ程 | 2.0km(池袋起点) |
| 電報略号 | シモ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 相対式 2面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
14,998人/日 -2007年度- |
| 開業年月日 | 1914年(大正3年)5月1日 |
| 備考 | 1935年現在地に移設 |
下板橋駅(しもいたばしえき)は、東京都豊島区池袋本町四丁目にある東武鉄道東上本線の駅。
目次 |
[編集] 駅構造
相対式ホーム2面2線の地上駅である。駅の屋根は一部のみ設置している。改札口を入ってすぐに地下通路がある。
南口は臨時改札口扱いであり、営業時間も7時~9時と17時~20時のみである。自動券売機が設置されていないため、乗車券を購入する際は北口で行わなければならない。
大山寄りには留置線があり、池袋駅終点で回送列車となる電車が北池袋駅と当駅を通過した後に留置されている。ここは開業時から1935年まで当駅があった場所で、現在地への移設後は貨物を取り扱っていた。
元々、東上本線の本来の起点は大塚辻町(現在の東京地下鉄丸ノ内線新大塚駅付近)を予定して免許を取得していたが、東京市(現在の東京都交通局)に阻まれ、当駅から開業せざるを得なかった。そのため、東上本線の起点を示す0キロポストは池袋駅ではなくこの留置線内にある。また、東上鉄道発祥の記念碑もかつて同駅にあったが、後にこの留置線に移転した。
当駅が現在の位置に移設されたのは、当時は大山駅との間に金井窪駅があり、駅間距離が400m弱と非常に短かったことと、もはや下板橋駅~大塚辻町間の開業が不可能だと判断されたことが大きな原因である。これにより、駅は板橋区から豊島区に移転した。
2006年度と2007年度の東武鉄道の設備投資計画には当駅の構内改良工事が盛り込まれていたが [1] [2]、実際は留置線の配線変更にとどまっている。しかし、2008年5月20日に駅舎及びホームを現在地(豊島区池袋本町4丁目)から西方のかつて当駅があった電車留置線付近(板橋区板橋2丁目173付近、住居表示は板橋2-4)に移転し、駅上に大学病院を開設するなどの周辺地と一体的な高度医療福祉拠点の実現を日本大学と共同で事業化を検討する(メディカル・トラポリス構想)事を明らかにした[3]。
[編集] のりば
| 1 | ■東上線 | 上板橋・成増・志木方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■東上線 | 池袋方面 |
[編集] 利用状況
1日平均乗降人員
- 2006年度:14,790人
- 2007年度:14,998人(前年度比1.4%増)
[編集] 駅周辺
- JR埼京線板橋駅(徒歩約10分)
- 都営地下鉄三田線新板橋駅(徒歩約15分)
- 東京都立北園高等学校
- ヨークマート下板橋店
- 元氣七輪焼肉牛繁下板橋店
- セブン-イレブン下板橋駅前店
- サンクス下板橋駅前店
- トウブドラッグ下板橋店
- 松屋フーズ下板橋店
- am/pm池袋本町4丁目店
[編集] 歴史
- 1914年(大正3年)5月1日 - 開業。
- 1931年(昭和6年)9月27日 - 当駅~大山間に金井窪駅開業。駅間距離は400mと東上線の中では最短だった。
- 1935年(昭和10年)3月13日 - 池袋~上板橋間複線化に伴い現在地に移設。
- 1945年(昭和20年)4月13日 - 東京大空襲により全焼。
- 1945年(昭和20年)4月15日 - 金井窪駅廃止により隣接駅が再び大山駅になる。
[編集] 隣の駅
[編集] 脚注・出典
- ^ 平成18年度の投資事業計画・設備投資計画は総額421億円PDF 東武鉄道ニュースリリース・2006年5月30日
(2.輸送改善に「岩槻駅や下板橋駅等の構内改良工事を実施いたします。」とある) - ^ 設備投資計画は総額420億円PDF 東武鉄道ニュースリリース・2007年5月15日
(2、輸送改善に「曳舟駅や下板橋駅等の構内改良工事を実施いたします。」とある)が、 - ^ 医療をテーマとした新しい街づくりを東武鉄道・日本大学が検討PDF 東武鉄道ニュースリリース・2008年5月20日
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
|||||

