上津屋橋
| 上津屋橋 | |
|---|---|
| 所在地 | 日本 京都府久世郡久御山町 - 八幡市 木津川(淀川水系) |
| 長さ | 356.5m |
| 幅 | 3.3 m |
| 建築家 技術者 |
徳田敏夫 |
| 形式 | 流れ橋 |
| 素材 | 木材、一部はコンクリート |
| 建設 | 1953年(昭和28年)3月 |
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上津屋橋(こうづやばし)は、日本の京都府久世郡久御山町と八幡市を結ぶ、木津川に架けられた木橋である。川が増水すると橋桁が流される独特の構造を持つ流れ橋の代表的なものであることから、「流れ橋(ながればし)」の名で呼ばれることが多く、また、「木津川流れ橋(きづがわ ながればし)」「八幡流れ橋(やわた ながればし)」などといった異名で呼ばれることもある。橋長(全長)356.5m、幅3.3mは、現存する木造橋、流れ橋として日本最長である[1]。
目次 |
[編集] 概要
上津屋橋は、京都府道281号八幡城陽線の一部に指定されている。歩行者と自転車の専用橋となっており[2]、周辺住民の生活道路として重要な役割を果たしている。一たび橋桁が流失してしまうと利用者は約500m下流側にある第二京阪道路一般部の新木津川大橋などへ迂回することになる。新木津川大橋の開通までは、数km離れた別の橋[3]を使っての迂回を余儀無くされていた。
上津屋橋の周囲は堤防の外側(注:河川の堤防は、市街地側が内側[堤内])であるため、主に茶畑として利用されており、民家や電柱などが存在しない。また、昔ながらの雰囲気を持った木橋であり、映画産業が盛んな京都市から近いことから、時代劇のロケ地としても有名である。
周辺の木津川には野鳥の他、ヌートリアが生息しており、橋の上から泳ぐ姿がよくみられる。
[編集] 特徴
[編集] 歴史
- 1953年(昭和28年)1月21日 着工。
- 1953年(昭和28年)3月 渡し船を置き換えるかたちで完成。この当時から流れ橋であった。
- 1953年(昭和28年)7月20- 21日 豪雨による増水で初めて橋桁が流される。以後、集中豪雨や台風・梅雨などで橋桁は幾度も流されている。
- 1953年(昭和28年)8月15日 南山城水害による橋桁流出。
- 1953年(昭和28年)9月24日 台風13号による橋桁流出(公式には同年に発生した一連の水害を一件と数え、1953年の水害によるものを最初の橋桁流出として、以降の流出被害数を累算している)。
- 1959年(昭和34年)9月25日 伊勢湾台風による橋桁流出。
- 1961年(昭和36年)6月24日 梅雨前線豪雨による橋桁流出。
- 1972年(昭和47年)7月10- 17日 豪雨による橋桁流出
- 1974年(昭和49年)7月10日 豪雨による橋桁流出(建造以来、5回目)。
- 1976年(昭和51年)9月8- 13日 台風17号による橋桁流出。
- 1982年(昭和57年)8月1- 3日 台風10号による橋桁流出。
- 1985年(昭和60年)6月21日- 7月1日 梅雨前線豪雨と台風6号(cf.)による橋桁流出。
- 1986年(昭和61年)7月20- 22日 梅雨前線豪雨による橋桁流出。
- 1990年(平成2年)9月19- 20日 台風19号による橋桁流出(建造以来、10回目)。1991年(平成3年)2月22日に復旧。
- 1992年(平成4年)8月19日 台風11号による橋桁流出。1993年(平成5年)3月2日に復旧。
- 1993年(平成5年)7月5日 梅雨前線豪雨による橋桁流出。1994年(平成6年)2月28日に復旧。
- 1994年(平成6年)9月30日 台風26号による橋桁流出。1995年(平成7年)3月16日に復旧。
- 1995年(平成7年)5月12日 低気圧通過による豪雨、橋桁流出。1996年(平成8年)2月29日に復旧。
- 1997年(平成9年)7月26日 台風9号による橋桁流出(建造以来、15回目)。1998年(平成10年)5月22日に復旧[4]。この復旧時に半分の区間で橋桁が流出しても損傷しにくい新工法で修復。
- 2009年(平成21年)10月8日 台風18号の影響による増水で全ての橋桁が流出し、大きな被害を受けた[4]。全区間を新工法で修復し[5]、2010年(平成22年)6月16日に復旧。
- 2011年(平成23年)9月3日 台風12号による橋桁流出[6]。
[編集] 構造
通常の桁橋では橋脚と橋桁は固定してあるが、上津屋橋では橋桁は橋脚に載せてあるだけで、水位が上昇するとそのまま水に浮かんで流されるようになっている。これは、橋の強度を高めて水の圧力に耐えようとするのではなく、構造物の一部が流されてしまうことによって破壊に到る圧力を受け流してやりすごすという考え方に基づく設計である(cf.柔構造)。加えて、上流から流されてきた物が橋脚と橋桁の間に引っかかってダム様の塊を作ってしまい、それが増水によって決壊する事態も、この構造であれば未然に防げる。
また、流された橋桁が下流へ流失してしまう問題に対しては、橋桁を8つに分割した上で個々にロープで橋脚とつなぐ方法が執られている。これにより、橋桁は増水のたびに流されながらも流失することはほとんどなく、復旧作業の効率と経済性を高めている。しかし、流出した橋桁がうまく流れに乗って浮かび上がることができず、損傷する部分も少なくはなかった。1997年の流出後の復旧にあたって、流出時の橋桁の損傷を減らすために全体の半分の区間では20枚程度の橋板を鉄製の棒で固定する「ユニット化」が実施された。2009年の流出時に「ユニット化」の効果が確認できたため、全区間で「ユニット化」を実施して復旧した。
橋脚は全73基中、久御山町側の17基がコンクリート製となっている。
床版の木の板の枚数が1,784であるらしいことが、2007年(平成19年)6月8日放送のテレビ番組『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送)で明らかになったが、同年8月28日未明に花火のものと思われる小火によって一部が損傷し、修復されたため、以後、枚数は不明となった。花火による失火はその後も続き、2009年(平成21年)8月25日の未明にも橋板が17枚焼ける火災が発生している。
[編集] 画像
[編集] 案内
[編集] 所在地
[編集] 交通アクセス
- 鉄道
- 路線バス
- 自動車道
[編集] 周辺施設
橋の八幡市側には、食事・休憩・入浴・宿泊などができる総合施設、やわた流れ橋交流プラザ「四季彩館」がある(所在地:八幡市上津屋里垣内56-1)。
[編集] 脚注
- ^ 記録の基準時:2007年10月。静岡の蓬莱橋は800m以上あるが、橋脚の一部にコンクリートを使用している。
- ^ 自転車は降りて通行する決まりになっている。
- ^ 新木津川大橋開通までは、人や自転車が通れる橋は、上流側は京奈和自動車道の側道(新木津川橋:自転車、原付は有料)まで約3km強、下流側は国道1号線の木津川大橋まで1.5km程度離れていた。
- ^ a b 流れ橋流出 建造以来16回目 台風18号、木津川増水 2009年10月10日
- ^ 流れ橋の復旧、新工法で橋板を鉄棒で連結、流出時の損傷減へ 京都新聞 2010年02月16日記事
- ^ 朝日新聞2011年9月4日付 朝刊35面(大阪本社版)