三門順子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三門順子(みかどじゅんこ、1915年(大正4年)9月25日 - 1954年(昭和29年)4月4日)は、栃木県佐野出身の歌手。本名富山静子。
[編集] 経歴
長唄を習い、18歳の時、NHKのオーディションを受け合格。NHK文芸部、久保田万太郎の推薦でキングレコードに入る。
1935年(昭和10年)7月にキングレコードから「水兵節」でデビューしこの年から専属制度を設けたキングレコードの第一号歌手となる。1937年(昭和12年)「さくら道成寺」「祇園絵日傘」、1939年(昭和14年)「暁の決死隊」、1941年(昭和16年)「筑紫の明月」、1947年(昭和22年)「それで良いのよ」などがヒット。1938年(昭和13年)に児玉好雄と吹き込んだ「愛馬行」(愛馬進軍歌のB面)が大ヒットする。またこの時期に井口小夜子と共にその美貌から「キングの名花2輪」とも称されていた。戦前・戦中期にかけて活躍する。その後、同キングレコード専属だった樋口静雄と結婚した。
1954年(昭和29年)4月4日、胆石痛で死去。38歳没。
[編集] ヒット曲
- 追分月夜(昭和11年)
- 春色明治姿(昭和12年)
- さくら道成寺(昭和12年)
- 祇園絵日傘(昭和12年)
- 愛馬行(昭和13年)
- 暁の決死隊(昭和14年)
- 忠義ざくら(昭和16年)
- 筑紫の明月(昭和16年)
- それで良いのよ(昭和22年)
- お七かんざし(昭和23年)
- 雨になりそうね