三遊亭歌武蔵
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三遊亭 歌武蔵(さんゆうてい うたむさし、1968年3月15日 - )は、岐阜県出身の落語家。落語協会所属。力士から落語家に転身した珍しい噺家である。本名は若森 正英。出囃子は『勧進帳』。寄席以外では『威風堂々』の時もある。
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[編集] 来歴
- 1983年3月 - 武蔵川部屋(元横綱三重ノ海)へ入門、四股名は森武蔵。怪我がもとで半年で廃業。現役中、貴闘力とも対戦。戦績は1勝1敗だったらしい。
- 1983年12月 - 三遊亭圓歌に入門。
- 1984年5月 -前座となり『歌ちどき』と名乗る。
- 1988年9月 -二つ目に昇進し、『三遊亭 歌武蔵』と改名。
- 1994年4月 -海上自衛隊横須賀教育隊へ入隊し8月には練習員課程を修業。11月にはザイールへ慰問。
- 1998年3月 -真打昇進
- 2004年 -彩の国落語大賞受賞。
- 2007年1月1日放送の正月番組『大笑点』の大相撲汐留場所のコーナーでは力士として登場、同じく元力士の安田大サーカスのHIROと対戦したが敗れている。
- 2008年5月22日と9月11日放送の『大人の自由時間』木曜日にレギュラー司会者・柳家喬太郎の代理として出演。司会を務めるとともに、落語を一席披露した。
[編集] 得意演目
[編集] エピソード
- 円歌師匠の家に住み込み修行中、両親が「人より多く食べる子だから」と師匠に書留を送っていたが二つ目となり独立した際、師匠はその書留をまとめて歌武蔵に渡した。
- 力士時代(森武蔵時代)、携帯プレーヤーで落語をよく聞いている事を知っていた武蔵川親方は落語の師匠方に「弟子が訪ねるかもしれません」と連絡をいれていた。円歌師匠から「来たよ、引き渡そうか?」と連絡があったが武蔵川親方は「相撲界には私が連れてきたが今度は彼が自分で師匠を探した。差し支えなければ弟子にしてやって下さい。」と答えた(読売新聞-明日へ ゴールの先で[5]-より)。
[編集] 弟子
- 三遊亭 歌太郎(現在二ツ目、前座名・歌ぶと)