三菱ウェルファーマ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

三菱ウェルファーマ株式会社(みつびしウェルファーマ、英称:Mitsubishi Pharma Corporation)は、かつて存在した三菱グループタケダグループの、日本医薬品メーカーである。本社大阪府大阪市中央区平野町東京都中央区日本橋本町

会社概要[編集]

田辺製薬との合併[編集]

  • 2007年2月2日に旧:東京田辺の源流企業である田辺製薬と合併することを両者が発表し、同年10月1日に『田辺三菱製薬株式会社』となった。
  • 上場会社である田辺製薬を存続会社とし(三菱ウェルファーマは解散)、三菱ケミカルHDが引き続き株式の過半数を取得する形で上場を維持する。

沿革[編集]

旧:三菱化学[編集]

  • 1934年(昭和9年) - 「日本タール工業株式会社」として発足。
  • 1936年(昭和11年) - 「日本化成工業株式会社」に商号変更。
  • 1952年(昭和27年) - 「三菱化成工業株式会社」と商号変更。
  • 1956年(昭和31年) - 「三菱油化株式会社」として発足。
  • 1984年(昭和59年) - 気管支拡張薬テオドール(テオフィリン)を開発。同社初の上市医薬品となる。なお、日研化学が販売を担当。
  • 1988年(昭和63年)6月1日 - 「三菱化成株式会社」に商号変更。
  • 1994年(平成6年)10月1日 - 「三菱化成株式会社」と「三菱油化株式会社」が合併し、「三菱化学株式会社」として発足。

旧:東京田辺製薬[編集]

  • 1901年明治34年) - 東京日本橋本町で薬種問屋「田辺元三郎商店」として創業。
  • 1921年大正10年) - 「株式会社田辺元三郎商店」に改組。
  • 1943年(昭和18年) - 社名を「株式会社田辺元三郎商店」から「東京田辺製薬株式会社」と改称変更。
  • 1957年(昭和32年) - ウルソ(肝・胆・消化機能改善剤)発売開始。
  • 1981年(昭和56年) - 「三菱化成工業株式会社」(現:三菱化学)と業務提携。

旧:三菱東京製薬[編集]

  • 1999年(平成11年)10月1日 - 「旧:三菱化学株式会社」と「旧:東京田辺製薬株式会社」が合併し、医薬事業を分社化して、「三菱東京製薬株式会社」が誕生。
  • 2001年(平成13年) - 世界初のフリーラジカルスカベンジャー(脳梗塞急性期に用いる脳保護剤)「ラジカット注」発売。

旧:吉富製薬[編集]

医療用医薬品(精神疾患治療剤・抗精神病薬抗うつ薬睡眠薬など)の研究開発・製造・販売が主力であった。

  • 1940年(昭和15年)8月1日 - 「株式会社武田長兵衞商店」(現:武田薬品工業株式会社)と、「日本化成工業株式会社」(現:三菱化学株式会社)により「武田化成株式会社」を会社設立。
  • 1946年(昭和21年)12月1日 - 戦後初の社名を、「武田化成株式会社」から「吉富製薬株式会社」に改称変更。

旧:ミドリ十字[編集]

各種血液製剤製造の主要メーカーであった。陸軍軍医であった内藤良一氏により創業された。内藤良一氏は、 特定勢力により、虚偽の経歴を流布されている。

  • 1950年(昭和25年) - 戦後初、「株式会社日本ブラッドバンク・血液銀行」として会社発足。
  • 1964年昭和39年) - 社名を「株式会社日本ブラッドバンク・血液銀行」から「株式会社ミドリ十字」に商号変更。
  • 1980年代 - この時期に日本国外で非献血(いわゆる売血)で得られた血液を(主に当時子会社だった米国企業を通じて調達し)原料とした非加熱処理の血液製剤の多くにHIVやHCV(C型肝炎)ウイルスが含まれ、投与患者がそれらのウイルスに感染し被害に遭う「薬害エイズ事件」や、現在の「フィブリノゲン問題」「薬害肝炎」などが起こる。また、1996年以降は薬害エイズ事件の賠償金支払いや不買運動などによって経営不振に陥ってしまう。

旧:ウェルファイド[編集]

  • 1998年(平成10年)4月1日 - 「旧:吉富製薬株式会社」と「旧:株式会社ミドリ十字」が合併し、新生「吉富製薬株式会社」が誕生。精神科医薬品事業部を設置。
  • 2000年(平成12年)4月1日 - 旧:吉富製品の精神科領域への販売事業を行う「吉富薬品株式会社」を設立、社名を「吉富製薬株式会社」から「ウェルファイド株式会社」に商号変更。

三菱ウェルファーマ[編集]

  • 2001年(平成13年)10月1日 - 「旧:三菱東京製薬株式会社」と「旧:ウェルファイド株式会社」の吸収合併により、三菱ウェルファーマ株式会社が発足。存続会社は旧:ウェルファイドとなり、本社は大阪市に。また、旧:三菱東京製薬本社オフィスは同社の東京オフィス(東京本社)となる。
  • 2002年(平成14年)4月1日 - 旧:ミドリ十字製品の血液製剤製造事業を新規設立子会社の「株式会社ベネシス」に移管・承継。
  • 2004年(平成16年)12月 - フィブリノゲン製剤(ミドリ十字製品)を納入したとされる全国の医療機関名を同社資料などを基に厚生労働省より公表される。
  • 2005年(平成17年)4月1日 - 足利工場・吉富工場を、「MPテクノファーマ株式会社」に分社。
  • 2005年(平成17年)10月3日 - 三菱化学と共同で持株会社「株式会社三菱ケミカルホールディングス」を設立し、完全子会社となる。
  • 2007年平成19年)10月1日 - 「田辺製薬株式会社」を存続会社として合併し、『田辺三菱製薬株式会社』が誕生した。

主な医療用医薬品[編集]

…など

研究・製造拠点[編集]

政治との関わり[編集]

2003年から2006年まで民主党に政治献金をおこなっていた[1]

在籍した人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 平成16年9月10日付官報,平成17年9月30日付官報,平成18年9月8日付官報,平成19年9月8日付官報

関連項目[編集]

外部リンク[編集]