三河平坂駅

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三河平坂駅
旧三河平坂駅舎(2003年5月3日)
旧三河平坂駅舎(2003年5月3日)
みかわへいさか - MIKAWA HEISAKA
中畑 (1.0km)
(1.1km) 三河楠
所在地 愛知県西尾市平坂町
所属事業者 名古屋鉄道
所属路線 三河線(通称海線)
キロ程 23.3km(知立起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
95人/日(降車客含まず)
-2003年-
開業年月日 1926年(大正15年)9月1日
廃止年月日 2004年(平成16年)4月1日

三河平坂駅(みかわへいさかえき)は、かつて愛知県西尾市平坂町にあった名古屋鉄道三河線(南線・海線)のである。2004年4月1日の同線碧南駅 - 吉良吉田駅廃止に伴い、廃駅となった。

廃駅後、駅舎はしばらくそのままの形で放置されていたが、現在では解体撤去され名鉄協商駐車場になっている。

駅概要[編集]

三河線の前述した廃線区間で、廃止時点において唯一交換設備が存在したのが当駅である。廃線時には、住宅街に囲まれた位置にある駅という雰囲気が強く、無人駅となっていたがコンクリート造りの駅舎があった。プラットホームは島式で、構内踏切(遮断機や警報機はない)によって南側から入る構造になっていた。

駅の前には商店があり(現在も営業)、駅舎を向いて左側には駐車場・駐輪場も設けられていた。

なお、分岐器には発条転轍機(スプリング・ポイント)が採用されていたが、廃線直前には常時は上下列車ともに吉良吉田方向に向いて左側(北側)の線路を通るように固定され、朝に列車交換を行う時のみ機能していた。その他、駅構内にはかつて貨物扱いを行っていた時代の側線が、朽ち果てながらも残されていた。

また、朝1本のみだったが、平坂始発碧南行列車も存在(同駅7:13発)した。その列車は碧南から回送され、南側線路にて客扱い・折り返しをしていた。

碧南・吉良吉田間は、朝ラッシュ時限定で三河平坂駅にてタブレット交換をしていた。そのため、レールバス化以後無人駅だったが、夜21時ごろから朝9時頃まで名鉄社員が出張し、タブレット交換要員として待機していた(切符販売などは一切なし)。

廃止直前の一日あたり乗車人員は約100人だった。

配線図[編集]

三河平坂駅 構内配線略図

碧南方面
三河平坂駅 構内配線略図
吉良吉田方面
凡例
出典:[1]



歴史[編集]

三河平坂駅 - 三河楠駅間においては、1960年3月27日の廃線時まで名鉄平坂支線をオーバークロスしていた。同線には平坂口駅という駅があり、三河平坂駅とは南西に約450m離れた位置に設けられ、徒歩連絡(約7分)となっていた。

駅が異なるのは、元々海線は三河湾の沿岸町村を縫うような形で三河鉄道が建設したのに対し、平坂支線は岡崎駅西尾駅の間を結ぶ路線を建設した西尾鉄道が、西三河地域における物流拠点となる平坂港を結ぶ目的で建設したもので、それがどちらも昭和期に名古屋鉄道へ統合されたからである。

平坂支線廃線後は、名鉄バス平坂線が西尾・港前(または中畑)間を主に運行していた。以前(2002年頃まで)は平坂駅口バス停が県道43号旧道沿いにあった。往時は20分ヘッド程度で運行されていた(港前行2本/h、中畑行1本/h)が、一人一台乗用車所有という時代の流れにより激減。1時間1本程度、バス停も43号バイパス(旧平坂支線沿)に移動した。また、鉄道代替バスであるふれんどバスで訪問の際は、平坂小南下車、徒歩7分程度となる。

隣の駅[編集]

名鉄三河線
中畑駅 - 三河平坂駅 - 三河楠駅

脚注[編集]

  1. ^ 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』通巻第473号 1986年12月 臨時増刊号 「特集 - 名古屋鉄道」、付図「名古屋鉄道路線略図」
  2. ^ 名古屋鉄道株式会社(編) 『この駅この町 沿線散歩・名鉄100駅』 名古屋鉄道広報宣伝部、1986年、203頁。

関連項目[編集]