サムスン電子

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サムスン電子
Samsung Electronics Co., Ltd.
Samsung Logo.svg
Samsung headquarters.jpg
サムスン電子本社
種類 株式会社
市場情報 韓国証券取引所(005930, 005935)[1]
ロンドン証券取引所 (SMSN LI, SMSD)
ルクセンブルク証券取引所 (SAMDR)
本社所在地 韓国の旗 韓国
ソウル特別市瑞草区瑞草洞1320番地
設立 1969年
業種 電気機器
代表者 イ・ゴンヒ(会長)
チェ・ジソン(代表取締役副会長)
イ・ジェヨン(社長兼COO
資本金 8975億ウォン(2010年12月末)
売上高 連結154兆6300億ウォン(2010年)
営業利益 連結17兆2960億ウォン(2010年)
純利益 連結16兆1460億ウォン(2010年)
総資産 134兆2887億ウォン(2010年)
従業員数 連結:19万人(2010年)
関係する人物 ユン・ジョンヨン(前、副会長兼CEO)
外部リンク 日本サムスン公式ページ
特記事項:各種決算指標は2010年12月期
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サムスン電子
各種表記
ハングル 삼성전자
漢字 三星電子
片仮名
現地語読み
サムソンジョンジャ
韓国式ローマ字 Samseongjeonja
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サムスン電子(サムスンでんし、三星電子、Samsung Electronics Co., Ltd.)は、韓国最大の総合家電電子部品電子製品メーカーで、サムスングループの中核企業である。

目次

[編集] 概要

サムスン電子は、株式時価総額162兆ウォン2011年12月現在)[1]、19万人の社員を抱え、世界各地に65の生産法人および130の販売法人を展開している韓国最大の企業(多国籍企業でもある)であり、ライバル企業のLGエレクトロニクス等と共に、韓国経済界で大きな位置を占めている。サムスングループ内には、総合電子部品メーカーのサムスン電機デジタルカメラや製造装置や軍事機器などを生産するサムスンテックウィン、薄型テレビ用パネルや二次電池などを生産するサムスンSDIなど、数多くの関連企業を保有している。

特に大きなシェアを持つ製品は、薄型テレビや液晶ディスプレイ有機EL携帯電話リチウム電池半導体DRAMフラッシュメモリ)、デジカメ、ビデオカメラプリンターSSD白物家電ホームシアターなどである。

[編集] 歴史

サムスンのDRAM(Samsung 256M DDR SDRAM)
ニューヨークマンハッタンにあるタイム・ワーナーセンタービル内のサムスン体験館に描かれているサムスンのロゴ。
2008年ベルリンIFAでブースを構えたサムスン
2009年、ラスベガスで毎年開催される世界最大の見本市コンシューマー・エレクトロニクス・ショーにブースを構えるサムスン電子。

[編集] 創業から1980年頃まで

1938年日本統治時代の朝鮮で設立されたサムスン電子の親会社であるサムスングループは、食品と衣服が主力事業であった。

1969年1月にサムスン電子工業株式会社が設立され、12月には三星三洋電機が設立、 電子産業に進出した。これは、当時急速に拡大していた韓国国内の需要市場をターゲットにした決定であった。1970年1月には三星NECが設立され、白物家電やAV機器の生産が行われた。1977年には韓国半導体を買収して半導体事業に参入し、1980年3月に韓国電子通信を買収した。1980年頃からは海外に次々と現地販売法人が設立され、ポルトガルアメリカには工場が設立された。

[編集] 1980年頃から2000年代まで

[編集] 半導体事業での成功

1983年2月に、創業者の 李秉喆 (イ・ビョンチョル)が「資源がほとんどない韓国の自然条件に適合して、付加価値が高く高度な技術を要する製品を開発することが第2の跳躍を図る唯一の​​道だ」と表明し、DRAM事業に進出。半導体で先行する日本を目標とする「東京宣言」を発表し、サムスン電子の東京支店が同年に開設され、日本から韓国へ半導体製造装置の輸入を開始した[2]。翌1984年にはマイクロンより設計技術移転の支援を受け、6ヶ月の開発期間を経てマイクロン東芝に続く世界で3番目の64kのDRAMを開発[3]。同年、光州電子を合併して、サムスン電子工業からサムスン電子に会社名が変更された。

ほどなく256K DRAMの開発にも成功する。一方日本の東芝(東芝のDRAM部門は後にマイクロンに買収)は、1984年に舛岡富士雄が世界初のNOR型フラッシュメモリを開発、1985年に世界初の1M DRAMを開発、1987年に世界初のNAND型フラッシュメモリを開発するなど盛んに次世代メモリの開発を行なっていた[4]が、東芝やマイクロンなどのトップ企業が次世代メモリに移行することで旧世代メモリの品薄現象が生じたため、あえて256K DRAMに注力したサムスンは1988年だけで3200億ウォンの莫大な純利益を出し、一気に会社の規模を拡大した[5]。この経営判断を行ったのが李秉喆の三男であるサムスングループ副会長の李健熙で、李秉喆が1987年に死去した後は李健煕がサムスングループの第2代会長に就任する。1992年には世界初の64M DRAMの開発に成功、1993年にはDRAM市場で13.5%のシェアを確保し、12.8%に留まった日本の東芝を抜いてついにシェア世界1位となった。以来トップを維持している。なおNAND型フラッシュメモリでも2002年に世界1位となっている。

1988年に携帯電話を開発、1992年には10.4インチのTFT液晶モニタを開発するなど、2000年代以降の主力商品となる基礎もこの頃に開発された。しかし当時のサムスン製品は粗悪品が多く、半導体以外の事業ではグローバル市場で成功していなかったため、新たに会長となった李健煕は1988年、量より質を重視し、変化と改革を求める新しい経営理念「第2創業」を宣言。1993年には「新経営」宣言を出している。

[編集] 日本からの技術移転

1986年、東芝半導体事業本部長の川西剛(後の代表取締役副社長)は、東芝の国際担当専務の仲介でサムスン電子からの訪韓の誘いを受け、李秉喆会長や幹部総出のVIP歓迎を受けた[4]。同業他社の歓待を受けるということの意味を理解していたか否かは定かではないが、川西はサムスンの建設途中の半導体工場を見せられた見返りに、最新鋭の東芝の大分工場を見せなければいけない結果となった[4]1986年、その前年に当時世界最大容量の1M(メガバイト)DRAMを開発していた東芝の半導体部長がサムスンを訪問し、その後サムスン側が東芝の当時最新鋭の工場であった大分工場を訪問した[4]。 すると同1986年にサムスン電子も1MDRAMの開発に成功し、その後、東芝の大分工場の生産ラインを統括する製造部長がサムスンにスカウトされ、大分工場と同じ設備を持つ製造工場がサムスンに建設されることになった[4]。また、サムスンは1987年5月にアメリカと日本に研究所を設立し、1988年に半導体事業の売上高が905百万ドルに達し半導体メーカー売上高ランキングでは18位に躍り出た。

1988年には半導体企業トップ10社のうち6社が日本企業だったが、1991年バブル崩壊の直撃を受けて日本の半導体企業は資金繰りが悪化、メモリー事業撤退や工場閉鎖など大掛かりなリストラが行われた。ここで韓国政府のバックアップもあり、サムスン電子はリストラされた日本の半導体企業の技術者たちを技術顧問として高給でヘッドハンティングすることで最新技術を獲得していった[4]。バブル崩壊後、サムスン電子には東芝のほかにも、松下電器(現パナソニック)、三洋電機シャープNECなどの77人の日本人が技術顧問で在籍しており、サムスン電子の外国人技術者の殆どは日本人だった[4]

こうした中、東芝は1992年にサムスン電子との間でフラッシュメモリの共同開発と技術仕様・製品情報の供与契約を締結した[4]。翌1993年に、サムスン電子は韓国初の6Mフラッシュメモリを開発、1995年には、バブル崩壊の余波で資金難に陥った東芝はやむなくサムスン電子と64Mフラッシュメモリ技術の共同開発で提携をした[4]

日本から技術者を獲得をすることによって驚異的な早さでサムスン電子のDRAM技術が発展し、1991年に半導体メーカー売上高ランキングでサムスン電子は売上高が1473百万ドルで12位だったが、1995年には売上高が8329百万ドルで6位と急上昇をした。

このようにしてサムスン電子は、半導体売上高ランキングで米国のインテルに次ぐ2位の地位を2002年から2011年まで維持するようになっている。

[編集] 2000年代から現在まで

1990年代までの韓国国内におけるサムスン電子の位置づけは、主要企業の中の一社に過ぎなったが、上述の半導体事業での躍進などもあって2000年代以降は韓国国内の事業規模や韓国経済に与える影響面などは圧倒的な物を持つようになり、また、世界の電機メーカーの中でも有数の大企業に成長した。

特に1997年アジア通貨危機は、国家経済の危機とは裏腹にサムスン電子を強力な企業に成長させるきっかけとなった。通貨危機で韓国の大企業30社のうち16社が破綻し、サムスン電子も韓国政府から公的資金が注入される事態となり、倒産寸前にまで追い込まれたが、破綻を避けるために広範な構造改革の断行や効率的な経営計画の実行などにより、サムスン電子は半官半民の韓国の将来をかけた企業として、グローバル企業への成長を加速させた[6]インターネット・バブル崩壊後の20002003年にもサムスン電子は純益伸び率5%を記録した。

また、サムスン電子は、90年代から半導体で得た莫大な利益を、2000年代前半当時としては次世代産業であったLCD事業や携帯電話事業に大規模に投資を行い、様々な製品の世界市場でシェアを伸ばした。またマーケティング活動とコマーシャル活動を大規模に行っている。例としては、1996年には「TOPスポンサー計画」を通じてオリンピックの公式パートナーになり、1998年には長野冬季五輪の公式スポンサーとなり、2000年代以降は継続してオリンピックのスポンサーを務めている[7]

2009年に、サムスン電子は売上高基準でドイツシーメンスと米国のヒューレット・パッカードを超え、世界最大のIT・家電メーカーとなった[8][9]。2009年のサムスンのシェアは、薄型テレビと半導体メモリで世界第1位[10][11]、携帯電話が世界第2位[12]、白物家電でも上位を占めている。また、同年には、2020年の目標として売上高4,000億ドル達成を目指すビジョン2020を掲げた[13]。これを実現するために、既存のセット・部品中心の情報、通信、AV事業(Infotainment)に、ソフトウェアとソリューションを中心とした医療/バイオ、環境/エネルギー、利便性/癒しなど暮らしの質を向上させるライフケア(Lifecare)を新たな事業領域に盛り込み、「21世紀型のビジネス構造」への変身を図っている。

ソニーとサムスン電子は、合弁で液晶パネルを製造するS-LCDを韓国の忠清南道に設立していたが、2011年、ソニー側が、合弁会社の株式を全てをサムスンに売却する形で合弁を解消した[14]

2011年現在、サムスンとアップル訴訟合戦が起こっており、サムスン電子の製品がアップルのiPadiPhoneのデザインや特許権を侵害したとしてサムスン電子を提訴している。しかし逆にサムスン電子側も、アップル製品がサムスン電子の特許を侵害しているとして提訴をしている。双方とも勝訴・敗訴判決をそれぞれ一回以上受けており、この訴訟合戦は泥沼化している[15]

[編集] 沿革

  • 1970年1月 - NECの韓国でのジョイントベンチャーとして三星NECの設立。
  • 1970年11月 - 白黒テレビ「P-3202」を試生産。
  • 1973年 - 三星三洋電子設立(現・サムスン電機)。
  • 1973年12月 - サムスン家電工場を竣工。
  • 1974年 - 三星電子東京事務所が開設
  • 1974年3月 - 冷蔵庫「SR-180、SR-201TD」生産開始。
  • 1974年12月 - 洗濯機 「SEW-200W」生産開始。
  • 1975年 - サムスンジャパン株式会社 設立
  • 1975年10月 - 白黒テレビ生産が100万台を突破。
  • 1975年11月 - モニター工場を竣工。
  • 1977年 - 三星電気(株)を吸収合併。
  • 1978年7月 - アメリカに現地販売法人「SEA」を設立。
  • 1979年7月 - 電子レンジ「RE-7700」生産開始。
  • 1980年3月 - 韓国電子通信株式会社を買収。
  • 1980年5月 - エアコンの生産を開始。
  • 1980年9月 - ポルトガルの最初の現地生産法人「SEP」竣工。
  • 1982年6月 - ドイツに現地販売法人「SEG」設立。
  • 1982年9月 - ポルトガルの最初の現地生産法人「SEP」竣工。
  • 1982年12月 - 韓国電子通信、サムスン半導体通信株式会社に商号変更。
  • 1983年3月 - パソコン「SPC-1000」生産開始。
  • 1983年 - サムスン電子株式会社 東京支店 開設
  • 1983年 - 半導体製造装置の対韓輸出開始
  • 1984年2月 - 三星電子(株)と改称。
  • 1984年 - 光州電子(株)を合併。
  • 1984年 - 1M DRAMを開発。
  • 1984年 - 11月にイギリスに現地販売法人「SEUK」設立。
  • 1984年12月 - アメリカに現地生産法人「SII」設立。
  • 1987年5月 - 海外の研究所(アメリカ・サンタクララ、日本・東京)を設立。
  • 1987年9月 - オーストラリアに現地販売法人「SEAU」設立、カナダに現地販売法人「SECA」設立。
  • 1987年10月 - イギリスに現地生産法人を竣工、生産開始。
  • 1987年 - 李健熙(イ・ゴンヒ)が2代目会長に就任。
  • 1988年 - 三星半導体通信(株)を吸収合併、第二創業宣言「21世紀に超一流企業に」。
  • 1988年10月 - フランスで販売会社「SEF」設立、タイに現地生産法人「TSE」設立、メキシコに現地生産法人「SAMEX」竣工、生産開始。
  • 1988年11月 - にサムスン半導体通信を吸収合併。
  • 1989年8月 - マレーシアに現地法人を設立。
  • 1990年11月 - に16M DRAMを開発。
  • 1992年 - サムスン横浜研究所 設立
  • 1992年2月 - チェコスロバキア(当時)に現地生産法人を設立。
  • 1992年7月 - 中国・天津にVTR生産法人を設立。
  • 1992年9月 - 東芝の技術提供の元、世界最初の64M DRAMを開発。
  • 1993年 - 李会長がフランクフルトで「新経営」宣言 量より質の経営へ。
  • 1993年6月 - 16M DRAM半導体の量産工場が竣工。
  • 1994年8月 - 東芝の技術提供の元、世界初の256M DRAM開発。
  • 1994年11月 - 障害者のための工場、無窮花(ムグンファ)電子設立。
  • 1995年4月 - 東芝と64Mフラッシュ・メモリー技術で戦略的提携。
  • 1996年3月 - アメリカ・テキサス州オースティンに半導体工場を着工。
  • 1997年1月 - 第2創業を宣言。
  • 1997年 - アジア通貨危機で従業員の30%を削減。
  • 1998年 - 日本サムスン設立。
  • 1998年2月 - 長野冬季オリンピックの無線通信部門の公式パートナー参加。
  • 2000年 - 液晶パネル生産1000万枚突破。
  • 2000年10月 - 中国に通信技術研究所を設立。
  • 2000年11月 - TFT-LCDを発売開始。
  • 2001年3月 - Dell社と戦略的提携。
  • 2001年7月 - AOLタイムワーナー(当時)と戦略的提携を締結。
  • 2003年 - 輸出額30兆ウォン(約3兆円)、韓国の総輸出額の14.57%、フラッシュメモリで世界一に。
  • 2004年 - 純利益で100億ドル突破。
  • 2004年4月 - ソニーと合弁で液晶パネル製造会社S-LCD設立。
  • 2004年4月 - 東芝と光ディスク装置の合弁会社 東芝サムスンストレージテクノロジーを設立。
  • 2004年12月 - サムスン電子とソニー、相互特許使用契約の締結。
  • 2005年4月 - FAプレミアリーグチェルシーFC、並びにブラジルのコリンチャンスメインスポンサー
  • 2005年10月 - ペンタックスがサムスン電子の子会社サムスンテックウィンへの一眼レフ部門で技術提供。
  • 2006年3月 - ボーダフォン日本法人(現ソフトバンクモバイル)の「Vodafone 804SS」にて日本向けの携帯電話市場に参入。
  • 2006年10月 - サムスン初のデジタル一眼レフカメラを発売した。
  • 2007年11月 - 家電販売で日本市場から撤退。ソフトバンクモバイル向け携帯電話の製造・販売は継続される。
  • 2008年4月 - 李健熙会長兼CEOが辞任。
  • 2008年11月 - 本社をソウル特別市中区太平路から同市瑞草区瑞草洞へ移転

[編集] 主な事業・製品

サムスン電子の代表的製品一覧を参照。

[編集] テレビ

サムスン電子の薄型テレビの世界シェアは台数ベース、金額ベースともに現在世界1位である。2009年には金額ベースで世界市場シェアの24%、台数ベースで18.9%を記録している[17]

[編集] 液晶パネル・液晶モニター

サムスン電子は、「薄さ」を追求した技術開発を行っている。2007年10月に初めて厚さ10mmの40インチ液晶テレビパネルを発表し、2008年10月には7.9mmの開発に成功し世界初の記録を更新している。2009年には世界で最も薄い3.9mmの40インチ型LEDテレビ向け超スリムパネルの開発に成功し「ニードルスリム(Needle Slim)」と命名された。

[編集] 携帯電話

GALAXY Tab(SC-01C)

2007年に携帯電話の世界シェアで米国のモトローラを超えて、世界第2位の携帯電話メーカーになった[18]2010年の世界シェアは20.2%であった[19]。2012年にはノキアを抜き世界最大の携帯電話メーカーになると予想されている[20]

日本ではNTTドコモと提携をし、2010年3月にスマートフォンGalaxy S(GT-I9000)を発表した。また同年11月には、タブレットPC型android端末、GALAXY Tab(SC-01C)も合わせて投入された[21]

[編集] リチウム電池

2010年にサムスン電子のリチウム電池の世界シェアが三洋電機を抜き1位になった。[22]

[編集] 半導体

2002年から半導体メーカー売上高ランキングで世界2位である。DRAMやフラッシュメモリ、SSD、MCP、システムLSIチップ、モバイル向け半導体など、多種多様な半導体を生産しており、サムスン電子の半導体はiPhone、iPod、iPad、PSPWiiPS3Xbox 360 などにも搭載されている。

最近ではファウンドリ分野への進出に力を入れている。サムスン電子は、同分野への進出から5年が経った2010年に、メモリ事業に続きファウンドリ事業を半導体成長の新たな稼ぎ頭とするとしている[23]

[編集] デジタルカメラ・デジタルビデオカメラ

デジタルカメラ・カムコーダー分野も有力な事業分野である。プレミアムカメラを目指している「WB550」とデュアル液晶ディスプレイを適用した「ST550」、64GBのSSDを搭載したフルHDカムコーダー「HMX-H106」をリリースしている。

サムスンのデジタルカメラ世界シェアは、2005年は9位。2006年は5位。2007年は3位である[24]。2009年には、コンパクトカメラ部門で世界シェア3位を記録し、プレミアム製品を中心に売上構造が改善している[25]。2010年にはレンズ交換式のミラーレスデジタル一眼カメラ「NX10」を発売した。

日本のペンタックスとは、銀塩カメラ時代から技術交流があり[26]、2005年10月には、ペンタックスとサムスンテックウィンは一眼レフカメラ分野で共同開発を発表し、2006年10月に、この成果となるサムスン初となるデジタル一眼レフカメラ「GX-10」を発売した。ペンタックスがHOYAに吸収合併された後も、サムスンと共同開発で提携を続けていたが、その後技術交流の効果が見られず、提携が解消されている[27]

一方、デジタルビデオカメラの2007年の世界シェアは5位であった。

[編集] プリンター/複合機

2007年からプリンター/複合機事業についても中核事業とした。2006年の出荷台数の世界シェアは9位、2007年のレーザ方式のプリンター/複合機の出荷台数の世界シェアは2位、2009年にはA4レーザープリンターが世界シェアで2位に浮上し、モノレーザープリンター・複合プリンター、カラーレーザープリンター・複合プリンターなどの分野でも世界第1、第2位のシェアを記録した[28][29][30]。特に、レーザー複合プリンター部門は急成長を遂げ、初めて世界トップとなった[31]

[編集] その他のAV機器

ホームシアター部門で北米市場とヨーロッパ市場で共にシェア1位である。またブルーレイディスクプレイヤーで北米市場でシェア1位である。

[編集] 白物家電

韓国のzipelページを参考 北米と欧州、CIS地域では、プレミアム冷蔵庫とドラム型洗濯機、エアコンなどが好調を見せている。(サムスン電子による2009年第1四半期 実績発表 生活家電部門を参考)

プレミアム製品と普及型製品に二分化している家電製品市場でプレミアムブランドのイメージを定着させているが、新興市場では現地の生活と文化に合わせた特化技術を採用する戦略をとっている。


[編集] 日本におけるサムスン

日本では、東京に本社を置く日本サムスンを展開し、サムスン電子やサムスングループ内の企業の輸出入、及びサムスン関連事業を展開している。2007年の売上高は、1兆2,062億円[32]

また、サムスン横浜研究所[33]や大阪支店など、複数の拠点を展開している。日本の研究所ほかに、韓国はもちろん、イギリスやポーランドイタリアイスラエルロシアインド、中国、日本、アメリカ、ブラジルなど、世界18か国に研究所を保有している[34]。また、生産では韓国工場の他にも世界11か国以上に工場を保有しており、グローバル戦略を展開している。

しかし、日本でのサムスンの家電製品の売上げは不振を極め、2000年頃に白物家電販売から撤退した。その後も薄型テレビなどのAV機器は販売していたが、 2007年11月、サムスン電子は家電製品の販売を日本市場から撤退すると発表した[35]。 日本では収益が少なく、アメリカ市場やヨーロッパ市場などに経営資源を集中するためとみられている。[36]。 ただ、法人向け製品や個人向けの液晶モニター、HDD、SDD、電子部品、半導体メモリーなどを日本で販売している。なお、日本国内で販売しているサムスン製携帯電話については、日本サムスンの販売ではない。

原音では「サムソンジョンジャ(=サムスン電子:삼성전자)」に近い発音である。日本では「サムスン」という。これは、日本進出時、既にサムソンを名乗る会社が複数あったため、日本語におけるローマ字表記に準拠したものと言われている。 中国においては、社名を漢字表記し、「三星电子sān xīng diàn zi、サンシンディエンズ)」と読ませている。

[編集] 生産品目一覧

サムスン電子の公式ページの生産品目一覧を参照。

[編集] 電子製品

オムニア

[編集] 家電製品

[編集] 電子部品

[編集] デザイン

サムスンは、90年代初頭からデザイン経営を強化してきた。本社ビル内にデザインセンターが設置されており、創業当時2人だったデザイナーは、2005年には510人、2010年現在は900人余りにまで増加した。 サムスンは、2年周期でデザインを見直している。最初の1年は流行を分析して商品戦略を計画し、2年目に新たなデザインを作り出している。[38]

このようなデザイン強化への取り組みの結果、2006年から種々のデザイン祭で210の賞を受賞した。[39]iFIDEA(英語)などでも多数の受賞実績を誇っている。2009年のIDEAでは、8つの賞を受賞し、賞を最も多く受賞した企業となり[40]、またiFでも最多の受賞企業として名をはせている。 2010年の「iF Product Design Award」でもサムスン電子は21の製品が賞を受賞し、最多の受賞企業となった。また、iFで主催する5つのアワード(製品、素材、コミュニケーション、パッケージ、コンセプト分野)の2年間の実績を累積集計して発表するランキングでは、デザイナーの創造性と累積受賞実績の両分野で1位を記録した。[41]

[編集] 環境

現在、サムスン電子は、2013年まで売上高ベースの温室効果ガスを2008年対比で50%削減し、製品のエネルギー効率を40%向上させる目標を定め、”グリーン経営”を目指している。2009年、サムスン電子は、”グリーン経営”のビジョン「Planet First」を発表し、その中核的な推進課題として、事業所と製品使用時の温室効果ガスの削減、エコ製品の販売拡大などを提示した。[42][43]

特に、国内の事業所に温室効果ガス低減設備を導入し、2010年上半期基準で温室効果ガスの排出量を2008年対比で31%削減した。液晶ディスプレイ事業部は、7月15日に六フッ化硫黄を削減するCDM(クリーン開発メカニズム)事業の国連承認を取得するなど持続的な温室効果ガス低減に向けた取り組みを実践している。[44]


[編集] ロゴ

サムスン電子の社名である「サムスン」は、「大きく、明るく、光る3つの星」を意味する。社名の「三」という数字は、漢語で「大きく、強い」という意味があり、「星」には、「明るく、高く、光る」という企業の祈願が盛り込まれている[45]。 サムスンのロゴデザインは、柔軟性と単純さを強調しており、宇宙と世界の舞台を象徴する楕円をやや斜めにし、動的で革新的なイメージを表現している。 サムスンの共通カラーである青色は、安定感と信頼感を与えるカラーとして、顧客に親しみのある企業を目指す意志が込められており、社会に対する責任感を象徴している。英文のロゴデザインは、技術主義を通じた顧客志向への意志、ハイテク企業のイメージを現代的な感覚で表現している。[46][47]

[編集] 関連項目

サムスンはイングランドプレミアリーグチェルシーFCとスポンサー契約を交わしている。写真の選手はサッカードイツ代表ミヒャエル・バラック

[編集] 関連企業

[編集] 参考文献・注記

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  1. ^ a b サムスン電子の時価総額(翻訳サイト経由)
  2. ^ http://www.samsung.com/jp/aboutsamsung/japan/history/1980.html
  3. ^ 日本が6年かかった64K DRAM、韓国は6カ月で開発 朝鮮日報
  4. ^ a b c d e f g h i 2005年12月25日放送『NHKスペシャル 日本の群像、再起への20年』
  5. ^ 日本が6年かかった64K DRAM、韓国は6カ月で開発(2)朝鮮日報
  6. ^ ニッポンに圧勝したサムスンのグローバル戦略@IT MONOist 2008-09-09, 上島 康夫
  7. ^ サムスンとスポーツスポンサーシップtechnoloGeekO, 2010/6/11
  8. ^ <オピニオン>ハリー金の韓国産業ウォッチ①世界一サムスンへの視線、東洋経済日報 2010-02-12、ディスプレイバンク日本事務所 金 桂煥 代表
  9. ^ サムスン電子、トップ電子メーカーに、総合ニュース 2010-01-08
  10. ^ 3Dテレビ“日韓戦”が白熱 「世界初」の称号奪いサムスンが先行産経新聞, 2010-03-09
  11. ^ サムスン電子と東芝が上位を維持、2009年第4四半期の NAND型フラッシュ売上高EETIMES, 2010-02-03
  12. ^ 2010年1Q世界スマーフトフォン市場、Androidが前年比707%増マイコミジャーナル, 2010-05-21
  13. ^ http://www.samsung.com/jp/aboutsamsung/corporateprofile/vision.html
  14. ^ http://www.asahi.com/business/update/1226/TKY201112260562.html
  15. ^ http://sankei.jp.msn.com/world/news/111209/asi11120914240002-n1.ht m
  16. ^ Seagate Completes Acquisition of Samsung’s Hard Disk Drive Business 米Seagate Technology LLC 2011-12-19
  17. ^ http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0824&f=business_0824_077.shtml
  18. ^ サムスン電子の情報通信ビジネス戦略 日本サムスン株式会社 代表取締役社長 李昌烈
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