三助
三助(さんすけ)とは、日本の銭湯における被用者の役職の一つで、利用客に対し直接的・間接的なサービスを提供する従業員のことである。
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[編集] 語源について
三助の語源は、銭湯で「釜焚き」「湯加減の調整」「番台業務」の「三」つの役を「助」けた(兼務した)ことからこう呼ばれた。このほか、浴場内で垢すりや髪すき等のサービスを提供する場合もあり、この役割が強調され「三助」=「浴場内での客へのサービス」というイメージが一般化された。また異説として奈良時代の聖武天皇の后、光明皇后は、天然痘が猛威を振るったとき(ハンセン病という説もあり)、浴室(現在のサウナに近い)を建設し、自ら患者の治療に献身した。このとき三人の典侍が皇后を助けた。彼らは「三典(サンスケ)」と呼ばれ、これが後の「三助」の語の由来になったともいう[1]。また江戸時代において広く下男・小者などの奉公人のことを三助と形容することもあった[2]。他に三はもともと爨(飯盒炊さんの"さん")で、「釜を炊く者」の意味であり、「おさんどん」の"さん"も同源だとする説もある[3]。
[編集] 流し
三助が行う、垢すりや髪すきなどのサービスを「流し」という。三助は、番台から流しを希望する客がいる旨を受けると、桶に湯を汲んで流し場へ用意し、その桶の元へとやってきた客へ流しを行う。客が複数いる場合などは、待ち時間やその順番を間違わないよう気を使い、手際よく流しを進めていく必要があった。三助は、男女問わず流しを提供しており、大勢の裸の女性客に混じって流しをする必要があることから、その環境への耐性を身に着けないと三助の仕事は勤まらなかったという。三助は半股引と布製の腹巻のみを着用した姿で流しを行っていた[4]が、三助はもちろん、女性の側も女湯に三助が存在することに羞恥を感じることはなかったとされる[5]。流しを終えた後、客から流しの札を受け取ることで、その客への流しのサービスが完了する。その札の数によって、給料の他に歩合給がつく給料形態となっていた。なお、三助の給料は銭湯の男性被用者の中では最も高額であった[4]。
[編集] 前近代の三助
江戸時代初期までは女性(湯女)によってこの種のサービスが提供されていたが、次第に性的なサービス(現在のソープランドに相当する)に変質してゆき、時の為政者によって禁止された。湯女の禁止に伴い、代わって男性(三助)が浴客の垢かきの役割を担うようになった。三助は、銭湯の主に仕える男衆の中の階級の一つであり、被用者としての最高の位にあたる。三助になるには、まず見習いとして木拾いを勤め、湯を沸かす釜焚きを経て湯番へと昇格する。湯番には湯の調節という役目の他に、浴場の混み具合や流し場の様子を見るという比較的重要な役割があり、そこで多くの経験を積むことでようやく三助へとなることができる[4]。
[編集] 子宝の湯と三助
不妊に悩む女性が入浴すると子供を授かると言われている「子宝の湯」は日本各地に存在するが、これは江戸時代において三助が顧客の女性と性交し、妊娠させていたのではないかと考えられている[要出典]。不妊の原因が夫側にある場合には妊娠に成功する可能性があった。三助には越前・越中・越後の豪雪地帯の出身者が多く[6]、容姿の良いものに人気が集中したとされる[要出典]。 このような方法でも妊娠する必要があったのは、江戸時代には現代とは異なる倫理観があり、また家を守ることが最優先に重視されていたなどの事情がある。跡継ぎに恵まれない嫁は暗に舅姑に言い含められ、夫の側も薄々事情を分かっていながら湯治に行く妻を送り出したのである[要出典]。
[編集] 近代以降の三助
流しは昭和中頃に隆盛を誇り、入浴時のぜいたくとして捉えられていた。しかし、ボイラーや一般家庭への浴室の普及が進むに連れて、三助の需要が減少していき、それに伴い流しのサービスも衰退していった[7]。
現在、日本で実働している三助は東京都荒川区東日暮里にある「斉藤湯」のただ一人のみである。この三助は現在も仕事を続けていて、1回400円で男性・女性問わず流しを受けることができ、休日には地方から流しを受けに来訪する客もいる[7]。
[編集] 脚注
[編集] 資料
- NHK教育『知るを楽しむ 歴史に好奇心』 あ~極楽の銭湯史- 第3回
- 小野武雄『江戸の遊戯風俗図誌』1977年
- 赤松啓介『夜這いの民俗学』1994年
- 赤松啓介VS上野千鶴子『猥談 : 近代日本の下半身』
- 吉田忠深瀬泰旦編『東と西の医療文化』思文閣出版、2001年
- 中野栄三『入浴・銭湯の歴史』雄山閣出版、1984年、(雄山閣BOOKS No.16) ISBN 4-639-00311-0
- 笹川潔 『前小景』 敬文館書房、1912年(明治時代に出版された、女湯に三助が存在する淫靡な風習を批判する書。)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 日暮里の銭湯で働く最後の「三助」・橘秀雪さんに迫る - 上野経済新聞