三ヶ根駅

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三ヶ根駅
駅舎(東口)
駅舎(東口)
さんがね - Sangane
三河塩津 (2.6km)
(3.0km) 幸田
愛知県額田郡幸田町大字深溝字大池田12-1
所属事業者 東海旅客鉄道(JR東海)
所属路線 東海道本線
キロ程 315.5km(東京起点)
電報略号 サネ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面2線
乗車人員
-統計年度-
1,014人/日(降車客含まず)
-2009年-
開業年月日 1967年昭和42年)3月20日
備考 業務委託駅(夜間無人駅
みどりの窓口
西口
改札口

三ヶ根駅(さんがねえき)は、愛知県額田郡幸田町大字深溝字大池田にある、東海旅客鉄道(JR東海)東海道本線である。

目次

[編集] 概要

幸田町南部に位置し、1967年昭和42年)に開業した。普通列車および豊橋 - 岡崎間の各駅に停車する区間快速のみが停車する。幸田町のみならず、蒲郡市西部の形原や西浦などからも一定の利用がある。

駅の所在地は幸田町深溝(ふこうず)である。難読地名のため、駅名決定時には所在地名ではなく三ヶ根山への玄関口として「三ヶ根」が採用された。駅前から三ヶ根山ロープウェイの山麓駅までの名鉄バス路線が存在したこともあったが、三ヶ根山ロープウェイが1976年(昭和51年)に廃止され、バス路線も一時廃止されたため、三ヶ根山への玄関としての役割はほとんどない。

[編集] 駅構造

相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、橋上駅舎を備える。

東海交通事業が業務を受託する業務委託駅で、岡崎駅が当駅を管理している。早朝・夜間は無人となる。みどりの窓口自動券売機1台(TOICA非対応)および簡易型自動改札機(TOICA対応)がある。

三ヶ根駅プラットホーム
ホーム 路線 方向 行先
1 東海道本線 下り 岡崎名古屋方面[1]
2 東海道本線 上り 豊橋浜松方面[1]

[編集] 駅周辺

東口の駅前には交通量の多い国道248号が走っており、地下道が設置されている。東口のロータリーには、岡崎警察署深溝駐在所があるほか、当駅設置の経緯を記した石碑がある。

西口には、愛知県道383号蒲郡碧南線が走っている。

[編集] バス路線

かつては、名鉄バスの路線バスが運行していたが、2008年3月31日に名鉄東部観光バス(サンライズバス)の市役所通線が廃止になり、幸田町の運行するコミュニティバスのみが運行している。

運行中の路線
  • 幸田町福祉巡回バス(あじさいルート)
    • 三ヶ根駅東口停留所
    • 三ヶ根駅西口停留所

[編集] 歴史

1900年、相見村(現在の幸田町中部)に新駅期成同盟会が発足し、東海道本線の新駅を誘致する運動が始まった[2]。相見村の動きを受けて、深溝村でも期成同盟会が発足した[3]1906年に相見村・坂崎村・深溝村の3町が合併して広田村が発足。これを機に、駅設置場所を相見・深溝各村の中間に位置する芦谷信号所北350mとし、1908年に幸田駅として開業した[4]

1951年から地元による誘致が始まり、9月2日、国鉄総裁宛に陳情書が送られた[5]。陳情書では、県立蒲郡公園(現在の三河湾国定公園)を抱える観光地に近いことや、名古屋鉄道バス岡崎西浦線しか交通手段がないことなどが訴えられた。地元では「深溝駅設置委員会」が設置され、1952年に175万円の寄付が集まった[5]。また、1956年の東海道本線の電化にあわせて岡崎市刈谷市でも誘致運動が起こり[6]、三地区が一体となった「国鉄三駅設置期成同盟」が結成された[7]。しかし、国鉄の「一駅なら設置可能」という声のもと誘致合戦となり、深溝でも形原町西浦町幡豆町などによる「国定公園三ヶ根駅新設期成同盟会」が発足した。しかし、進展は見られず、1959年に活動は停止となる[8]

しかし、翌年に東海道新幹線の町内の土地買収にあわせて再び陳情が始まり、協力するとの回答を引きだした。1963年には、町役場職員や同盟会員が佐藤栄作首相と直接交渉する機会をつくり、政治的協力を得た[8]。こうして、1966年4月19日に起工式を執り行い、1967年3月20日に三ヶ根駅が開業した。請願駅だったため、8437万3326円の総事業費は地元が負担し、うち1500万円は幸田町の里・市場・海谷地区が負担した[9]

[編集] 年表

[編集] 隣の駅

東海旅客鉄道
東海道本線
ホームライナー・特別快速・新快速・快速
通過
区間快速・普通
三河塩津駅 - 三ヶ根駅 - 幸田駅

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 駅構内の案内表記。これらはJR東海公式サイトの各駅の時刻表で参照可能(駅掲示用時刻表のPDFが使われているため。2011年1月現在)。
  2. ^ 『幸田町史』 465頁
  3. ^ 『地域史 深溝』 386頁
  4. ^ 『幸田町史』 466頁
  5. ^ a b 『地域史深溝』 492頁
  6. ^ 後に西岡崎駅東刈谷駅になった誘致運動
  7. ^ 『刈谷市史 4巻 現代』 454頁
  8. ^ a b 『地域史深溝』 493頁
  9. ^ 『地域史深溝』 494頁

[編集] 参考文献

  • 幸田町史編纂委員会編『幸田町史』 幸田町、1974年。
  • 地域史深溝編さん委員会編『地域史 深溝』 1999年。

[編集] 関連項目

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