三ツ矢雄二

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みつや ゆうじ
三ツ矢 雄二
プロフィール
性別 男性
出生地 日本の旗 日本,愛知県豊橋市
生年月日 1954年10月18日(57歳)
血液型 A型
身長 158 cm
職業 声優俳優
事務所 コンビネーション
公式サイト YUJI MITSUYA OFFICIAL WEB SITE
活動
活動時期 1976年 -
デビュー作 葵豹馬
(『超電磁ロボ コン・バトラーV』)
俳優活動
活動時期 1967年 -
ジャンル テレビドラマ舞台
デビュー作 エキストラ
(『名探偵カッチン』)
声優テンプレート | プロジェクト | カテゴリ

三ツ矢 雄二(みつや ゆうじ、1954年10月18日 - )は、日本声優俳優音響監督。株式会社ブリングアップ代表取締役2009年1月19日、事務所「コンビネーション」を日髙のり子と共に設立。愛知県豊橋市出身。愛知高等学校明治大学第二文学部卒業。

目次

[編集] 人物紹介

[編集] 特色

子役時代から含めて40年以上のキャリアを持つ。

声優としては、オネエ言葉を喋るキャラクターを得意としているが、他にも真面目なキャラクターから間抜けたキャラクターまで、年齢を問わない様々な役を演じている。『魔物ハンター妖子』や『ナースエンジェルりりかSOS』では、男性でありながらヒロインの祖母役を演じた。

演劇でも舞台版『ミュージカル水色時代』『ミュージカル少女革命ウテナ』などの脚本・演出、『ミュージカル テニスの王子様』などの脚本・作詞を行うなど、演出家・脚本家・作詞家としても活動している。本人曰く「まさかの時の三ツ矢頼み」という言葉もできたほどだという[1]

また、声優ユニットバンド「スラップスティック」の初代キーボード担当として、数々のレコードをリリースし、TVやライブなどで活躍した。

かつては大橋巨泉事務所青二プロダクションラブライブブリングアップに所属していた。

[編集] 経歴

10歳で中部日本放送で放送されていた素人ちびっ子のど自慢番組『どんぐり音楽会』に出場し、優勝。これをきっかけとしてテレビ業界に興味を持つようになり、中学校入学と同時に巣山プロダクションに入所。子役としてのデビューは、『名探偵カッチン』のエキストラ。翌年、その後番組である『海から来た平太』のオーディションを受け、主役として合格。

その後は、地元名古屋だけでなく関西にも進出し、関西テレビや近畿NHK、京都の撮影所等でも仕事をこなすようになる。またNHK名古屋で制作されていた『中学生群像』(現:『中学生日記』)に出演し、全国放送にも登場するようになった。自ら「腐れ縁」と称する戸田恵子との付き合いはこの頃から。

高校卒業後、専門学校に入学し上京して大人の役者を目指すも途端にオーディションに通らなくなった。その理由について三ツ矢は身長が158センチしかなかったことを理由に挙げている[1]。演出・脚本等の基礎を学びながらアルバイト生活を送る中、話を受けて人形劇『プルルくん』に出演。これが、声のみでは初の仕事となった。また、俳優としても刑事ドラマ時代劇等に出演するようになった。

専門学校卒業後には、明治大学第二文学部に合格し、大学生となった。その後『プルルくん』最終回後の打ち上げにおいて、永井一郎に勧められたことがきっかけとなり、アニメ『超電磁ロボ コン・バトラーV』のオーディションに参加(詳細は後述)。結果主役に抜擢され、以後声優としてのキャリアを積み重ねていくこととなった。

仕事が順調に増え、1984年には声優仲間を集めてミュージカル劇団を設立するが、赤字がかさんで1990年には無一文になってしまう。その際、養成学校の講師と演劇雑誌の編集長の話を持ちかけられる。三ツ矢にとってどちらも経験のない分野だったが、それを引き受け翌91年より養成に携わる。1997年には養成所「ミツヤプロジェクト」と劇団「アルターエゴ」を結成。

声優活動、ディズニー作品等の吹替え等に出演する一方、声優育成のための後進指導を行う。『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』で初めて音響監督を担当して以降、スタッフ業にも進出(音響監督業では、録音演出またはアフレコ演出の肩書きも持つ)。

2011年10月に、テレビ番組『お願い!ランキング』の声優特集に顔出し出演して以降、民放各局のバラエティ番組に顔出し出演することが増えた。

[編集] エピソード

[編集] 声優としての本格デビューの経緯

『プルルくん』への参加は、子役時代に世話になっていたNHKのディレクターに出会ったことがきっかけだった。その後『プルルくん』の最終日の打ち上げで永井一郎から『超電磁ロボ コン・バトラーV』のオーディションを勧められ、オーディションの結果、当時新人にもかかわらず主役(葵豹馬役)に抜擢された。

当時、映画やテレビでもアフレコを経験していた三ツ矢だが、声優の仕事自体はしたことがなかったため、関係者から「『宇宙戦艦ヤマト』のスタジオを見てこい」と言われ、勉強のためにスタジオへ見学しに行った[2]

声が高い為、舞台などの要領で張って声が裏返るとマイクが割れてしまい、力の入れ方が難しかったという。これらから、なかなか上手くいかず、決め台詞の掛け声も一日を費やし何十回も撮り直す事態になり、共演者の富田耕生に何度も怒鳴られたとのこと。

同番組終了後、『キャンディ・キャンディ』、『超人戦隊バラタック』に出演。以後、本格的に声優業を行うようになっていった。

[編集] デビュー時の友人関係

最初に東京に出てきたときにあまりに芸能界が乱れていたことに驚いたが、その後声優界に入って最初に親切にしてくれたのは同い年の井上和彦だった(学年は井上のほうが上)。井上に出会わなければ東京を去っていたかもしれないとも語っており、「同い年だが心の中ではお兄さんだと思っている」「こんな良い世界なら声優の世界に入ってみよう」とも語っている。

また一つ年下の水島裕も加えてデビュー当時は「三人若手衆」「ヤングライオン」と呼ばれており、二人は三ツ矢にとっての「戦友」といった存在だと言う[3]

[編集] マーグ人気

六神合体ゴッドマーズ』では、主人公・明神タケル=マーズ役とストーリーの途中で死亡することが当初から決まっていた兄・マーグ役両方のオーディションを受けていた。三ツ矢は「兄貴の方が早く死ぬらしいぞ」と言う噂を聞いており、ディレクターやプロデューサーから「狙うなら(長く出演できる)弟を狙え」と薦められたが、結局両方受けることになった[2]。選考の結果マーズは水島裕に決まり、三ツ矢はマーグ役に決定したが、放送が開始されるとマーグは予想以上の人気を博し、女性を中心に多数のファンが付いた。

作中でマーグは死亡し、その後ファンが行ったマーグの葬式では、喪服を着て出席した[2]。この人気を受けて、マーグの魂が弟をサポートする形で復活、最終回のEDで『十七歳の伝説』の歌唱を担当し、ヒット賞を受賞し表彰された[2]。さらに、マーグを主人公とした劇場版やOVAも製作される。後年になっても、CS放送などで再放送される際には三ツ矢がマーグとして番組予告を行っていることがある。

これらの経緯から、三ツ矢は「結果的にはマーズ役に落ちて良かった[4]」、「ゴッドマーズは棚ぼた仕事だった、人気があれば役が復活するんだ」とも語っている[2]

[編集] トンガリの演技

キテレツ大百科』では、トンガリ役を担当することになる。三ツ矢はこの際、「トンガリは脇役だが、インパクトの強いキャラクターにすれば、出番が増えるかもしれない」と考え、徐々に甲高い声での独特の言い回しや叫びを多用。この演技を見た音響監督小松亘弘からは、「無理をしなくていい」と言われたこともあったという。

結果的にトンガリは8年間の放送の中で、1話分を除くほとんどのエピソードに登場することとなった[4]

喉を痛めて入院した際、消灯時間後に三ツ矢の病室を訪れた看護師数人から、「トンガリの声を出してほしい」と依頼されたことがあったという。この際、三ツ矢は深夜にもかかわらず要望に応えたと語っている[4]

[編集] タッチ

タッチ』では、「弟(上杉和也)の方が死ぬぞ」と言う噂を聞き、長生きする兄・上杉達也のオーディションを受けた。当時の三ツ矢は、『さすがの猿飛』の猿飛肉丸など、三枚目や人間以外の役を多く演じていたため、二枚目の上杉達也役ということで、プロデューサーが気を使ってくれたらしく、覆面オーディション形式で行われ、名前ではなく番号のみで呼ばれていた。プロデューサーとディレクターから「絶対兄さんの方が、役的に複雑だから勉強になるから、絶対オーディション頑張れよ」と陰で言って貰い、結果合格した[2]。『タッチ』は最高視聴率31.9%を記録するほどの大ヒットアニメとなり、三ツ矢の最大のあたり役となった。

弟・上杉和也役に受かった難波圭一に対して、「死んじゃってもね、人気があってファンが騒ぐとね、生まれ変わるよ(上記のマーグ人気のこと)」と言ったが、結局生き返らず、難波から「なんだ、生き返らなかったじゃないですか」と言われ、「SFと現実物とは違うね」と謝った[2]

浅倉南が高架下で泣いているシーンにおいて、音声を入れずBGMを流すという演出がなされ、居合わせていた達也の台詞も無かったが、監督から「三ツ矢くん、心の中では号泣しているんだけど、でも聞こえてくる声は、泣いてなくて渇いてるんだよね」とダメ出しされたことがある[2]

上杉達也は自身と正反対の役で格闘したと苦労したと同時に、やり易かったとも述べている[2]

また、共演者で浅倉南役の日高のり子松平孝太郎役の林家こぶ平(後の9代目林家正蔵)に対し、厳しい演技指導を行っていた。

[編集] 野球の知識

『タッチ』で主演したことから、放送から暫くは高校野球のレポーターなど、野球関連の番組に出演する機会も多かった。しかし元々三ツ矢本人は、基本的なルールやポジション名を知らないほど野球を知らなかったため、呼ばれる度に現場での反応に困っていたという。

子供の頃から、子役をやっていたため野球を知らず、父親は野球好きだったが無口だったため、また他の兄弟もお互いに干渉しなかったため、教えてくれなかったと語っている[2]

また三ツ矢以上に野球番組への出演機会があった日高のり子は、よく「三ツ矢と野球の繋がり」を聞かれ、その度どう言うべきか悩んだという[4]

[編集] オカマキャラクター

私生活面では、第1次アニメブームの頃には自らゲイであると公言し、オカマキャラで人気を得ている。仕事仲間への挨拶は「おはよう」でも「こんちは」でもなく「あたしキレイ?」だったという。またスタジオに入ると、いつも挨拶代わりに男性出演者の乳首を触っていたという(スラップスティックコントトークより)。

[編集] ネルケプランニング

演劇関連で、知人関係にあった松田誠が社長を務める演劇プロデュース会社「ネルケプランニング」(以下ネルケ)がアニメ作品のキャスティング業に進出するとそれに協力。かつて講師を務めていた代々木アニメーション学院の教え子をネルケと繋がりのあるプロダクションへ斡旋した。

以降、アニメ業界への関わりはネルケ中心へとシフトしていき、ネルケ関連の事務所へ2009年に自らの事務所を設立するまで在籍。日本俳優連合(日俳連)の組合員である立場とは反対に、ネルケと対立する組合側組織とは徐々に疎遠になっていった。

[編集] 音響監督(アフレコ演出)としての活動

声優としての活動以外にも、音響監督(アフレコ演出)として裏方の活動も行っている。

初めて音響監督を担当した作品は『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』である。主人公の緋村剣心を演じる涼風真世宝塚歌劇団出身のため、宝塚の演技とアニメの演技の合体を上手く演出してくれる人と言うことで、舞台とアニメを知っている三ツ矢が音響監督をやるよう頼まれた。最初3ヶ月間は慣れるまで自分の名前を出さずに、音響監督に従事していた。3ヶ月後、プロデューサーが「三ツ矢さんが慣れたと思うのでチェンジします」と涼風に伝えると、「三ツ矢さんじゃないとできない」と言ったため、音響監督を続投となり、名前も出るようになった[2]

出演者が登場人物の演技に詰まった場合、自身で手本を見せて、具体的に指摘するというアフレコ演出としての指導も行っている。その後、音響監督本来の仕事が忙しくなったため、声優が出演しているものは演出しなくてもいいと考えるようになり、特殊なもの以外は全て降板した。現在は子役が出演している『クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!』のみを担当している[2]

[編集] 出演作品

太字は主役・主要キャラクター

[編集] テレビアニメ

1976年

1977年

1978年

1979年

1980年

1981年

1982年

1983年

1984年

1985年

1986年

1987年

1988年

1989年

1990年

1992年

  • キテレツ大百科(トンガリのパパ〈少年期〉)

1994年

1995年

1998年

  • タッチ Miss Lonely Yesterday あれから君は…(上杉達也

1999年

2001年

  • タッチ CROSS ROAD〜風のゆくえ〜(上杉達也

2004年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年

2011年

2012年

[編集] OVA

[編集] 劇場アニメ

[編集] ゲーム

未整理

1990年

1994年

1995年

1996年

1997年

1998年

1999年

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年

2011年

[編集] 吹き替え

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] アニメ

[編集] テレビドラマ(顔出し出演)

[編集] 特撮

[編集] 映画(顔出し)

[編集] テレビ(レギュラー)

  • お願い!ランキング「雄二のぶっちゃけ部屋」メインパーソナリティ(テレビ朝日、2011年10月13日~)

[編集] ラジオ

[編集] CD

  • コラージュ(1986年6月21日)
  • 上杉達也 Touch in Memory(1987年2月21日)
  • サウンド・オブ・サイレンス(1998年9月23日、「I am a Rock」と「明日に架ける橋」を歌唱)
  • サクラ大戦ドラマCDシリーズ(江戸川夢声)
  • タッチ Music Flavor3(「僕たちのSomeday」収録)
  • 富士見二丁目交響楽団シリーズ 赤い靴ワルツ

[編集] CMナレーション

[編集] レコード

  • シナモンの香り
  • to NICOLE
  • MODERN BOY
  • FOUR
  • IT BOY

[編集] その他

[編集] 音響監督(アフレコ演出)

[編集] 脚注

  1. ^ a b 読売新聞 2009年5月17日朝刊 Y&Y 日曜版 2面 不屈のひみつ でのインタビューより。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l ウェブラジオノイタミナラジオ』第16回より[出典無効]
  3. ^ ウェブラジオ(三ツ矢3+日高3)2=?!』第75回より[リンク切れ][出典無効]
  4. ^ a b c d ウェブラジオ(三ツ矢3+日高3)2=?!』第2回より[リンク切れ][出典無効]
  5. ^ アニメ「GON-ゴン-」 全世界先行4月からテレ東系で国内放映開始”. アニメ!アニメ!ビズ. 2012年3月6日閲覧。

[編集] 外部リンク

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